1.どう考えても最悪ムーブ
この世の全ては不条理だ。
何だかもう腹が立って腹が立って、学校を早退して紗雪(さゆき)は音を立てて早歩きした。
学校で一目惚れした先輩に何とか思いを伝えたくて、昼休みに先輩の周りをうろうろしたり、それだけには飽き足らず友人に頼み込んで先輩の近くで昼食を食べたりした。
念願叶って連絡先を交換して、舞い上がるような心持ちだった。
だけど世界は残酷だ。
先輩は紗雪の親友を千里(ちさと)ちゃん、と呼び紗雪の事を時宮(ときみや)さん、と呼んだ。
露骨な態度で示されるよりキツイ。
また、親友はとても良い子で美人で…モテる理由がありすぎる。
全てが精神にグサグサ来る。
「んぁー…文学少女にキャラ変しよ…」
学校を強引に早退し、よろよろと自宅近くの図書館に立ち寄る。
グッバイ馬鹿なあたし。
今日からは文学少女よ。
知的にキャラ変してイイ女になってやる。
図書館に入ると独特な静けさに耳鳴りがして文学少女計画は1秒で頓挫した。
澄ました顔で司書の前を通り過ぎ、読書コーナーの机を通り過ぎ、本棚の間を更に通り過ぎ…奥の談話室に逃げ込んだ。
彷徨える旅人はオアシスに癒しを求めるのだ。
図書館の談話室は会話と飲食可能、本も貸出手続きをしたものなら持ち込み可のちょっとした学習スペースだ。
学習スペースは駅ビルにもあるので、駅から少し離れたところにあり本棚の更に奥を通らなければ発見できない談話室は地元の知る人ぞ知るちょっとした穴場でもある。
椅子にふんぞり返って窓の外の噴水を眺めながら文学少女を気取ってやるのだ。
「あ、紗雪さん」
「うげ…」
談話室には先客がいた。
小学生三人組。
二人はこんにちは、と挨拶し、何だようげって…口をへの字にして言い募るのは。
「弟よ。姉は傷心である」
しっし、と手で追い払う仕草をして放っておいて、と返す。
弟の豪(ごう)は昔は可愛いやつだった。
おねえちゃん、おねえちゃんと後をついて歩くあどけない姿。
それが年齢が上がるにつれ、「ねえ」とか「あのさ」とか呼ぶようになりおねえちゃんなどと言わなくなり…両親が子供部屋を分けてくれてからはますます分からない奴になった。
紗雪は弟から離れ、冷水機で水を飲む。
すると豪が後を追ってやってくる。
「ねぇジュース奢って」
…何だねえって!おねえちゃんとお呼び!
内心キレ散らかしながら、
「あのね。あんたとあたし、家計は一緒。あんたが金無い時はあたしもお金が無いの!」
水でも飲んどけ、と追い返す。
金無いって、と友人に告げながら階段を下っていく豪を見てフンと鼻を鳴らす。
談話室の円卓のひとつを陣取った豪と豪の幼馴染の透(とおる)は床にランドセルやバッグを放り投げ椅子でぐにゃぐにゃしている。
もう一人、歩(あゆむ)は確か二人のニ歳下の筈なのに自分の持ち物は空いた椅子に乗せ、背筋もしゃんと椅子に座っている。
「…歩が弟だったら良かったのに」
最初に挨拶してくれたのも歩だった。
よくできた十歳である。
…家に帰るか。
弟に会いたくなくて図書館に来たのだ。
弟が図書館にいるとなれば紗雪が図書館にいることもない。
両親不在の中一人でノスタルジーに浸ろう。
「…ねえちゃん、」
ふいに豪の声が聞こえて後ろを振り返る。
そう呼ばれるのは何年ぶりだろうか。
呼び声に目線を向けてぎょっとする。
豪たちの座る円卓周りが白く発光していた。
「ね、ねえちゃん…!」
「何これ…!?」
「出られない!」
混乱する三人の元へ慌てて階段を駆け下り向かう。
いやいやいや、そりゃないでしょ。
何で光るの!?
階段を降り切ってテーブルに向かう前に三人の姿はかき消えた。
「嘘でしょ!?ちょっと待っ──」
テーブルに縋りつくように駆け寄ると白い光は段々と小さくなり…紗雪の姿も飲み込んで消えた。
目が覚めて始めに飛び込んできたのはぶたれて吹き飛ぶ少年の姿だった。
oh…非暴力不服従。世に光よあれと偉い人が言ったからかどうだったかは忘れたが、子供に暴力はいけないという風潮が持て囃され幾星霜。
とにかく、教師だろうが親だろうが子供に暴力はいけない、というのが世の通説である。
吹っ飛ぶほど殴る?イカれているにも程がある。
紗雪はきょろきょろと周りを見渡した。
…弟たちがいない。
周りはおそらく自分とは違う人種の人間ばかり。
導き出される答えは。
─異世界召喚!?
メディアで散々使いまわされた展開…でもここで喜んではいけない。
動画配信サービスやらスマホ配信漫画を駆使した現代高校生の知識ではこうだ。
①特異スキルでちやほやされる
②本当は実力があるのに一緒に召喚された奴に立場を横取りされる
③説明も特技も特になく突然異世界に投げ出される
先程見渡した時に自分の他には似た人種はいなかった。
となると……
少年がぶたれたときに吹き飛んだ何らかの小型機械を拾い上げ、落としたよ、と渡そうとした。
その場にいる身なりが豪華すぎるおじさん、少年に暴力おじさんを味方につける勇気はちょっと無い。
例え立場が弱くても少年に擦り寄った方がマシだ。
じゃら、と鎖が動く音が聞こえ、初めて自分に手枷と鎖が付けられている事に気がつく。
最悪な展開が一瞬頭をよぎるが、ここでめげてはいけない。
その時ピロンと小型機械から起動音が聞こえ、喋った。
「──エディットジャック、アクション!………サモナー、サユキ・トキミヤ…クラスSSAアヌビス…エージセブンティーン……」
紗雪は目を丸くする。
「あたしの名前言った…AI?あは、頭良いねこのデバイス…」
じり、とその場にいた偉そうな男、少年をぶった男が後退りした。
…いや、何!?
背後に気配を感じて恐る恐る振り向く。
「ふぁー!?嘘ぉ!?」
紗雪は飛び上がるほど驚いた。
後ろにはゆらりと巨大な二足歩行の真っ黒な獣が佇んでいた。
「痛った!」
後ろに気を取られているとがん、と床に押し付けられる。
「馬鹿な…17だと…」
いやね、馬鹿なーってこっちの台詞ですよ。
先程ぶたれていた少年に馬乗りになられ、機械を奪うように取られる。
…機械拾うんじゃなかったー!!
紗雪は心の中で頭を抱えた。
実際には押さえつけられていて頭を抱える腕がなかったが。
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