フェンデの巫女2

 翌日、旅というほどのものにはならない日程に、酷く驚かされた。中央の大地へ行くと言われていたので、何ヵ月もかかると思っていたのだ。


 しかし、実際にはテレジナへ行くと言われた。そこには中央の大地へ行くための道があるのだと言う。


「琅悸じゃねぇと使えないけどなぁ」


「そうなんだ。家系的なものかな?」


 ユフィはとてもお喋りで、聞けばなんでも答えてくれる。そのため、街を出てからずっと朱華と二人で話していたのだ。


 おかげでというべきか、可愛い妹は柊稀の馬獣に乗っている。


「ずいぶんなついてるんだな」


「えっ、あ、うん」


 出会って三日目。なぜだか柏羅はなついている。これも、よくわからない言葉のせいかもしれない。


「なにかありそうだな」


 小さく呟かれた言葉。琅悸はなにを知っているのか。とても気になったが、簡単には話さないだろう。彼の雰囲気が物語っている。


 テレジナの町へ着くと、住民は気さくに話しかけてきた。琅悸にしか使えない道があることといい、なにか縁のある場所なのかもしれない。


「道を使うから、立ち入らないよう言っといてくれ」


「あらあら。忙しいわね」


霖香りんかちゃんによろしく」


「あぁ。また仕事の件は頼むと思う」


 柔らかく微笑めば、女性達は頬を赤らめる。


「さすがイケメン」


「イケメン?」


 どうやら女性から見れば、彼はイケメンらしい。柊稀にはよくわからなかったりするが。


 そこも鈍感なため、美女を見ても見とれないのがある意味でいいところでもある。


「こっちだ」


「うん」


 話し終わり、琅悸が呼び掛けてきた。スタスタと歩いていく姿に、三人は慌てて追いかける。


 そんな姿をユフィが笑いながら見ていて、住民は気にしていない。ここでは精霊がいても気にされることがないのだ。


 ひとつの家へ入ると、誰かが暮らしている気配はない。ただ道とやらのためにあるようだ。


 彼の所有する家なのだろう。この町へ来たときに滞在するのか、埃ひとつないきれいな室内。


「ユフィ、馬獣は任せるぞ」


「おぅよ!」


 大地の精霊である彼には、同じ地属性の馬獣を連れていくのは朝飯前。力関係はどうやら精霊の方が上らしい。


「三人にはこれを渡しとく。オルドへ向かうが、こことは違って寒いからな」


 防寒具だと、琅悸は厚手のローブを渡す。


 無頓着な柊稀でもわかるほど良質な生地。高いのではないかと思ったが、借りただけと思って着る。


「ねぇ、これ……」


「どうした?」


「霜月、だよね」


 朱華が大好きな洋服店。だからこそ間違えるはずがない。


 なぜこの青年が持っているのかと聞きたかった。


 よく見てみると、青年の服はセンスがいいだけではなく、良質な生地を使ったものだと気付く。


 しかし、霜月は女性専門店で男性用の服は売っていない。少なくとも彼女が知る限りの話だが。


「霜月は妹がやってるからな」


「えっ、えぇー!」


 平然と言われ、朱華は驚いたように見上げた。この青年の妹がやっているとは、さすがに驚きだ。


「元々、うちの家系が始めた店だ。今は妹が継いでいて、本店で店を見ているのは親戚だ」


「じゃあ、妹さんはなにしてるの?」


「デザインだな。男性用の服は、妹の気が向いたときに作られる」


 おそらく、この兄を見て作るのだろう。朱華でもなんとなく気持ちがわかった。


 これだけの美青年であれば、兄に似合う服を作りたくなるというもの。作りがいのある兄だろう。


 自分がデザインを描いていて、こんな兄がいたらと思うと、やはりやりたくなったかもしれない。なんて朱華は思うが、彼女は裁縫が苦手だったりもする。


 三人が着るのを確認すると、琅悸は道がある場所へ案内する。すでにユフィが馬獣をつれて待っており、道も開いているようだ。


「開いといたぜ」


「珍しいな」


 いつもは自分からやったりはしない。すべてにおいて人任せなのだ。


 なかなかいい性格をした精霊だと、琅悸は常に思っている。


「気が向いただけ」


「気分屋が」


 誰に似たのかと言えば、お前の先祖だとよく言う。どうやら、とても気の合う先祖がいたらしい。


 この精霊がどれぐらい前からいるか知らないが、少なくとも自分を含め父親、祖母は違うと言えた。


(もっと前に、こんな性格がいたのか……)


 疲れそうだと思う。これが二人もいたら大変だろうなと。


「この先がオルドの、俺の家に繋がっている。巫女殿へ行く支度をしたい。一晩泊まる」


「わかった」


 オルドからは自力なのだと知る。


(次もあっさりと、というわけにはいかないかぁ)


 道の原理はわからないが、簡単に作れるものではないのだろう。


 中央の大地ベル・ロード――沙烙川(シャラクカワ)を挟み、東側をメリエート区。西側をクリエーサ区と分けられている。


 年中気温が低く、特殊な文化を持つのがこの地の特徴。そのためか、元から暮らしていた魔竜族以外はほとんど住み着くこともない。


 そんな地に地竜族の彼がいる理由は、後に知ることだが驚くようなことだった。


「お兄ちゃん、お客さん?」


「あぁ。明日には出掛ける。しばらくは戻れないかもしれない」


「またー? たまにはいてくれてもいいのに」


 可愛らしく拗ねてみせる女性は、鈍感な柊稀でもきれいだと思うほどの美人。この兄に劣らぬほどの妹だった。


「やばいよ。あの人が霜月の服をデザインしてるんでしょ」


 落ち着きなく腕を掴んでくる朱華に、柊稀は苦笑い。彼女の霜月好きは相当のものだ。


「街に出てくる。出発は明日の朝。それまでは自由にしてるといい」


「やったー! 街行こう!」


 先程までの緊張はどこへいったのか、問答無用で連れ出すのはもちろん朱華。美男美女の兄妹は目を丸くして見送った。


「お兄ちゃんが客を連れてくるなんてね」


 珍しいこともあるものだと言えば、琅悸の反応は素っ気ない。仕事の一言で済ませてしまったのだ。


「仕事でも連れてこないじゃん」


「そうだったか?」


「そうだよ。ねぇ、ユフィ」


 同意を求めるように見れば、そういえばと頷く。むしろ、友達いたかという視線まで投げかけられ、彼は引きつった笑みを浮かべる。


「お前が俺をどう見ているか、よくわかった」


 声が低くなるのを聞き、ユフィはやばいと姿を消す。こんなところも先祖と一緒だと知っているからだ。


「逃げやがった」


 いつもと変わらない兄と精霊のやり取り。妹はクスクスと笑う。この精霊がいるからこそ、兄の歯止め役になっているのだと、妹は思っていた。


「……無理しちゃダメだよ、お兄ちゃん」


「わかってる」


 二人きりの兄妹。妹に心配かけることだけはしたくない。いや、見せてはいけないと思う。


(気付いているかもしれないが……)


 勘の鋭い妹だ。もしかしたら、すべてを知った上で見てみぬふりをしているのかもしれない。琅悸は考えることをやめる。もしそうだとしても、今は問題ないこと。そう考えているだろうから。


 琅悸自身も、そう思いたかったから――――。







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