2.身の振り方を考える
表情も佇まいも柔和な女性は手を握りながら告げる。
「エディットジャックの言う事に間違いはありません。この方は紛れもなく十七歳…朝焼けの月、カレンデュラの霧、深淵の闇がとこしえに貴方を守りますように」
「あさ、か、はい?なんて?」
紗雪は思わず聞き返す。
有無を言わせぬ笑みを残してその人は部屋から出て行ってしまった。
あれから手枷を外され、よく分からないが客間のような部屋に連行された。
机と化粧台、棚とベッドと異国風である事を除けばホテルの一室のようだ。
暴力おじさんとのぶたれた少年改めのしかかり不敬少年は何処かへ席を外し、部屋には豪華おじさんしかいない。
「この国は戦争をしている。一刻の猶予もない。異世界から来た聖女よ、この国を救ってくれ」
聖女か。そう来るか。
そう言われても困る。困るが……
…距離、近くない?
男に距離を詰められ、紗雪は思わず後ずさる。
両肩を抑えられ…いやいやいや、力を込めないで。
後ろベッドじゃん、後ろベッドじゃん!!
いやぁー!と紗雪は在らん限りの金切り声をあげた。
パパ活にはまだ早い、人生初心者うら若き可憐な女子高生に何たる仕打ち!
叫び声と同時に激しい音を立てて扉が開き、男たちがなだれ込んでくる。
「な、何だお前らは!朕は…!朕は…!衛兵、何をしておる!誰かおらんのか!?」
捕えろ!と入ってきた男たちに豪華おじさんは激怒するも、縄で縛り上げられ連行されて行く。
「こっちだ、早くしろ!」
いつの間にか先程の不敬少年が腕を引き、紗雪を連れ出す。
「あ、あんた、あんたね…!」
紗雪は見た。男たちはどかどかと扉から入ってきたが、少年は部屋の中の風呂なのかトイレなのかは分からないが、とにかく室内の続きにある部屋から出てきたのだ。
最初から居たんじゃん…!
「いるならさっさと助けに来なさいよ…!ちょっと貞操危うかったじゃない!」
「うるさい。指図するな」
指図!指図ですって!紗雪は脳内辞書を引いたものの指図の意味はよく分からなかった。分からなかったがキレた。
「聖女って聖なる女って意味じゃない!処女性失って聖なる女やってられる!?」
少年はぴたりと足を止める。
うっかり処女自己紹介をしてしまったが事故だ。
言い合いに勝てたのだからそれでいい。
「…早く入れ」
扉の鍵を開ける為に立ち止まっただけのようだった。
こんちくしょうこいつぜんぜん響いてない…!
「おう」
「大丈夫だった?」
部屋で出迎えたのは二人の少年だった。
問題ない、と不敬少年はそっけなく答え、じゃあ飯食っちゃお、と少年のうちの一人が呼応し状況が置いてきぼりのまま会話が進んでしまう。
「聖女サマって飯食わないの?」
「…食べるけど…」
じゃあこれ、と食器を渡される。
丼のような深めの食器とスプーンは磨かれていて清潔なようで少し安心した。
「飯食いながら話そう」
最初に呼応した少年は社交的なのだろう、一人で喋っている。
「俺はフィル。愛想がなさそうなのがアッシュそんでこっちは─」
「テオドールだ」
名前は教えてくれるらしい。
金髪碧眼の見目華やかな社交的な少年はフィル、黒髪赤眼の寡黙な少年はアッシュ、そして銀髪金眼の不敬少年はテオドールというらしい。
紗雪も名乗ると三人から話を聞いた。
話はこうだ。
ミナスジェイラ──地球とかそういう、世界の名前だろう、は二つの国に分かれている。
フラクタル公国とここ、帝国ラーグラフ。
二つは表向き和平を結ぶも政治的緊張が続いていた。
「ここまではいい?」
「はぁ…まぁ…」
紗雪は曖昧な返事を返す。
理解はできる、が、戸惑う事ばかりだ。
「聖女って…何?あたし何すればいいの?」
っていうか元の世界に帰りたいし、弟たちの行方も知りたい所だ。
何をすればか…とテオドールたち三人組が顔を見合わせたところで紗雪はふとある疑問が頭をよぎる。
「あの…豪華服のおじさん捕まっちゃったじゃない?今後あたしの立場って怪しかったりする?」
「豪華服のおじ…あの人は皇帝だよ」
笑を堪えながらフィルが言う。
「皇帝!?国のトップ捕まってじゃん!革命か何か!?」
うーん…と三人は何とも煮え切らない反応だ。
「今後身の振り方は考えておくんだな」
腕組みをしながらテオドールが言った。
「身の振り方…?」
─急なあつらえでお詫び申し上げます。
もし何かご希望がありましたら、どんなことでもおっしゃってください。
便利な方の異世界転生らしく、おそらくとめはねはらいも美しく書かれた異世界語はそう読み取れた。
「綺麗な字…しかもこの手紙良い匂いがする…」
紗雪は与えられた衣類に添えられたメモをくんくんした。
「ブリジットか…仕事が早いな」
送り主はブリジットと言うらしい。
きっとさぞ美しい深窓のご令嬢なのだろう。
三人から色々聞きながら食べていると、見知らぬ大人たちがやってきて連れていかれそうになった。
「あっいえ、あのこの人たちが面倒見てくれるって言うんで!」などと三人を指名して適当嘯くと、三人は一瞬すごい顔をした。
…冗談じゃないうっかり大人について行ってみろ、どこのおじさんに押し倒されるか分かったもんじゃない。
対して三人は背格好から同年代かと思いきや、十三歳と十四歳だと言う。
子供の方がまだマシと三人の影に隠れる。
序列があるようで、居住まいを正して声にも顔にも出さず指示を待つ三人。
あれよあれよという間に三人と行動する事が決まった。
大人たちが出て行ってから、
「やってくれたよね…」
などとフィルに言われたが、澄ました顔で
「身の振り方決めろって言ったじゃない」
と流した。
「御礼の返事は書いておけ」
「ええっ…手紙なんて書いた事ない…テオ書いて!」
良い匂いの手紙をテオドール…テオに渡す。
「手紙を書いた事がない…?」
「メールとか無いの?」
「メール…?」
メールは無い世界らしい。
中世的な世界なのだろうか?
トイレは水洗だし、食事は米が出たので水には困っていない国のようではある。
お風呂は?とは空気を読んで聞けなかった。
「とにかく今日は寝る…疲れちゃった」
ふあ…と欠伸をして紗雪はベッドに潜り込んだ。
大きめのベッドは柔らかく寝心地が良い。
「…本当に寝るのか?」
テオが問いかける頃には紗雪はすっかり寝入っていた。
「…本当に寝るのか…」
すーすー寝息を立てて眠る紗雪を見てテオは眉間に皺を寄せる。
…危機感とかないのか?
「俺の部屋だぞ…」
困惑する呟きを紗雪の寝息がかき消した。
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