魔法槍士 飛狛
食事も終えまったりしていた頃、空気の鳴る音が窓を震わせた。まるでなにかがやって来たように。
「やっと来ましたか」
「おっせぇ」
秋星は欠伸をしながら身体を起こす。あと一歩遅ければ、彼は間違いなく寝ていただろう。
柊稀ですらさすがに寝そうになっていたほど、魔法槍士の訪問は遅い時間であった。
ついにと耳を澄ませてみたが、足音ひとつ聞こえてこないまま、魔法槍士は部屋の中に入ってくる。
「遅かったですね」
「うん。はく兄さんと話し込んじゃってね」
腰まである赤混じりの長い黒髪、黒い瞳。どことなく双子にも似たような感じがする穏やかな青年。
第一印象はそんな感じであった。大会の猛者に名を連ねる人物には、とてもではないが見えない。
琅悸のように、一目見たらわかるような存在感はどこにもないのだ。
意外過ぎて、柊稀は青年を見ながら固まっていた。気さくな雰囲気をだし、夜秋と談笑する彼を見ながら。
「のんきに話してんなよ。他に話すことあるだろ」
談笑を止めたのは、眠そうにしていた秋星だ。本来なら今頃は自宅に帰って、家族と過ごしているはずだった。
それを邪魔されたわけで、早く問題を片付けたかったのだ。
「そうでした。飛狛、簡単に連絡は入れましたが、彼が未来からの来客です」
「未来、ね。最近の異変と関係あるのかな」
いつ連絡をいれたのかはわからないが、柊稀の存在は話していたよう。
だからこそ、部屋に入ってすぐ柊稀がいることに驚かなかったし、いつもより長く仕事をしていた。
今回の件は、予定外の仕事が舞い込んだようなもの。どれぐらいかかるかもわからない。
今のうちにやれることはやってしまおうと思ったのだろう。
場が話し合いをする雰囲気になると、眠そうにしていた秋星も表情が変わる。仕事と切り替えたのだろう。
「一応、この時代の魔法槍士をしている飛狛だ。よろしく」
「は、はい」
少しばかり堅くなっている姿に、秋星が背中を叩く。気楽にしろと笑いながら。
取って食うわけじゃない。ただ話をするだけなのだ。
「俺、未来には怖い魔法槍士って名を残すのかな」
「お前はへこむな!」
柊稀の姿を見てなぜかへこみ出す飛狛に、双子は呆れる。
覚悟して魔法槍士を継いだのだ。肩書きの重さも、周りからの評価もすべて。
なにを今更へこんでいるのかと、双子は冷ややかに青年を見た。
「あ、いや、僕はあまり詳しくないので……」
「でも、飛狛知ってるんだろ」
「名前だけです。大会の猛者に名前を連ねてました」
「はぁ!?」
「いやぁ、猛者なんて」
猛者に名を連ねていると知り、真逆の反応を見せる二人。なんでこいつがと食って掛かりそうな秋星に、照れる飛狛。
(本題、忘れてませんかね)
そんな二人を見ながら夜秋はため息をついた。
仕切り直して、話題は本題へ。
「その子が、ここへつれてきたと」
「はい」
柏羅との出会いから、フェンデの巫女と会った流れ。深夜の邪教集団の襲撃。そのとき、行くぞと言われたこと。
過去へ来た流れはすべて話した。ただ、過去ということもあり、始祖竜や邪教集団について濁したのは柊稀からしたら上出来だ。
濁した部分は当然三人もわかっている。未来の事柄を詳しく聞くこともない。だから突っ込まないだけだ。
「未来に首を突っ込むわけにはいかないが、その子の詳細は知りたいとこだね」
しかし、と飛狛は思う。柏羅が自分達に与える影響。無害なのか判断に困る。
魔法槍士である以上、少女であろうと害があるならほっとくわけにはいかないのだ。
「始祖竜……そう言ってました」
聞いた瞬間、飛狛だけが表情を変えた。補佐官の二人には、始祖竜の詳細は話されていない。
難しい表情を浮かべる飛狛は、雰囲気が完全に変わった。ピリッとした空気は魔法槍士のもの。
察した双子が真顔になる。こうなれば自分達も補佐官として動くべきだと判断したのだ。
「未来では一般公開をされている情報?」
「違います。竜の神殿は公開されてるけど、解読されたのは許可が降りた人だけって聞いてます」
フェンデの巫女から聞いたと、すぐに察したのだろう。さすがだと柊稀は思った。
「未来がどうなっているのかわからないけど、俺と氷那ちゃんがやってるのは無駄じゃないってことか」
「フェンデの巫女と情報共有、ですか。それで、一大事にフェンデの巫女が動くなら間違いないですね」
二人の会話を聞いて、氷穂の言葉を思いだす。文献が見つかった時代、フェンデの巫女と魔法槍士が結ばれた。
つまり、この時代の今目の前にいる魔法槍士と、この時代のフェンデの巫女の話なのだと。
「始祖竜……か。それが言うなら、この時代になにか起きるのかもしれない」
(この時代の巫女、かぁ)
こんな穏やかに笑う人といる巫女。少しだけ会ってみたくなった。
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