フェンデの巫女
なぜこうなってしまったのか、と食事をしながら柊稀は思う。
ここはシフィストの宿にある食堂。目の前には助けてくれた青年が、普通に食事をしている。
隣には警戒する朱華。無邪気に食事をするのは柏羅。
黒いローブを着た集団にはあからさまに怯えた柏羅。それが怯えていないということは、信じていいのかもしれない。
柊稀は判断に迷いながら青年を見ている。
「あなた、何者?」
食事に手を付けることなく、朱華は青年を睨みつけていた。
「警戒しなくても、俺は拐ったりしない。ただ、来てほしい場所はあるけど。……詳しくは部屋でしよう」
こんな人が多い場所でする話ではない。そう言われてしまえば黙るしかなかった。
旅人の泊まる宿には、どんな人物が聞き耳たてているかわからない。敵も混ざっているかもしれないのだ。
「朱華お姉ちゃん、食べないんですか?」
「食べるよ」
幼い少女に心配されてしまった。朱華は安心させるように笑い、食事を始めた。
食事を終えると、宿の一室に集まる四人。彼の目的を聞き出さなくてはいけない。
信じていいのか。その判断ができなくては一緒にはいけないのだから。
「俺は
「フェンデの巫女?」
なにそれと言いたそうな柊稀に、朱華は頭を抱える。ここまでなにも知らないとは、思わなかったのだ。
琅悸と名乗った青年も唖然としながら見ている。
「フェンデの巫女っていうのは、ベル・ロードで精霊の儀式をする方よ!」
詳細を知らなくても、名前ぐらいなら有名な存在だと言われれば、柊稀は視線を逸らす。
弱くておバカなんて、恥ずかしくて言えない。小さな村で過ごすには、知らなくてもいい知識は山ほどある。
なんて言い訳して、勉強は一切しなかったのだ。剣術も同じ考えだったのは、朱華にも言えない秘密だったりする。
とりあえず、フェンデの巫女という存在は理解した。なんとなくではあるが。
それだけで今は十分と判断したのだろう。琅悸は先へ進めることにした。
「俺は巫女の頼みで、
「し、始祖竜?」
またわけのわからない言葉を言われ、柊稀がなんとも言えない表情を浮かべる。
「はぁ。柊稀がわからないのは仕方ないね」
フェンデの巫女を知らないのだから、始祖竜などもっと知らないだろう。
「朱華、知ってるの?」
「えっ、少しならね…」
そんなに詳しくはないと彼女は言う。さすがに、始祖竜に詳しいのは世界中探しても一握りしかいないだろうと。
それほど、世間的には知られていない存在なのだ。
始祖竜――始まりの竜と呼ばれる存在。竜族の始まりであり、この世界を創りあげたとされる存在。
神竜と同一とされているが、その存在は別であることが二千年以上前に証明されている。
「もっとも、世界を創ったのは精霊王だとも言われてるが」
「どっちでもいいじゃねぇか。とにかく、すっげぇ竜なんだって。それだけわかれば十分さ」
「ユフィ、いつも外では呼ぶまで出てくるなと言っただろ」
「あはは! 気にするなよ!」
笑いながら琅悸を叩く少女。見た目は少女としか言えない人物は、突然目の前へ現れた。
短く切り揃えられた深緑の髪に、少し翳った金色の瞳。少女に見えるが、声からして少年であろう。
「精霊?」
なぜ、と言いたげに見る朱華。精霊は他族との関わりを持たないことで有名な一族。
「まぁな。こいつの家系にひっついてんだ。いやぁ、先祖によく似てやがるぜ」
「今は関係ない話だろ」
ジロッと見られれば、ここが似てるんだと、ユフィと呼ばれた精霊は笑う。
話を戻すよう琅悸は三人を見る。今はこの精霊と遊んでいる場合ではない。
「悪いが、俺にはその子が本当に始祖竜か判断できない。フェンデの巫女に判断してもらう」
「始祖竜だったら、どうするんだ?」
難しいことはわからないが、これだけは気になった。ここまで関われば他人事ではない。
なによりも、柏羅は自分を選んでしまった。炎の使い手というものに。彼に預けて終わりとは、到底思えなかった。
「護る。あいつらに渡すわけにはいかないからな」
「あいつらがなんなのか、知っているのか」
「あぁ。大体は把握できている」
外の世界では有名なのかと、一瞬考えてしまった。柊稀は情報にも疎いため知らないだけで、あのような集団が普通にいたのかもしれない。
いたとしても、片隅にある村では誰も気にしないことだろう。外に疎くなるのも仕方ないのかもしれない。
(いや、有名だったらライザ様は知ってるか。族長会議で話題になるはず)
意図的に知らされていなかったのか、有名じゃないのか。柊稀にはそこまでのことはわからなかった。
どちらにしろ、柏羅が始祖竜なのかは知りたいと思った。それが自分にどう関わってくるのか。
行けばわかると言うなら、行くしかない。すべてがハッキリすれば、もっと詳しくわかるだろう。
「わかった。その巫女殿に行く」
「なら、出発は明日だ」
どれぐらいかかるのか想像もつかない。出発は急げということなのだろう。またあいつらがくる前に、ここを出た方がいいという意味もあるのだろうと、さすがに柊稀でもわかる。
(当分、家には帰れなそうだなぁ)
覚悟はしていたが、予想以上にかかりそうだった。それでも巫女殿へ行けば終わる。
柊稀の中ではそれぐらいの考えでしかなかった。想像を遥かに越える事態になるなど、考えもしなかったのだ。
「ユフィ…見張っておけ」
「おうよ」
二人のこんなやり取りにも気付かず、日常からかけ離れた日々を過ごすことになるとも知らず、柊稀はのんきに朱華や柏羅と笑っていた。
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