天より降る少女

 澄んだ青空の下、一人の青年は毎日の日課をこなす。陽の光は火竜族独特である鮮やかな緋色の髪を照らし、茶色の瞳が眩しげに空を見上げた。


 短く切り揃えられた髪がそよ風で微かに揺れると、青年は持っていたかごを置く。


「悪いね、柊稀しゅうき


「気にしないでよ、母さん。それより、足は痛む?」


 柊稀と呼ばれた青年は、笑いながら洗濯物を干しだす。


「大丈夫だよ。あんたの手当てがよかったのかね」


「大袈裟なんだから」


 母親が足を痛めたのは三日前。買い物の帰りだった。それ以降、柊稀は家事を手伝っている。


「ふぅ。あとは、なにかやることある?」


「柊稀ー!」


 洗濯物をすべて干し終えて母親に声をかけるのと、女性の声が聞こえてきたのが同時。


 走ってくる足音が響く。母親は足音を聞きながら微かに笑った。誰が来たのかわかっているからだ。


「大丈夫よ。朱華ちゃんに付き合ってあげなさい」


 母親に言われれば、柊稀はちょっと困ったような、照れたような、曖昧な反応を見せる。


 朱華とは柊稀の幼馴染みであり、片想いの相手。小さな村ではかなり有名なことだ。


 本人が気付いているかはわからないが、見ている側ならすぐにわかる。柊稀はわかりやすいぐらい態度に出ていたから。


 微笑ましいものでも見るかのように、村人は見守っていた。


「柊稀ー! あっ、おばさんこんにちは!」


「こんにちは。今日も元気ね」


 緋色の髪を肩で切り揃えた女性が庭へ駆け込んでくる。柊稀だけではないことに気付くと、にっこりと笑いながら挨拶。


「見て見て! 髪を切ったの!」


 すぐさま柊稀を見ると、くるっと回ってみせる女性は、前日まで髪が腰付近まであった。うっとおしいと剣術をしながら呟いていたほど、長かったのだ。


「けど、みんなが伸ばしてるから私も伸ばす! て言ったのは朱華だろ」


「そうだけど、邪魔だったんだもん」


 ぷくっと頬を膨らませ、唇を尖らせる朱華。


 今、村の女性達の中では、髪を伸ばすのが流行っている。長い髪にロングスカート。お淑やかに見せるのが流行りらしい。


 柊稀には理解できなかった。お淑やかに見せて、一体なにがいいのかが。


 髪を伸ばしロングスカートにしても、朱華はまったく変わらなかった。いつも通りやんちゃに走り回るから、余計わからない。


 見た目だけ変えたところで、彼女の本質はなにも変わらないのだ。


「で、なんにもないの?」


「なにが?」


「だ・か・ら! 髪切ったの!」


「うん。それで?」


 本気で不思議がる青年を前に、朱華は絶句する。これで村ではモテるから腹が立つ、とは朱華が友人に愚痴る言葉。


「おばさん!」


 泣きつくように見れば、柊稀の母親は笑っている。


「笑いごとじゃないよ!」


「ごめんなさいね。あまりにも鈍感で」


「鈍感すぎるよ!」


 髪が短い方が朱華らしい。そう言われたから彼女は髪を切ったのに、言った本人がこれである。


 八つ当たりするように殴れば、柊稀はただただ困惑するばかりだった。


 なぜ怒っているのかまったくわかっていないのだ。彼女はなにに怒っているのか、真剣に考えたほどに、柊稀は理解していない。


 苛々しながらも、そんな姿は柊稀らしいから、なぜだか許せてしまう。朱華は一度ため息をつくと、気分を切り替えた。


 今日はこんなことしている場合ではない。近くの街で買い物へ行く予定なのだ。急がなければ今日中に帰ってこられない。


 さすがに泊まりで行くことは、両親が許さなかった。もう子供ではないと言いたいが、こればかりは仕方ないことだとも思っている。


「行くよ! シフィストに行く約束でしょ!」


「はいはい」


(荷物持ちがほしいだけだろ。いつもなんだからなぁ)


 買い物へ行くと言うときは、大体荷物持ちを求めているとき。それだけの量を買うのだ。


 女の子はどうしてそんなに買い物をするのか。とは、柊稀のように荷物持ちに駆り出される村人の言葉である。


 柊稀自身も同意したいところだが、言うと朱華が怒るので言わない。わざわざ。自分から怒らせる必要はないだろう。


 やれやれと内心呟きながら、柊稀は家の中へ戻っていく。


「これ置いてくるから、待ってて」


「はーい!」


 にこやかに手を振る朱華に、母親は笑みを浮かべながら見ていた。






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