裏切りの朱華2

 神殿の奥へ雪崩れ込んだ邪教集団。琅悸が予想していたこともあり、巫女の傍付きなどは村へやっていた。


 静まり返った神殿の中、足音が響く。広いため気配も感じづらく、中々探し出せないのだ。


「曲者ですか」


 静かな声と同時に、彼らが狙うものも現れた。探していたものが自分から来たことに喜ぶ。


「巫女か。たいしたことないな」


 フェンデの巫女など、護衛を引き離せば問題もない。始祖竜がしがみつく青年からも、たいした力は感じられない。


 嫌な笑みを浮かべながら、彼らは獲物を見定める。これなら簡単に手に入れられると。


「立ち去りなさい。今すぐに」


 だから、巫女がなにを言っても気にしない。弱い者が吠えているだけと、決めつけたのだ。


 末端でなければ、もしかすると知っていたかもしれない。フェンデの巫女が持つ力がなんなのか。


 余裕の笑みを浮かべ、ゆっくり近づいてきた邪教集団。そこへ氷の刃が放たれる。


「私は魔法槍士の分家に連なる者。戦う術はあります! 舐めてもらっては困りますね」


 巫女として穏やかに微笑む姿とは、まるで別人のようなキリッとした目付き。手には魔力が集まっている。いつでも攻撃できるようにしているのだ。


 氷穂はフェンデの巫女という立場上、武器を持つことはない。けれど、魔法槍士の分家というだけの魔法の実力があった。


 もちろん巫女である以上、攻撃魔法を使うなど公表はされていないのだが、今はそれが助かった。


「さぁ、どなたから氷漬けになりたいかしら」


 神殿内を荒れ狂う冷気。想像もしていなかった出来事に、邪教集団も慌てている。


 この中にいる誰よりも強い魔力。これに勝る魔力を持つ者は、邪教集団の末端にはいない。


「私は、琅悸に護られたか弱い巫女じゃないの。自分の身ぐらいは護れます」


 力強い言葉に、柊稀の方が居心地悪かった。


 神殿の中に氷の柱が出来上がる。一人、また一人と、邪教集団の者達が氷漬けになっていく。


 ぎゅっとしがみついてくる少女を抱き、柊稀の中にあるなにかが刺激された。


 悔しいと思ったのだ。今まで一度も思ったことがなかった感情。


 大会でどれだけ負けても、朱華の強さを見せつけられても、悔しいとは思わなかった。


 強くなりたいと思いつつ、それでも努力はしなかった。理由は、なにがあっても朱華は隣からいなくならないからだ。


 片隅の田舎にいれば平穏な日々を過ごせる。魔獣と戦える力だけあればいいと、そう思っていたのだ。


(柏羅すら護れない……)


 今までとは違う、情けないと思う気持ち。左手を強く握り締め、氷穂の背中を見る。


 強くなるんだ。幼い少女を護るために、大切な人を護るために。


 紅の炎が、心の中へ燃え上がった。始祖竜に選ばれた青年の中へ。


「たいしたことないですね。末端は弱すぎです」


 辺り一体に氷の柱を大量に作り上げ、何事もないように言う氷穂。


 この巫女を護るためには、琅悸ほどの力がいるのだろう。なんとなくだが、柊稀はそう思えた。


 彼ほどにはなれないかもしれない。けれど、彼のような力が欲しい。


「さぁ、琅悸の元へ行きましょう。彼がこないで敵が来たということは、手強いのがいるということです」


 言われた言葉にハッとした。巫女護衛の肩書きを持つ青年が敵の侵入を許してしまったということは、彼を抑えるほどの敵がいるということ。


 援護が必要だ。援護なら弱くてもできる。


「あなたには、衝撃的かもしれませんが」


「えっ?」


 なにを言うのかと見れば、氷穂は真剣な眼差しで柊稀を見ていた。


 彼女は琅悸同様、疑っていたのだ。朱華が敵ではないかと。




 神殿入り口の広間。剣と剣が交わる音が、石造りの室内で響き渡る。


稲妻光破いかづまこうは!」


 琅悸の剣から眩しい稲妻が激しく落とされた。


「さすがだね。でも、こんなんじゃ私は殺れないよ!」


 朱華の大剣が赤く輝き出す。魔力が高まり、魔技が放たれる証だ。


「火竜、爆竜破!」


 稲妻を打ち消すように放たれた炎の渦。渦はそのまま琅悸へ襲いかかるが、剣を一振りしただけで切り裂かれる。


「その剣……」


「知っているのか。なら、話は早い。俺の前で、魔技も魔法も役立たない」


 琅悸の剣は鳳魔剣ほうまけんらと呼ばれている。いかなる魔力も切り裂くと言われているが、使い手に強い魔力を求める剣でもあった。


 使うためには剣にふさわしいだけの魔力がなければ、持つこともできないという。


 彼の家に代々継がれていた剣であり、道場を継いだ者が持つと決まっていた。


 さすがに魔力を裂く剣には朱華も焦った。どれだけ強い魔法を使っても、魔技で攻めても、彼の前では無効化されてしまう。


 使える魔技は、ほんの一握りにされてしまったのだ。


(けれど、斬れないものにすればいいのよ)


 大剣は再び赤い輝きを放ち出す。


閃光波せんこうは!」


 眩いまでの光が辺りを満たす。視界を奪うためのものだから、剣で斬り裂くこともできない。


(なるほど、な)


 気配を絶つのはうまいようで、朱華がどこからくるのかは感じられなかった。


 琅悸は目を閉じると、すべての感覚を研ぎ澄ませる。気配は感じられないが、彼女が向かってくれば感じ取れると確信していた。


 耳が唸る風を聞き分けたのは、それから少し経ってからだ。


 普通なら間に合わなかったかもしれない。けれど、彼は平然と攻撃を受け止めてみせる。


 剣と剣が重なりあった瞬間、身体が吹き飛ばされるほどの爆発が起きた。






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