8.愛すればこそ


「怪しい拠点は三つ…近いとこから攻めるか」

「三箇所のどれかだといいが…」


端末の地図を操り行き先を決めるフィルとアッシュ。

その後ろ歩く紗雪とテオが、


「好きって言え…!」

「す、し、好き…………」

「もっと!感情を乗せろ!」

「す、すきぃー!!」


などとやっている。

フィルはアッシュに肩を寄せて囁いた。


「大丈夫なのアレ?」

「テオの奴大分キてるな…」


んもー!好きって言ってんでしょ!と紗雪は暴れて地団駄を踏んだ。


「っていうか、制服?で歩いてて大丈夫なの?」


紗雪はダブルボタンのブレザー風ワンピースの裾を摘む。

ズボン姿の三人とは少し違う型だが、デザインの統一性で同種のものだという事は分かる。


「ヴァルマレンの制服な。エディットジャックの所持者は皆この制服だからまず喧嘩売ってくる奴はいないよ」

「ヴァルマレン?」

「ヴァルマレン学院。教育機関だ」

「あぁ、学校ね…」

「サユも道中エディットジャックの使い方覚えないと」

「えぇ…あたしはいいよお…」

「言ってる場合か?」


紗雪はげんなりした。

呼び出して巨大な召喚獣が出てくるのも何か怖いし、誰かと争えだなんて…万年平均並(自称)を貫いてきた身分にはちょっと重い。


「あたしの…好きな…婚約者様が守ってくれるって言ってた…」

「自分の身は自分で守れ」

「バカ言わないでよ。愛ってのはね?一方通行はただの暴力なの。愛し愛され、あたしのこと好きでしょ?守ってください」

「エディットジャックの使い方を教えてやる」

「話聞かんかい!暴君!圧政反対!」


紗雪のポケットからエディットジャックの端末を引き抜こうとするテオと攻防してやり合っている紗雪を見ながら仲良いねー!とフィルが野次った。

使い方!覚えたら!フィルから始末してやるからな!と紗雪の咆哮がこだました。











「ってぇ、全然見つからないじゃない!」


滞在先のホテルで紗雪は憤慨する。


「皇帝が拘束されている今逃げ回れる程の指示を出せる統率力を維持できるとは思わない…単に当てが外れたか…」

「はぁー…ホテルにプールでもついてれば気分転換できるのに」


呑気なやつだな、と言いテオも紗雪の隣に身を投げた。

どういう訳か、ホテルでもテオと同室にされている。

もう慣れたが結婚前に一つのベッドで男女が一緒でいいのだろうか…?


「どうするの?寝てる間に襲撃されるかも」

「映画の見過ぎだろ」

「映画はあるんだ…」


紗雪は仰向けに転がるテオの隣でうつ伏せに寝転び、頭だけ起こして窓の外を見上げた。

すっかり暗くなった外からはこれでもかというほど星が煌めいている。

暗色の空より白く輝く星の方が多いのではないかというくらいだ。


「ゲームとかあるの?」

「そんな低俗なものはしない」

「今人類の七十パーセントは敵に回したわよ」


うーん、漫画は?遊園地はある?水族館は?など質問を投げかけるとマンガ?遊園地はある、水族館もある、と返事が返ってくる。

会話相手にはなってくれるらしい。


「…お父さんもお母さんも、心配してるよね」


それには返事がない。

何でもない、おやすみ!と紗雪は布団を被る。


「…新皇帝を擁立した後は必ず死者の門の鼻を明かすつもりだ。奈落の召喚獣についてや異世界からの召喚者について洗いざらい吐かせる…過程で、もしかしたら、元の世界に帰れる方法も分かるかもしれない」


テオは語るが紗雪の返事はない。

ちらりと布団の塊になった紗雪を見るとすーすーと穏やかな寝息が聞こえてきた。


「寝るのが早い……」


はあ、とため息をついて布団の先を摘んで紗雪の頭だけ出してやる。

…何も考えていないのか生来の楽観的な性格なのかよく分からない。

すでに寝入った紗雪に小さな声でおやすみ、とだけ声をかけるとテオも布団に入った。




ラーグラフに来てから食生活は似た感じで良かった、と紗雪は言う。


「似た感じ…どんな感じ想像してた?」

「虫と海鮮踊り食いはイヤ」


それは俺も嫌だ、とフィル、踊り食いとは踊りながら食うのかと真面目顔でアッシュは聞き返す。

ふと紗雪は目線を感じてテオを見る。


「さ、さすがに私も虫は食べないよ!?」


またそんな目で見て…と窘めるとすぐに切り替え、ね、今日はどこ行くの?とテオの端末を覗き込む。


「…いや、仲間の連絡待ちだ。目星はついているが…」


ふーん、と受け流す紗雪はいつもと変わらない。

昨夜両親の事を言いかけていた、落ち込んでいるかと思えば一晩寝ればそうでもないらしい。


ばたばたと護衛が慌ただしく行き来している。

伝令来たかな、とフィルが応対する。


「あー、そっちか、」

「そっちって?」

「追手。来ちゃった」


どうするの、と言いかけた紗雪をテオが引っ張る。


「がつんとシメてくるから先行ってて」


ひらひらと手を振るフィルとアッシュは入り口に向かい、紗雪とテオは裏口から抜け出す。


「ずっと気になってたんだけど、あのさ、大人が追ってきたらどうするの?」

「どうとは?」

「いや、ほら、いくらエディットジャックがあっても銃とかさ…武器持ってたら危なくない?」

「銃?」


奇妙な顔をするテオ。


「えっ?ないの?」

「いやある。全時代の遺物でろくなものは残っていないだろうが…そもそも人を殺傷できるようなものは所持だけで重罪だ。死刑もありうるからそう所持はしないだろう」

「じゃあ何と戦うの─…!」


ドン、と土煙が上がりホテルを揺るがす衝撃音に紗雪は思わず目を瞑る。

入り口付近からフィルの召喚獣とアッシュの召喚獣が見えた。


「おそらく向こうも子供を連れてきてる。召喚戦だ」

「それ、学友ってやつじゃ…」

「向こうは災難だが…力をつける良い機会じゃないか?」

「アンタ鬼ね…」

「急ぐぞ。日付を越えたら俺たちはほぼ丸腰だ」

「うっ…きちゃうのね誕生日…」


ホテルに背を向けテオと紗雪は走り出す。

紗雪はポケットの中のつるりとした卵型の感触を確認した。

召喚…使うことがない事を祈りたい。














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