2章 忍び寄る不穏
目覚ましアラームが鳴る前に起きることができたのは、いつぶりだろうか。
カムジェッタ・ホテルは非常に格式高いホテルだし、スタッフとしての成長を感じることができる場だったので非常にスキルアップはできた、と思う。
しかし、あのホテルで勤務している間は1秒たりとも気を抜くことが許されなかったため、毎日行くのが憂鬱で堪らず。
そんな心境だったせいか、カムジェッタ・ホテルに出向している間は目覚ましアラームが鳴ってもすぐ布団から抜け出すことができず、グズグズしていた。
「よっし、今日からクローバー・ホテルに戻れる!」
私はそう1人で呟き、自室のカーテンを開けた。
なんて清々しい朝だろう。
朝陽が、私のクローバー・ホテル復帰を祝福してくれているように感じる。
カムジェッタ・ホテル勤務の最終日――昨日――は、かなり色んなハプニングがあったものの、無事乗り切れて……本当に良かった。
……ちなみに、焼き肉はひとつ残らず母と叔父夫婦が平らげていた。
昨日の出来事を振り返りながら、手早くクローバー・ホテルの制服を通勤バッグに詰め込む。
と、ダリオさんにもらった携帯番号が書かれたメモがヒラリと落ちた。
(……バイトが終わったら、ダリオさんの事情聴取か……)
思わず引き攣った笑みを浮かべてしまう。
……ちょっと、まずいかもしれない。
実は私、男たちの顔も会話も思い出せていないのだ。
ダリオさんに事細かに証言しようと思って、眠りにつくまでずーっと思い返していたものの……ぼんやりとしたイメージしか浮かばない。
もちろん、男性二人がヴァンリーブ語で喋っていた会話は記憶している。
こちらへ向けられた銃口、彼らの背格好やサングラスとシルクハットも問題なく覚えていた。
しかし、犯人の顔下半分や耳慣れない言語が――どうしても思い出すことができない。
(サングラスをしてると、あんなに顔の印象が薄れるものなんだな……)
人間の顔の印象は目や鼻、そして口や輪郭、そしてヘアスタイルで決まる。
私が見た怪しい男二人は、口元しか露出していなかった。
……輪郭は上手い具合にシルクハットの陰影に隠れていたし。
こんなことを言ったら、ダリオさんにブチ切れられるんじゃなかろうかという不安が頭をもたげる。
ダリオさんはあの男たちを逮捕したがっているようだった。
だからこそ、生半可な証言では許されなさそうな気がする。
(ま、考えてても、埒が明かないから……そのまま素直に証言しよう)
あーだこーだ考えたわりには適当な結論に行き当たり、私は考えることを放棄し、クローバー・ホテルへ行くための身支度を進めることにした。
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「ふんふーん……♪ いってきまー……」
クローバー・ホテルへ戻れる嬉しさを胸に、鼻唄混じりに玄関のドアを開けた私は、見慣れているはずの自宅前に停まっている一台の高級車が目に入った瞬間――半笑いのまま固まった。
……見間違いだろうか。
目を擦ってみる。
…………どうやら見間違いではないようだ。
ビシッとスーツを着込んだサングラス。それらがトレードマークの屈強な男たちは、肩で風を切りながら歩いてくる。
彼らは私の目の前で立ち止まると、いきなり手首をガシッと掴んできた。
「え!?」
サングラスの集団は、素っ頓狂な声を上げる私に構うことなく――私を車の中へ引きずり込んだ。
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「ちょっと、おろして下さい!」
「これは誘拐ですよ!?」
「何をしているかわかっているんですか!?」
怒鳴りつけるように非難の声を上げるものの、サングラスをかけた男たちは全く動じる素振りを見せない。
何を言っても無駄なようだ。
(どうしよう……どうしよう……っ)
次の瞬間にはサングラスの男たちが懐から拳銃を取り出し、私を撃ち殺すんじゃないかと思ってしまって泣きそうになる。
そんな中、ぎゅっと抱きしめていたバッグの中にある携帯電話が視界に入った。
――これ、オレの番号だから登録しとけ。
私の携帯電話には、ダリオさんの番号が入っている。
一か八かだ。
私は男たちに気づかれないよう、バッグに手を突っ込み携帯電話を操作してダリオさんへコールを鳴らすと、そのまま通話状態にして放置する。
