天より降る少女3

 荷物を全部乗せ、さぁ帰ろうと動こうとした瞬間、馬獣がなにかを察したように空を見上げた。


「どうしたんだろ?」


「なにかを感じてるみたいだ。でも、わからない」


 獣の本能で感じているのだろう。それも空からだ。だが、一体なにを感じているのか。


 少し陽が暮れだした空を見上げると、特に変わったことはない。


「魔獣かな? けど、鳥型は聞いたことないよね」


「あぁ。鳥型の魔獣がいたら、鳥獣族が騒いでるはずだし、いないと思う」


 今まで一度も聞いたことがない。変異したという可能性もあるが、そうだとしてもここで変異するだろうかと思う。


「だよ、ね……て、なんか光ったよ! 柊稀!」


「えっ?」


 柊稀はもう一度空を見上げる。茜色に染まりだした空。じっと見ていると、確かになにかが光っている。


 なにかが光を反射しているような光。それが急速に近づいてくる。


 否。近づいてくるのではない。


「女の子だ! 女の子が落ちてくる!」


 視界に捉えたそれは、驚くべきものであった。


 急速に落ちてくる少女に、二人は慌てた。このままでは受け止めきれず、地面に叩きつけられてしまう。


 どうにかして受け止めようと考えるが、朱華は攻撃魔法しか使えず、柊稀は魔法がまったく使えない。


 あたふたとする二人の前で、少女はふわりと浮かんだ。


「浮いてる……」


 白い光に包まれた少女。胸元まである長い髪は、見たこともない白。服は白のワンピースを着ている。


 目を閉じているため瞳は見えないが、普通でないことだけは間違いない。


「柊稀、受け止めたら」


 まるで、受け止めてもらうのを待っているように浮いている。


「あ、あぁ…」


 そっと身体の下へ腕を伸ばすと、少女は重みを感じなかった。とても軽く、羽根のようだと思ったほどに。


 受け止めると同時に光は消え、睫毛が微かに揺れた。少しの間を置き、少女の瞼はゆっくりと持ち上がっていく。


 吸い込まれるような金色の瞳。瞳を見た瞬間、柊稀の中でなにかが動いた。


 失われた記憶を思いだそうとしたのだ。どこかで見たことがあるような、そんな気がして。


 そんなはずはない。金色の瞳などみれば忘れるわけがない。それほど珍しいものなのだ。


 瞳が強く輝く。


「見つけた……我が力を扱う者……新たなる……炎の使い手……」


 少女らしからぬ声が漏れた。威厳のある、少し低い声だ。


「えっ……」


 どういう意味かと問いかけようとしたが、少女は気を失ってしまった。


 この少女は何者なのか。言葉の意味はなんなのか。不思議そうに見ていた柊稀は、後ろで複雑な表情を浮かべる朱華に気付かなかった。


「柊稀……」


 もしもこの世に運命の歯車があるのだとしたら、間違いなく、今この瞬間に廻りだしたのだろう。


 謎の少女が廻したのだ。二人の歯車を――――。


「朱華、この子どうしようか?」


 腕の中で気を失う少女を見て、困惑したように朱華を見る柊稀。空から降ってくるなど、どう考えても普通ではない。


 普通の迷子なら街で親御を捜せばいいが、この少女はどうしたらいいのだろうか。


「朱華?」


「あ、ごめん。そうだねぇ、とりあえず帰る?」


「そうだね」


 ぼんやりとしていたことが気になったが、茜色の空が暗闇に変わる前に急いで帰った方がいいだろう。


 柊稀は少女を抱えたまま馬獣に乗る。賢い相棒で、重い荷物を乗せているにも関わらず、乗りやすいように屈んでくれた。


「村まで頼むよ」


 優しく撫でれば、馬獣は応えるように一鳴き。軽く脇腹を蹴り、村へと急いだ。


「魔獣がでなきゃいいけどな」


「出たら、私が全部やるから大丈夫!」


 だから、それが複雑なのだとは言えない。弱い自分がいけないのだから。





 暗闇の中、黒いローブを着た者が村を見ていた。森の中からひっそりと。


「あれがそうなのか」


 問いかける声は男の者。


「おそらく」


 それに対し、答えるのは女性だ。


「試してみる必要はあるな」


「あれが本当にそうなのか」


「いいな」


 確認するように女性を見るローブの集団。問いかけられた女性は、承諾するように頷いた。


「もし、そうなら……」


「あのお方も喜ぶというもの」


 笑みを浮かべ、獲物を見るように村を見る集団に背を向け、女性も笑みを浮かべる。


(失敗したときの手は、先に打っとくべきね)


 相手を考えれば失敗の可能性が高い。それでいいのだ。


 彼らは見極めるための捨て駒でしかない。見極めたあとが問題なのだ。どうやって手に入れるか。


(あれがここに現れたのは、好都合だったわね)


 ここには強者の仲間がいるのだから。薄く笑いながら、女性は森を去っていった。






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