旅立ちと出会い
陽射しが窓から差し込み、鳥のさえずりが聞こえる朝。目を覚ました柊稀は、目の前に見知らぬ少女がいて驚く。そこで昨日のことを思いだす。空から降ってきた少女だと。
スヤスヤと眠る少女。いつのまに自分のベッドへ入り込んだのか。寝る前は確かに別の部屋で寝ていたというのに。
「ん……ぅ……」
眠たげに見上げた少女は、降ってきたときとは違う。金色の瞳は同じだが、輝きが違うのだ。
たったそれだけで感じる雰囲気すら違う。今はただの少女にしか見えない。
「おはよう」
「おはよう、ございます」
呼びかけてみれば言葉も通じ、しっかりと話せている。普通に話すことはできるらしい。
「ご飯にしよう」
「はい」
なぜここにいるとか、昨日のことはなんだったのかとか、聞きたいことはたくさんある。
あるが、今は朝食だ。下では母親が作って待っているのだから、待たせるわけにはいかない。
少女をつれて階段を降りれば、リビングからはいい匂いがし、寝起きの胃を刺激した。
「母さん、おはよう」
「あの、おはようございます」
柊稀をチラリと見て、少女は真似するように挨拶をする。
「おはよう。さぁ、ご飯にしましょう」
突然つれて帰った少女に、母親はなにも聞かずに世話してくれている。
息子が一人なこともあり、どうやら可愛くて仕方ないらしい。まるで自分の娘のように、少女のことを世話している。
「ふふっ。好き嫌いはなさそうね。柊稀は野菜が嫌いでね」
「いつの話だよ」
昔の話だろと反論すれば、母親は笑うばかり。
小さい頃は野菜が嫌いで母親を困らせた。どうすれば野菜を食べてくれるのか。よくぼやいていたのは、今だから笑い話である。
そのような苦労があるからこそ、言われてしまえば強くは出られないのだ。
「名前は?」
「名前? ……わからない、です」
何事もなく聞いたが、次の瞬間、母親と柊稀は言葉を失う。名前がわからないと言う少女に。
目の前にいる少女は、なにか問題を抱えている。本能が関わってはいけないと訴えてきた。
関われば今の生活が終わってしまう。終わらせないためには、誰かへ預けてしまうべき。
わかっていたが、どうにもほっとけない性格だった。
「なにも、わからないのか?」
「なにも……覚えてないです。……私は……なに?」
不安げに見てくる少女に、柊稀も困る。なにと聞きたいのは彼の方だ。
けれど、このままでは聞き出せないだろう。本人に記憶がないのだから。どうしたらいいのか悩む。
「名前がないと困るわね。
「いいんじゃない。本人がよければ」
ここで名前の話をする辺り、マイペースな親子であった。朱華がいれば間違いなく突っ込んでくれただろう。
「柏羅……私の名前?」
「そう。どうかな?」
「あの……嬉しいです」
照れたように笑う少女に、柊稀も笑みを浮かべた。とりあえずこの先はこれから考えればいい。
少女の名前も決まり、三人は残りの朝食を食べる。この先のことも考えなくてはいけないが、日常もあるのだ。
いつも通り掃除に洗濯とやれば、柏羅は後ろをついて回る。そんな姿を見ていると妹が出来た気分に。
「娘が増えたみたいね」
母親も同じことを感じていたようだ。笑みを浮かべながら二人を見ている。
「僕の妹かぁ。悪くないかも」
しかし、少女にも家族がいるはず。このままではいけない。
「シフィストにまた行くかぁ」
「それがいいわね。家族を見つけてあげなさい。時間がかかるなら、見つかるまで滞在してきて構わないから」
「うん。捜してみるよ」
母親を一人にすることは気になるが、幼い少女の方が心配だ。両親も捜していることだろうし。
柏羅はどう見ても十歳ちょっとだと思えた。何日も親元から離せない。
(記憶がないのが、気になるけど)
空から降ってきたことといい、普通ではない部分が少しばかり気になった。
一日二日では戻れないかもしれない。村を空けるなら挨拶をしなくては、と村に住む火竜族の族長宅へ向かう。
柊稀が暮らす村はフェラード地方の中でもかなり小さい、ピナスという村だ。
「ピナス? ここの名前?」
「そう。村の名前。柏羅と出会ったのはシフィストという街だよ」
「シフィスト?」
なにか思いだすかと街の名前を教えても、少女はキョトンとしている。まったく思いだす気配がない。
時間がかかりそうだ、と柊稀は思った。
「お邪魔します! ライザ様いますか!?」
ドアを叩き呼び掛ける。
「残念! お父さんなら出掛けてていないよー!」
上を見上げれば、二階の窓から朱華が手を振っている。
「なら、しばらく出掛けるって伝えといて。この子の家族を捜しに行くからさ」
出掛けているということは、おそらく族長会議であろう。火竜族の族長ライザは、それ以外で出掛けることはほとんどない。
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