彼が本当に有能な警察であれば、今の私の状況を察してくれるはず。
――そう思った、が。
「……何をしている」
その見切りの早業たるや、十秒にも満たなかった。
男は私のバッグから携帯電話を奪うと、すぐさま電源を落とす。
万事休す。
(終わった)
私は脱力した。
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私を乗せた高級車が辿り着いた先は、なんとカムジェッタ・ホテルだった。
「降りろ」
そう言って、サングラスの男たちは乱暴に背中を押してくる。
まるで罪を犯した人のような扱いだ。
しかし、文句を言う気力も残っていない。
ライフゲージがあるなら、今の私はゼロに近しいと思う。もう、瀕死状態。
そんな状態で言い返せるほどの威勢の良さは持ち合わせていない。
私はドアの出っ張りにつんのめりそうになりながらも男たちの指示どおり、高級車を降りた。
「……どうして、ここに……」
思わず呟いてみたものの、答えは返ってこない。
私は何がなんだかわからないまま、男たちに背中をグイグイ押されながらカムジェッタ・ホテルのロビーへ足を踏み出した。
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連れて行かれたのはスウィートルームだった。
「失礼致します」
大きな声でそう言って、サングラス集団はわらわらと部屋へ入っていく。
もちろん私も、後ろから押されるようにして部屋へなだれ込んだ。
これから自分はどうなるのだろうか、という不安・困惑・恐怖を抱えて俯く私。
そんな私を嘲笑うかのような声が聞こえた。
「キミが、『倉間マドカ』さん?」
開口一番、カムジェッタ・ホテルのスイートルームで待ち構えていた男性はそう言い放った。
ものすごく軽い口調で、男性は私に訊ねてくる。
答える義理はない。
しかし、答えないと傍にいるサングラスの男たちにどつかれそうだ。
そう思った私は、渋々首肯して声の主を見据え――顎が外れそうになった。
(ば、ば、ば、ば!)
バーンハード王子だ!
昨日、パーティー会場のスピーチの際に姿を見たばかりだから、忘れようもない。
ヴァンリーブ王国のバーンハード王子が、ふかふかなソファに腰掛け、足を組んで私を見つめている。
同じヴァンリーブ人でありつつ、ダリオさんとは似ても似つかぬ物腰・容姿・雰囲気を持っている男性。
ヴァンリーブ人は総じて長身だが、ダリオさん同様に彼も高い部類に入るだろう。
バーンハード王子の横には、ヴァンリーブ警察の男性たちがずらりと控えていた。
「――ちっ」
警官の一人が大きな舌打ちをした。彼は何やら携帯を必死にいじっている。
(あれは…………っ)
バーンハード王子と同じく、その顔には見覚えがあった。
昨夜、私を救ってくれた男性だ。
男性は私の視線に気付いたのか、こちらを見る。
彼は私を見て
そんな私と命の恩人のアイコンタクトに気づいている様子もないバーンハード王子は、ニコニコした顔をして訊ねてくる。
「ねえ、昨日は何をたくらんでたの?」
「え?」
「……君、本当は彼らの仲間なんじゃない? 武器や薬物の取引価格で揉めて発砲騒ぎ……そうじゃないの?」
「ちが――」
「違うって言うならどうして……あんなに人がたくさんいたホテル前で、君をヤツらは選んだんだろうね」
バーンハード王子は言葉を切ると、笑みを深くした。
「――王室失脚を目論む指名手配犯たちは」
ダリオさんには聞かされていなかった事実を突き付けられた私は、息を呑んだ。
「し、指名手配犯?」
「覚えてないとは言わせないよ。その指名手配犯たちに殺されそうになっている君を、ノアが助けたらしいじゃないか……ねえ、ノア……って、あれ?」
「任務が入ったとのことで抜けました」
「あ・そう。まあいいや。ともかく、君は自分の命を繋ぐために芝居を打って、被害者であるように思わせた、ということだろ。いいよね、女の子はそういう姑息な手を使えるから」
坦々と言うバーンハードさんの目は
「そんなこと……ありません。……あるわけがないではありませんか」
しかし、バーンハードさんの推理は止まらない。
彼の話をまとめると、こうだ。
私はヴァンリーブ王室の失脚を目論む組織と接触し、武器や薬物を斡旋していた。
しかし、武器・薬物の取引価格に不満を持ち、口論となり発砲騒ぎに発展した……。
んなわけあるか!
