ベル・ロードの統治者
襲撃を受け、激しい戦闘が起きていたとは思えないほど神殿内は静寂を取り戻した。
琅悸の服が破け、黒く焦げているのがなければ、なにもなかったのではないかというほどの静寂さ。
神殿も傷ひとつない。それほど特殊な素材で出来ているのだろう。
「始祖竜はどこへ?」
「わかりません。すぐに探ります!」
身を翻し、奥へ戻っていく氷穂。琅悸は周囲へ神経を研ぎ澄まし、敵がいないことを確認してから後を追う。
結界は壊されたが、他に損傷はない。通り際、氷穂が作り上げた氷の柱をみつけるなり、粉々に砕く。中に邪教集団の末端がいるまま。
砕け散った氷は、炎の渦により跡形もなく消え去る。そこには、初めからなにもなかったかのごとく。
その一瞬に見せた表情は、まるで氷のような冷徹さ。
「そんな顔しないでください」
「どんな顔だ?」
「氷みたいな、冷たい顔ですよ。たまにしますよね」
「気のせいだ」
よく見ているな、と内心苦笑いする。見られないよう気を付けていただけに、その観察力には舌を巻く。
奥へと進んでいけば、子猫ぐらいの大きさで、翼の生えた白い獣がいた。
「みゅ?」
獣は氷穂に気付くなり、首をコテッと傾げ鳴く。
「
「始祖…竜? さっきの力?」
聖舞と呼ばれた小さな獣は、可愛らしい声で言葉を話す。少しばかりたどたどしいのが、また可愛らしく感じさせた。
聖獣とここでは呼ばれている存在で、その正体は魔法槍士と混じった代に、フェンデの巫女へ送られた魔道生物である。
村には神話のように伝わっているが、巫女と魔法槍士の間で伝達をするぐらいしか、基本使われない。誰もその能力を知らないのだ。
「そう、さっき強い力を放ったのが始祖竜」
攻撃能力は一切ないが、魔力の関知や判別はできる。その範囲は世界のどこであっても可能という有能さ。
この聖獣ならたとえ微弱であっても、始祖竜の力を探り当ててくれる。
首を傾げていた聖舞は、わかったと一言だけ言い探り始めた。
長い間探ってみたが、聖舞は困惑したように見上げる。見つからなかったのだ。
「始祖竜、いない。
「……そうね。黒耀に伝えてください」
いないという結果に、琅悸と氷穂も困惑した。探れないほど完全に魔力の波動を消せるのか。
一時的とはいえ、あれだけの力を放っておいて。
「魔力がどこへ流れたかもわからないのか?」
「みゅー。やってみる」
始祖竜は身の危険を察して逃げた。二人の考えはそうだった。だから、逃げた方角だけでもわかればと思ったのだ。
しかし、その結果わかったのはとんでもないことだった。
「つまり聖舞、始祖竜は時空を越えたということかしら」
「うん。過去か未来。どっちか」
逃げた先は現代ではないということ。これではどうすることもできない。二人には時空を越える術がないのだから。
次の行動に悩んでいると、聖舞の額にあった赤い飾り石が輝き出す。飾り石は光を発し、鏡のようなものを作り出す。
そこに長い黒髪に黒い瞳をした青年が映し出された。
「黒耀…」
「氷穂、始祖竜は過去へ飛んだと思われる。俺が迎えに行く」
なぜわかったのか。問いかけたかったが、必要があれば話してくれるのが彼だと氷穂は理解していた。
話さないということは、今は話すときではないのだろう。
「わかりました。黒耀に任せます」
「迎えに行く間、虚空と合流してくれ。始祖竜が戻り次第、邪教集団を潰しに行く」
「はい」
ついに見つけ出したのだ。邪教集団の集まる場所を。
黒耀と呼ばれた青年の一言で、二人は決戦が近いことを知る。決意したように顔を見合わせ、神殿を空ける準備へ入った。
仲間と合流するために。
フェンデの朝は早い。巫女の傍付きは朝一で戻ってきた。それと同時に、村も活動が始まる。
「巫女様、お出掛けですか?」
旅支度をした氷穂を見て、察したように傍付きが言う。
「えぇ。少し長くなるかもしれないです。なにかあれば、いつものように鳥を飛ばしてください」
巫女は行事がない限り、巫女殿から出なくても怪しまれない。そのため、氷穂は度々出掛けていたのだ。
もちろん知っているのは傍付きぐらいなもの。琅悸のような強い護衛がいるからこそ、傍付きも黙認しているのだが。
「わかりました。魔法槍士殿も訪ねていましたし、なにか一大事なのでしょう」
「無茶だけはしないでください」
「琅悸がいるから、大丈夫ですよ」
心配性な傍付きを安心させるよう、微笑みながら言う。
琅悸は傍付きから絶大な信頼を持つ。先代を助けたことが信頼の強い原因だ。
だからこそ、ある程度のことには目を瞑ってもらっていると氷穂は理解していた。
氷穂同様、旅支度を終えた琅悸が姿を現せば、傍付きは最大限の敬意を見せる。
最初の頃は居心地が悪かったそれも、慣れてしまえば気にならない。
「おはようございます、琅悸様」
「おはよう。俺がいない間、巫女殿が狙われても困る。妹に様子を見るよう頼んでおいた」
表向き、氷穂は巫女殿にいる扱いだ。また邪教集団がこないとも言いきれない。
そんなときに傍付きや村人を護れるよう、琅悸は妹に頼んだのだ。彼の妹もまた、彼に劣らぬ強さを持つから。
「さすが琅悸。抜かりないですね」
「当たり前だ」
彼にとって、フェンデの巫女という存在自体が特別だった。だからこそ護衛という肩書きを託された以上、手を抜くわけにはいかない。
巫女だけではなく、巫女殿や村も彼にとっては護る対象となるのだ。
なぜなのかわかっているからこそ、氷穂は複雑な気持ちになる。
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