天より降る少女2
家の中に戻った柊稀は、かごを置くと二階の自室へ向かう。ベッドの脇に立て掛けてある剣を取りに来たのだ。
村の外には魔獣がいる。どんなに近くであろうと、出かけるときには武器が必要だ。
『我が家に代々受け継がれている剣だ。これを柊稀に渡そう。大切にするのだぞ』
剣を手にすると、いつも思いだすのは父親の言葉。この剣を渡された翌日、父親は死んだのだ。
「父さん…」
剣を抱え小さく呟かれた声。
なぜだかわからないが、翌日の記憶がほとんどない。どうして父親が死んだのか、それすらわからないのだ。
ただ、災害が起きたとだけ村には伝わっている。父親は災害で死んだ。村人の判断はそれだけ。
実際、災害により死者は出ている。逃げ遅れた村人が、倒壊した家の下敷きになったりしていたのだ。
「柊稀ー! まだー!?」
自分を呼ぶ声に柊稀はハッと我に返り、剣を腰へ差す。
「今行く!」
待たせてしまったと気付くなり、急いで玄関へ向かった。
玄関から外に出ると、朱華は頬を膨らませ、腰に手を当てて待っていた。
「遅い!」
「ごめんごめん」
さすがに自分が悪かった自覚はある。どれぐらい待たせたのかはわからないが、少なくともかごを置いて剣を取りにいく時間ではなかっただろう。
「いいけど。剣取りに行く度にそれじゃね。丸腰でいいよ。私強いもん」
「あ、あはは……」
事実なだけに、なにも言えない。
柊稀は実力的に決して強くはない。火竜族で毎年行われる大会でも、決勝までいけたことは一度もないのだ。常に本選とまりで、中途半端だなと思っていた。
それに対し朱華は剣術、魔法ともに強く、大会では上位入賞の常連である。見た目はやんちゃな女性だが、大会となれば別人なほど鋭い目付きをする。
「さっ、行こう!」
男としては、好きな女の子より弱いことが恥ずかしい。いつか強くなりたい。
強くなるまでは朱華の隣に立てないと思っているのだ。その反面、力はいらないとも思っていた。
馬獣と呼ばれる、馬より速く走る獣族に乗り、二人は北にあるシフィストへ向かう。
シフィスト――旅人の街と呼ばれるここは、西の大地エルゼート フェラード地方でも一番の賑わいだ。
旅人が集まるため情報もたくさん集まるが、なによりも集まるのが各地の名産である。時折、掘り出し物もあることから、多くの人が集まっていた。
それを目当てにフェラード地方の各地に住む竜族が集まるから、また賑やかなのだ。
「さぁて、買うぞ!」
「ほどほどにしてよ」
「うんうん。大丈夫大丈夫」
上機嫌で商店街を歩く朱華に、ため息をつく柊稀。
(絶対に、わかってない)
毎回のこととはいえ、わかっていても言わずにはいられない。それほど荷物を持たされるのだ。
これも鍛練だと言いながら。次から次へと店を回り。
(なにを買ってるんだか)
口には出さずにぼやき、柊稀は後を追う。
店を見ても、心動かされるものはない。特に欲しいものがないからだが、これといって好きなものもないのだ。
振り返ってみれば、趣味というものがない。服装にもこだわりがない。だから、買い物に付き合っても楽しめないのだ。
「見て見て! これ可愛いー!
「霜月?」
「また? 霜月はね」
霜月とは、ナタールの街に本店を構える洋服店。女性の間で人気のある店で、各地に支店まであるほど世界に広がっている。
何度目の説明だかわからない。きっと、また説明するのだろう。そんなことを考えながら、朱華はため息をつく。
「なんで、柊稀モテるの?」
「モテてないし」
モテていることにも気付かない。女心も理解していない。周りに興味すらない。
けれど、そんな彼が好き。彼を好きな女性の一人なのだ。
(私も、バカよねぇ。こんなのが好きなんて)
気付かれないようにチラッと見上げて苦笑いを浮かべた。
柊稀からの可愛いという一言は期待せず、洋服を選ぶ朱華。それを見て柊稀も暇を潰すように店内を見る。
しかし、女性だらけで居心地が悪い。どうやらジロジロと見られているようだ。
「外出てていい?」
「えー! ……まぁ、いいか」
他の客がジロジロ見ているのに気付き、シッシッと手を振る。
彼女の中で、柊稀は自分のものという気持ちがあるのだ。他の女性に見られているのは、気分がよくない。
本人は無自覚だが、彼は間違いなく顔立ちがよい。背丈もほどよくあり、流行りに踊らされない服装も好感だ。
どこへ行っても必ず目を引く。鈍感だから、視線の意味には気付いていないが。
それが救いと言えば救いであった。気付かないからこそ、朱華だけをみていてくれるのだ。
(でも……)
店を出ていく背中を見ながら、朱華の表情は翳った。これもいつか終わりがやってくる。それは、遠くない日だと朱華は知っていた。
外へ出れば、ふぅと一息つく。居心地の悪さから解放され、ホッとしたのだ。
(どうせ長くなるよなぁ)
いつものことなだけに、すぐにでてこないこともわかっている。それなりの時間はかかるだろう。
少しふらついても問題ないか。出店が出ているのを見て、そちらへ歩いていく。
いくつかの店を見ていると、少しだけ惹かれる物があった。蒼い雫の形をしたピアスだ。キラキラと陽の光を反射しているそれは、なぜか柊稀の心を捉えて離さない。
物に惹かれるなんて初めてで、少し戸惑う。さらに、なぜ惹かれたのか考えまた戸惑う。
「柊稀ー! 次行くよー!」
「あ、うん」
慌てて出店から離れると、当たり前のように渡される荷物。またこんなに買ったのかと呆れつつ、次の店へ。
それを数回繰り返し、ようやく帰路へつく。重い荷物を乗せなきゃいけない相棒へ、労るように身体を撫でる。
毎回文句も言わず、暴れることもなく重い荷物を乗せてくれるのだから、いい子だと思う。
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