「違います!」
「そう? 捕らえた男も、君は仲間だったと証言しているのに、まだシラを切るつもりなんだ。余計に罪が重くなるだけだよ」
バーンハード王子は足を組み直し、頬杖をついてこちらをじっと見つめてくる。
「だから、違うと言っているではないですか!」
私の声は王子に届かない。
彼は勝手に何やら話を進めようとしている。
どうやって輸送するか。どこに収監するか。
……そんなことを、早口にヴァンリーブ語で警察官たちと喋っている。
確実にまずい――……。
もうこの状況を打破することはできないのか、と絶望しつつも何とか足掻くために必死に「違います」「誤解です」と言い募ってみる。しかし、聞き入れてもらえる気配は微塵もない。
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……何時間、こうして拘束されているだろうか。
別に手錠をかけられているわけでもイスに縛り付けられているわけでもない。
しかし、ここから出してもらうことはできない。軟禁状態である。
部屋の一角にあるトイレには行かせてもらえているものの、常にトイレの前にはSPが控えていた。
もしもトイレに窓があったら、そこから何とか脱出しようと試みるかもしれないくらい、私の精神状態は緊迫していた。
「自白したらここから出してあげる」
甘い言葉。
しかし、自白するということは、ヴァンリーブ王室を排斥しようとしているというテロリスト組織と繋がっていることを認めるということ。
認めた時点で、確実に私の人生は詰む。
即刻ヴァンリーブ王国へ引きずられていき、有罪判決を受けて牢に入れられる未来しかない。
だから絶対、認めるわけにはいかなかった。
グッと顎を引き、バーンハード王子を睨み上げる。王子は面白いものでも見るかのようにじっとこちらを見ている。
刹那、ガチャガチャと入り口のドアが激しく音を立てた。
……と思ったら、誰かが中へ飛び込んできた。
「バーンハード!」
「ダ……ダリオさん……?」
ダリオさんはツカツカと部屋に入ってくるなり、バーンハード王子の胸ぐらを掴み上げた。
彼の行動に呼応し、王子の周りを固めていた男性たちがダリオさんの制止を試みる。
「ドゥーガルド警部、王子にそのような――」
「ああ? このオレに指図するとは、良い度胸だな。どこの所属だ。言え」
「じ、自分は――その――」
「先に言っておくが、王子だろうと誰だろうと……オレの邪魔するヤツは容赦しないぜ?」
私の精神が壊れ、妄想でも見始めたかと思ったが、どうやらダリオさんが目の前にいるのは現実らしい。
ダリオさんは私の周りを威圧的に取り囲んでいる男たちを引きはがしながら、絨毯の上に座り込んでいる私の腕を取った。
「いきなり電話してきたと思ったら、すぐ切りやがって――――オイ、平気か?」
「どうして……」
「万が一のことを考えて、オマエが昨日持ってた財布やら腕時計やらバッグやらにGPSチップを仕込んでた。それを使ったのと――ノアに……」
「な…………っ!? ストーカー!」
「あ!? てめぇ……っ」
助けてくれたのはありがたいが、GPSチップをつけられていたなんて……ショック過ぎる。
『…………まあ、いい。それが普通のリアクションだろうし……』
軽く咳払いし、ダリオさんはヴァンリーブ語でそう呟くと、バーンハード王子と私の間に仁王立ちした。
「よくも勝手な指示を出してくれたな、バーンハード。倉間マドカへの取り調べは、必要最低限に済ませるつもりだった。なのにオマエと来たら……」
