邪教集団
巫女というだけあり、神秘的な雰囲気を持つ女性。神殿内の雰囲気もあり、尚更そう見えるのかもしれない。
ゆっくりと柏羅へ近寄り、視線を合わせるように屈む。視線が合わさった瞬間、紫色の瞳に金色の筋が入る。不思議な瞳だと柊稀は思った。
額にそっと指を当て、少女を判別するための魔法を使う氷穂。
「……間違いないようです。琅悸、この子が始祖竜です」
「なら、狙っていたのはあいつらか」
難しい表情を浮かべ、琅悸が呟く。これからのことを考えているのだろう。
どれだけのことが起きるのか。考えただけでも頭が痛くなる。
「あ、あの、始祖竜について教えてくれない? 柏羅は、僕を見て炎の使い手って言ったんだ。なにか意味があるのか?」
その中、状況についていけない柊稀が問いかけた。この二人ならなにかしらを教えてくれるだろうと。
「炎の使い手ですって?」
柊稀が言った途端、氷穂は驚いたように見る。この反応だけで意味のあることなのだと察した。
自分は知らないうちに、なにかに巻き込まれてしまったのだ。そしてそのことに、あの黒いローブの集団が関係している。
少しだけ考える素振りを見せ、氷穂は琅悸を見た。どうするかと視線は訴えている。
「彼は、すでに巻き込まれている。知る権利はあるだろう」
「そう、ね」
柏羅といるだけではない。始祖竜を狙う者とも関わってしまった。
それに、彼は始祖竜に選ばれてしまったのだ。この時点で無関係ではない。このまま協力を求めなくてはいけない相手。
「始祖竜について、簡単に話したと思うが」
世界の創造主とも呼ばれる存在。始まりの竜などという呼び名も持つ。
存在が知られたのは、十四代目天竜王の時代。魔法槍士により竜の神殿がすべて公開された。
その際、封鎖されていた場所に初代黒竜王ティンバーナが残した文献が発見されたのだ。古代文字で書かれていた文献は訳され、出回った。
もちろん出回ったといっても、簡単に手に入るものではない。一般で簡単に入手できるものもあるのだが、出ているのは簡潔にされたものばかり。重要な部分はすべて書かれていない。
研究をしている者もいるが、天竜王や魔法槍士から許可を得てやっているという。
世界の創造に関しては、今も研究されている出来事。明確な答えは未だに出てはいない。
創歴と呼ばれる時代があったが、世界が邪気に侵されたことで、当時の文献がほとんど残されていない。
ただ仮説として言われているのが、邪気が関係し始祖竜が失われてしまった、ということ。
「柏羅だけじゃなく、始祖竜はたくさんいたってこと?」
「そうだ。この巫女殿は創歴の建造物だと言われている。また、これと同じ素材で造られた建造物がいくつかある」
創歴とは始祖竜の文明だろう。しかし、そこからどうやって今のようになったかはわかっていない。
どこかで今の形に変わったはずだと琅悸は言う。竜族の始まりは始祖竜だというのだから。
「最後に残された始祖竜が、己の力を属性ごとに切り離した。これが俺達、竜族の始まりとされている」
もちろん、最後の始祖竜とは当初は仮説であったのだが、それを裏付けるものがみつかった。
ひとつの神殿で、精霊の古代文字で書かれた文献が見つかった。
そこには古代文字とは別に絵のようなものもあり、親子が描かれていたという。
解読した内容は公表されず、文献は封印された。内容を知っているのは限られた数人だけ。一般人なら本来は知らない出来事だ。
「琅悸は、なんで知ってるんだ?」
巫女護衛は確かに一般人ではない。けれど、それはここでだからの話。外に出れば巫女護衛など一般人と変わらないだろう。
「フェンデの巫女は、魔法槍士の分家なのです。えっと、魔法槍士はわかりますか?」
「うん、わかるよ。うちの村にたくさん本があるからね」
ピナスには聖なる王を支えた魔法槍士がいた。そんな言い伝えがあり、魔法槍士のことが書かれた本がたくさん置かれていたのだ。
「ピナスから来たと言っていましたね。確かに、あそこなら有名でしょう」
魔法槍士なんて雲の上の人。実在するかもわからないような存在だった。ずっと信じていなかったが、彼女と話していて事実するのだと知る。
フェンデの巫女は、ちょうど文献が見つかった時代に、当時の巫女と魔法槍士が結ばれていた。
そのため、なにかあったときのためにと同じ情報を共有していたのだ。いざというとき、フェンデの巫女が動けるように。
「文献には始祖竜、魔力と命を分け、竜族を生み出す。とまぁ、こんな風に書いてあったそうです」
最後ではない。あくまでも始祖竜が、なのだ。
「しかし、絵には親子が描いてあった」
ならば、最後の始祖竜として子供がいたのかもしれない。すべては憶測でしかなかった。当時はそのまま放置されていたほどに。
けれど現実なのかもしれない。そう思えたのは、黒いローブを着た集団が現れてからだ。
彼らはいつのまにか仲間を増やし、大きな組織へとなっていた。
「とても強かった。あんなのがもっといるのか?」
「あれで末端だ。おそらくだが、上のやつらはもっと強いはずだ」
末端と言われ、柊稀は呆然とした。あれよりも強いのがいるなど、信じられなかったのだ。信じたくない、というのが本音だった。
邪教集団と彼らは名乗っている。黒いローブに身を包み、始祖竜を狙う者達。
どのような手を使ったのかわからないが、始祖竜の秘密を知っている存在だ。
「始祖竜の秘密って、手に入るもの?」
魔法槍士が関わっているなら、簡単には入らないはず。それぐらい柊稀でもわかる。
なにせ、魔法槍士とは代々、黒竜族最強と言われるほどの強さなのだ。
「本来なら入らない。魔法槍士、フェンデの巫女以外で知っているのは一握りだ」
当時、この件に関わった家系。知っているのはそれだけだと琅悸は考えている。
関わった家系ですら、すべてが伝わっているのは一部だろう。琅悸の家系でも少なからず関わりがあったと思われるからこそ、そう思えるのだ。
ユフィはその証だとすら思っている。でなければ、精霊など住みつくわけがない、と。
「どこから漏れたのか……」
関わり、伝え継がれている家系のどこかが、あちらに関わっているのかもしれない。こうなってしまえば、疑わずにはいられなかった。
「それについては、今調べています」
もしもどこかが関わっているなら、厄介なことになりかねない。敵は同じ情報をすべて持っている。もしかしたら、それ以上かもしれないのだから。
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