旅立ちと出会い2

 族長会議となれば、戻りはいつになるかわからない。待ってはいられないな、と彼は思った。


「出掛ける? 私を置いていくなんて許さない! なにかあったとき、誰が護るのよ!」


「あっ、いや、なんでそうなるんだ?」


 なぜか自分が護られる前提になっている。それほどまでに自分は弱いのだろうかと、さすがに落ち込む。


 朱華が強いのは認めるが、そこまで酷くはないと思っていたのだ。


「柊稀じゃ、その子を護りながら戦えないでしょ!」


「うっ」


 できるのかと言われれば、できると言えないのが悲しいこと。


「今すぐ行くから待ってなさい! 誰かさんみたいに私は待たせないから!」


 ビシッと指差したかと思えば、バタンと大きな音をたて窓を閉めた。


「やれやれ」


 面倒臭いことになりそうで、柊稀は深くため息をつく。朱華と出掛ければ、絶対に騒ぎが起きるような予感がしたのだ。


 それからほとんど待たされることもなく、朱華は玄関から出てきた。質素な服装に着替え。


 その姿に少しだけ驚いた。いつも出掛けるときと同じように、柊稀にはわからないお洒落というものをすると思っていたからだ。


「ほらほら、行くよ!」


「そうだね。宿を取る必要もあるだろうし」


「それで、お名前は? 私は朱華って言うんだよ」


 視線を合わせるように屈めば、少女は朱華と小さく呟く。


「そう、朱華だよ」


「私は柏羅です」


 少し恥ずかしそうにはにかむ少女。自分の名前を言えるのが嬉しいようだ。


 つい先程まで名前がなかったからと思えば、柊稀は微笑ましかったりもする。


「お兄ちゃん、お名前……」


「言ってないの!?」


「あっ、忘れてた。柊稀だよ」


 目の前で朱華が呆れている。自分が名前を名乗り忘れるとは、さすがに思わなかったのだ。柊稀は向かいで苦笑いを浮かべるしかない。


 行動を始めてみれば、妹が出来たような気分はあっという間に消えた。あっさりと朱華に奪われたのだ。


「可愛いお洋服買おうねー!」


「はい!」


 朱華の馬獣に乗り、すっかりなついてしまった柏羅に少しばかりモヤモヤする。


(ヤキモチか……昨日会ったばかりの女の子に)


 どちらにヤキモチを妬いているのか。朱華をとられてか、柏羅をとられてか。どちらにも妬いているようで複雑な心境。


 けれど朱華も一人っ子なのを考えれば、同じように妹感覚なのだろうと無理矢理納得した。


 でないとみっともない。というのが正直な気持ちである。


「柊稀!」


 警告するような声にハッと辺りを見る。言われるまで、この気配に気付けなかったのは、完全に落ち度だ。


 近づいてくるのはどう考えても殺意。魔獣の類いではない。誰かが意図的に狙ってくるのだ。


 最初の一撃を放たれると同時に、二人は馬獣から飛び降りた。朱華はそのまま柏羅を柊稀へ渡す。


 目の前には数人の黒いローブを着た人達。自分達とはなにかが違い、不気味な雰囲気すら感じた。


 人数は少ないが、立ち振舞いを見れば強者であるのはわかる。


(まずい。いくらなんでも、朱華一人じゃ)


 彼女の強さは理解している。しかし、相手が全員強者となれば一人では厳しい。手を貸す必要があるが、そうすれば柏羅を危険に晒す。


 ぎゅっとしがみつく少女にそっと手を添える。とてもではないが一人にはできない。


(どうする?)


 自分の無力さに腹が立つ。けれど、今は無力な自分を嘆いている場合ではない。


(非力には非力なりの戦い方があるはずだ)


 考えるのだと柊稀は自分に言い聞かせる。なにか手があるはずだと。


「お兄ちゃん……」


「大丈夫だよ」


 不安げにする少女の頭を撫でながら、柊稀は油断なく戦況を見た。


 朱華は紅く輝く玉を取り出す。魔力を受ければさらに紅く輝き、一振りの大剣へと変化する。


 女性が持つには珍しい大剣を平然と振るう。それが朱華であった。


 火竜族の長の家系に受け継がれている武器。いくつかある中で、朱華はこの大剣を自分で選んだと言う。


 なぜかと聞いたところ、ゴツさがいいと風変わりな回答が返ってきた。服や小物は可愛いのが好きなのに、剣は違ったらしい。


「ふふふ。私は手加減しないからね!」


 大剣を両手で持つと、朱華は素早く斬り込む。


 ローブを着た者達は全部で五人。強者を五人も相手するのは、さすがに自分一人では厳しいと理解しつつやるしかない。


 なぜなら、柊稀は当てに出来ないほど弱いから。なんて本人には言えないこと。


(叩き伏せてやるわ)


 好戦的な性格。戦闘好きな部分。これも火竜族の特徴といえよう。






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