裏切りの朱華3

 やってくれた、と琅悸は舌打ちする。だが、ただでは吹き飛ばされない。


 爆風と光が消えた広間には、地面から緑色の槍が大量に付き出していた。吹き飛ばされながらも、琅悸が放っていたのだ。


 切り傷で血を流す朱華と、爆発で服が裂けた琅悸。髪留めが切れたのだろう。琅悸の長い髪は背に広がっている。


「あの一瞬で、やってくれるね」


「お前もな」


 爆発系はこの剣では斬れない。わかっていて仕掛けてきたのだと、彼は気付いていた。


「まだまだ、これから……」


「朱華!」


 笑いながら剣を構えようとした瞬間、朱華の動きが止まる。


 一番聞きたくない声が聞こえてきたのだ。一番見られたくない人物に、この姿を見られてしまった。


「朱華…なに…やってるんだ……」


「柊稀……」


 今まで笑いながら琅悸と切り結んでいた女性とは思えない。それほど朱華の表情は変化した。


 少しの間、微妙な空気が流れる。二人の視線が絡み合うのを見て琅悸も動きを止めたのは、朱華の瞳が揺らいだからだ。


 持ち直したのは、朱華の邪教集団としての気持ちが早い。


「なにって、見てわからないの?」


 柊稀が見たこともないような、冷酷な笑みを浮かべる。


「柏羅……始祖竜を寄越しなさい。柊稀は弱いから、その子を護れないよ」


 別人のように豹変した姿に言葉を失う。一体なにがどうなっているのか。それすら今の柊稀にはわからない。


「あなたは、何者ですか?」


「巫女様はわかってるんじゃないの?」


 琅悸が疑っていたなら、この巫女も自分を疑っていたことになる。それもそうだろうと朱華は思う。


 巫女が言っていた力を持つ家系。フェンデの巫女と魔法槍士以外では、火竜族の長だけなのだから。


「幹部、なのかしら」


「さぁ、どうなのかな。聞き出したいなら、力付くでやってみるのね」


 二人になれば、当然不利なのは自分だ。わかっていたが、朱華はそんな素振りを見せることはなかった。


「なら、そうしましょう」


 朱華と氷穂のやりとりを聞きながら、柊稀は混乱していた。幼馴染みが敵だなんて信じられなかったのだ。


 けれど、彼女は今敵対している。琅悸を足止めし、邪教集団を奥へ進めた。柏羅を狙って。


 これは現実なのだ。


「なんで…朱華……」


 なぜこんなことをするのか。振り絞った声はほとんど言葉にならなかった。


「柊稀にはわからないよ」


 冷たく言い放たれ、氷の棘が柊稀の心へ突き刺さる。


「フェンデの巫女が加わろうが、負けないよ。始祖竜を寄越しな!」


 炎の渦が神殿内を荒れ狂う。それすら柊稀には見たことがないほどの威力。大会ではここまでの力を見せたことはない。


 普段から、本来の実力を隠していたのだろう。剣技はわからないが、少なくとも魔法は抑えていた。


「これをすべて、一人で斬れるの?」


 挑発するように琅悸を見れば、応えるよう剣は輝き出した。


 このままでは、二人のどちらかが倒れるまで続く。止めなくてはいけないとわかっていても、柊稀には止められない。


「お兄ちゃん……」


 見上げてくる少女は心配そうに見ている。怯えてはいないことが、彼の救いとなっていた。


 柏羅は朱華を敵として見ていない、ということだから。きっと理由があるのだと、信じることが出来た。


 けれど、このままでは争いは止まらない。柏羅をつれてどこかに逃げるしかない。


(逃げるっても、どこに)


 考えていると、柏羅の瞳が輝きを帯びる。雰囲気もおちついたものに変わったのがわかる。


「炎の使い手…行くぞ……」


「えっ…」


 小さい手が腕を掴んだ瞬間、辺りに白く眩い光が溢れ出す。


「なんだ、この光」


「始祖竜からです!」


 驚いたように二人を見る琅悸と氷穂。


 力は柏羅が放っているもので、その姿は唐突に消えた。三人が見ている中、完全に消えてしまったのだ。


 あとに残されたのは琅悸、氷穂、朱華の三人だけ。


「始祖竜はどこへ……」


 さすがに琅悸も慌てていた。柊稀一人では護れないとわかっていたからだ。


(いなくなった…柊稀……)


 彼を殺さずに済んだことにホッとしつつ、朱華はすぐさま神殿を飛び出す。ここにいる必要はなくなったのだ、というように。


 しばらく走っていたが、二人が追ってくることがないのを確認し、一度だけ振り返る。


「思いだしたら、戻れないの。私は……」


 こんなこと思いだしたくもなかった。けれど、二年前の災害で思いだしてしまった。


 自分は何者で、なんのためにあの村にいたのか。なにをするために存在しているのか。


 すべて忘れたままでいたかった記憶。


「ごめんね、柊稀……」


 せめて彼を巻き込まないようにするつもりだったのだが、それもできなかった。


 頬を伝う冷たいものを拭い、朱華は闇夜を走り去った。邪教集団の一員として――――。






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