ベル・ロードの統治者2

 神殿内部に作られた道を使い、二人はオルドの街へ向かった。


 この道はオルドとフェンデ。オルドとテレジナを結ぶだけで、合流する仲間の元には繋がっていないのだ。


 合流するためには、オルドから自力で行かなくてはいけない。


「ベリヤードには道がないんですね」


「消えちまったんだよ。なんでだったかは忘れちまったけどさぁ」


 精霊も馬獣に乗るのか、と突っ込みたくなる光景を見ながら、琅悸はため息をつく。


 まさか、ユフィが馬獣に乗ってくるとは思わなかったのだ。それも、氷穂と同じ馬獣に。


「誰かがいらないって、なったのかもしれませんね」


「かもなぁ。こっち側じゃなく、あっち側でな。一時ベリヤードと交流もなくなったし」


 ずっとこの家系を見ていた精霊なだけあり、そういったことも詳しかった。


 問われない限り自分からは話さないが、問いかければユフィはいくらでも話してくれる。本を読むより、現実味を感じる歴史を学べるのだ。


 三日かけてティーファという、メリエート区一番の街へ到着した。年に一回、武術大会が行われることで有名な街だ。


 ここからベリヤードまでは半日の距離であったが、二人は一泊することにした。


 先にユフィをベリヤードへ向かわせ、自分達が行く旨を伝えさせることにしたのだ。


 なにせ、これから会うのは魔竜族の長であり、中央の大地ベル・ロードの統治者なのだから。


 さすがに連絡もせず行くわけにはいかない。とは、珍しいことにユフィの案だった。


「余計なことは話すなよ」


「わかってるって」


 本当かという琅悸からの視線を受け流し、ユフィは姿を消した。


(不安だな)


 精霊はみんなあのようなのか。彼との付き合いは物心がついた頃からあるが、他の精霊は見たことがない。


 だからわからないのだが、いつも気になっていた。ユフィはあまりにも軽すぎるから。




 マッハで移動した。これがユフィにたいしては正しい表現だろう。


 彼はとにかく急いだ。二人のために、ではなく、自分のために。


「まったくさぁ、頑固なんだよ」


「そのようだな」


 突然現れた精霊にも動じず、青年は書類に目を向ける。話を聞いていないわけではないが、紫色の瞳はひたすら文字を追っていく。


「巫女護衛だからとか、別によくねぇ?」


「簡単に割りきれないんだろ」


「たくよ、頑固さはあいつ譲りだぜ」


 あいつという言葉に、青年の動きは止まる。この精霊が言うあいつには、少なからず興味があるのだ。


「似ているのか? 巫女護衛」


 書類から視線をあげれば、青年はようやく精霊を見た。


「似てるぜ。あれはちょうど、あいつとあいつの弟を足して割ったような顔だが。中身がそっくりだ。見てて楽しいぐらいにな」


 ニヤリと笑う精霊を見て、青年も笑う。この精霊はいい性格をしている。


 青年はフェンデの巫女とは顔見知りであるが、巫女護衛とは一度も会ったことがない。


 度々、行事の際に巫女殿は訪ねているが、それらしい人物を見かけなかったのが原因だ。


 巫女に頼まれ出掛けていることもあるようだが、意図的に行事へは姿をみせないようだと、彼も察している。


 ようやく会えると思えば、楽しみでしかない。


「楽しみだな。この地を救った英雄の血を引く者」


「お前もだろ」


「うちの先祖はどちらかといえば、救ったというより再生した、だろ」


 きっかけを与え、、知識と力を与えたのは地竜王の末裔だと、この地には伝わっている。


 また、彼には先祖が残した書物がいくつかあった。過ちを繰り返さないためにと残された物だ。


楓斗ふうと、迎え入れる準備を頼む」


「わかりました」


「お前らも同じだよな」


 青年二人を見ながら、ユフィはボソッと呟く。魔竜族の長と補佐。昔見た風景に、少し懐かしい気分になった。


 再び書類へ視線を戻す青年。


「邪教集団……黒耀から連絡がきた」


「なら、把握してるのか?」


「あぁ。手を貸すつもりではいる。ただ、気になることがある」


 何事もないように一枚の紙をユフィへ見せた。彼が共通語を理解しているからこそ、そんなことができるのだ。


「まさか、俺に調べてこいって?」


 内容を読んだユフィが嫌そうな表情を浮かべる。


「精霊は移動に特殊な方法があるようだ。ここまで一瞬で行けるだろう。使えるものは使わないとな」


 冷や汗が頬を伝う。昔と同じと思っていたが、どうやら先祖より賢くなったようだ。


 精霊をこき使うなど、彼が初めて。昔の仲間ですらそこまではしなかった、と思う。


「……ま、まぁ、行ってやるよ」


「助かる」


 見せられたものは確かに気になる。見に行くこと自体は、彼に断る理由がない。


 ユフィが出掛けていくのを見送ると、楓斗と呼ばれた青年が笑う。


「ついに追い払いましたね」


「当たり前だ。あいつは私をなんだと思っているんだか。来る度に用件数秒で、あとは愚痴ばかりだろ」


 呆れたように青年が言えば、楓斗はただ笑うだけ。


「付き合ってあげればいいじゃないですか」


 長く生きている精霊。子孫を見守る行動からして、それだけ昔の仲間が好きなのだと彼は気付いている。


 楓斗の言いたいことは青年もわかっていた。特に、フェンデの巫女護衛を気にかけていることも。


「仲間の死を見続けるというのは、どんな気分なんだろうな」


「辛いものではないのですか? 私達を見て昔を懐かしむぐらいですからね」


 精霊は他族には関わらない。そう言われているのも理由はこれなのだろう。


 寿命の違いがそうさせてしまうのだ。




 翌日、正午を過ぎた頃にフェンデの巫女と巫女護衛はやってきた。


「お久しぶりです、虚空」


「久しぶりだな。後ろにいるのが、噂の巫女護衛だな」


 なるほどと思う。英雄の子孫は、先祖に負けず劣らず強いようだ。


 立ち姿に隙はなく、護衛として背後に立つ青年。ユフィが頑固だと言う意味も理解できた。


(頑固そうだ。これならユフィが愚痴るはずだ)


「えぇ。護衛の琅悸です」


「よろしく頼む」


「あぁ。魔竜族の長、虚空だ」


 手を差し出され応えれば、彼がどれだけ剣を握っていたのかわかる。


 それは琅悸も同じこと。名前だけの長ではない。彼は一族を護るため、それだけの実力を持っているのだ。


「では、さっそく本題に入りましょう」


 巫女が促せば、その場にいた全員が頷く。


 始祖竜が戻る前に互いの情報交換と、邪教集団へ乗り込む段取りを決めようと動き出した。






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