遡る過去3

「容赦なくやりましたね」


 切り傷の手当てをしながら夜秋は苦笑いを浮かべる。まさかここまでやるとは思わなかったのだ。


 ただ、それについてきた彼にも少なからず驚いている。


 それだけ強くなりたいのだろう。気持ちだけは夜秋にも伝わってきた。強くなれるかに関しては、別問題であるが。


「わりぃ。ついついな。悪ガキを相手してるのと同じようにしちまった」


 笑う秋星は、無傷で疲れてもいない。あと何時間でも稽古できるほど、余裕があるようだ。


「悪ガキって……」


「息子が二人いるんだよ。やんちゃでなぁ」


「誰かに似たのでしょう」


 しれっと言う夜秋に秋星が睨む。誰のことだ、と言いたそうに。


 そんな二人を見ながら、この二人はどんな関係なのだろうかと思わずにはいられない。


「兄弟、ですよね?」


 瓜二つなのを見ればそこはわかる。これで兄弟ではないと言われた方がびっくりだ。


「双子です」


「嫌なことにな」


 にこやかに笑うのが兄で、無愛想に言うのが弟。なんとなくだが柊稀にはわかった。秋星はなにか苦労していることがあるのだということが。


 仲のいい二人は見ていて羨ましいと思う。柊稀は一人っ子だったから。


「食べられないものあるか?」


「いえ、ないです」


「そりゃ助かる。夜秋はうるせぇからな。飯の支度してくる」


「あ、うん」


 普通に見送り、ハッと我に変える。飯の支度と彼は言った。


「秋星さんが作るの?」


「驚くことですか? 僕も飛狛もできますよ」


 驚くことである。なぜなら、柊稀は料理ができないからだ。


 しかも魔法槍士までもが料理をするという。こんなに驚くことはないだろう。


「うちも飛狛のとこも、母親が得意でしたからね。自然と手伝ううちに覚えましたよ」


 聞いていれば、手伝ってもできない自分がなんだか情けなくなる。


(きっと、手伝うのレベルが違うんだ)


 きっとそうだと柊稀は思うことにした。彼の手伝うは、主に運ぶことであったから。言えば、それは手伝うとは言わない、と言われていたかもしれない。


 時間があるから、話せることなら話してくれると夜秋は言った。どこまで話していいのか、どこまで聞いていいのか互いに悩むところではあったが。


「僕は無知だから、色々知らなくて。なにを聞いたらいいのか……」


 知識はほしい。けれど、なにを聞いたらいいかもわからない。


 素直に言えば、目の前の青年は少しばかり考え込む。


「まぁ、なにが必要かですよね。今のあなたにとって」


「今の僕に、必要なもの」


 始祖竜や邪教集団。今は彼らについての情報がほしい。けれど、この時代にはいない存在。


「飛狛と話してからがよさそうですね」


「そう、ですね」


 魔法槍士が来るまで詳細は聞かないと二人は言った。詳細を知れば、必要なことを話してくれるかもしれない。


 待つしかないのだと、柊稀はため息をつく。ここに来た理由も、帰る方法も、すべては魔法槍士が来てから。


 落ち込んだように見える柊稀に、夜秋はひとつ話をしようと思った。


「その剣、家にあったんですか?」


「はい。代々継がれているそうです」


 そっと触れる剣。どれぐらい前からあるのかわからないが、家に伝わる宝剣だと言われていた。


「火炎剣……あなたは持ち主に似ていますね。最初の持ち主は、あなたみたいな感じですよ」


 弱くはない。彼には眠れる才能がある。秋星の稽古を見ていた夜秋は、そう思っていた。


 それはなんとなくだが、剣の最初の持ち主を感じさせる。あの人もそうだったなと。


 夜秋にとっては聞いた話でしかないが、両親から聞いたのだから間違いはない。


 特に、父親は気にかけていた。なぜなのかまでは知らないが、懐かしい昔の記憶だ。


「僕みたいな感じ?」


「弱かったらしいです。父さんから聞いた話ですが」


 その一言で、彼らの父親の知り合いが最初の持ち主だと察した。同郷だと言っていたから、知っているのだと。


「世の中、最初から強い人もいます。ですが、努力をして強くなった人が、天才に勝てないわけじゃないんですよ。また、天才と言われる人がまったく努力してないとも言えません。見せないだけということもありますからね。その剣の持ち主は、努力して強くなった人で、天才と呼ばれる人とも対等にやってみせましたよ」


 その言葉は、柊稀にとって力を与えるものとなった。努力をすれば強くなれると、希望が持てたのだ。


「飛狛みてぇに、強いのに自信がなくて負け続けるっていうのもあったなぁ」


「ありましたね。待ちますか?」


 もちろん、飛狛を待って食事にするかという意味。待たないとあっさり答えたのは秋星で、さっさと食事の準備をする。


「いいんですか?」


「いいんです」


「待ってたらきりがねぇしな」


 アバウトな時間しかわからない。夜のいつ来るかまで、二人は知らないのだ。


 どうせ仕事に区切りがつくまで来ることはないだろう。なんて軽い気持ちでいるほど。


「下手したら、寄り道してますよ」


「はぁ? 一人だけいちゃこらとか許さねぇぞ」


 そう言った瞬間、妙な間が起きる。夜秋の視線は、少し哀れみすらあったかもしれない。






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