「心外だ。私は君のためを思って先に手を打ってあげようと――」
「これは王族が手を出すことじゃねえ! すっこんでろ!」
「!」
ダリオさんはバーンハード王子の方を向いているため、表情を窺い知ることはできない。
しかし、彼の声だけでもその気迫に呑まれてしまいそうだった。
バーンハード王子も、その場にいる警察官やSPらしきサングラスの男性たちもタジタジな表情をしていた。
「……そうは言っても、私は君より遥かに身分が高い。よって、君よりも私の命令が優先されるのは当然のこと」
バーンハード王子は、私に向かって心底冷え切った視線を送ってくる。
「倉間マドカは、ヴァンリーブ王国にとっての敵だと私は思っている。100%ではないが、怪しいことこの上ない」
「政治に王族が絡むのはわかるけどな、警察の案件に絡んでくるんじゃねーよ」
「そうは言っても」
「司法・警察は政治や王族などの機関と一定の距離を保つものとする、って法律でも決まってんだろうが」
「だが、国の最高権力者は国王――ないし、その後継者である私だろう? ダリオ、君はカムジェッタに、ヴァンリーブ警察のトップ代理として来ているかもしれない。でも、代理は代理でしかない。ここでは私の意見が尊重されるはず」
ふん、とダリオさんは鼻を鳴らしてこちらを振り向くと、不安を隠しきれず泣きそうになっている私のおでこにデコピンをした。
「あいたっ」
「心配すんな。昨日言っただろ。オマエを取り調べるのはオレだ」
その顔は自信に充ち満ちている。
ダリオさんはバーンハード王子に向き直ると、
「ほらよ」
彼は懐に手を突っ込むと一枚の用紙をバーンハード王子の前に投げた。
ここからでは内容を読み取ることはできないが、それを拾った警察官の一人の表情が一変する。
用紙を拾った警察官はダリオさんの隣へ来ると敬礼した。
「ドゥーガルド様、大変申し訳ございませんでした」
「警察組織上層部からのご命令とあらば、わたくしはバーンハード様ではなく、ドゥーガルド様のご意思に従います!」
ニヤリとダリオさんの口角が上がる。
「……どういうことだ……?」
いぶかしげに眉を潜めながら、バーンハード王子は手のひら返した警察官へ問いかけた。
「はっ。こちらのヴァンリーブ警察公式文書には、『ヴァンリーブ王国警察機関上層部の意向として、今回の事件に関しては全ての権限をダリオ・ドゥーガルド警部に一任する』という旨の記述がなされております」
「公式な命令が上層部から下っているのであれば、王国内で独立した機関である警察組織に身を置く者として、その命に従うのが筋だと思われます!」
……長ったらしいが、要は警察の上層部から『倉間マドカが巻き込まれた事件はダリオ・ドゥーガルド警部に一任するよ~』という主旨の言葉が書かれた書面だということだ。
ヴァンリーブ王国に限らず、ほとんどの国は警察を他の機関に左右されることがない独立機関として置いている。
それは王室に対しても例外ではない。王室の者がいくら命令したところで、正式に警察のトップが命令を出したらその命令が絶対となるのだ。
「簡易版ではあるけどな。明日には正式な文書が王子の元にも届くはずだ」
「…………」
「ということで、コイツへの聞き取りもオレがおこなう。なんか文句あるか? ないな」
ダリオさんは自信満々に胸を張った。
私はハラハラした表情で彼とバーンハード王子を交互に見る。
バーンハード王子は一国の王子だ。そんな彼に対してタメ口で……しかも、こんな偉そうにする警察官なんて、許されるものなのか。
私以外の人は気にしている素振りもないことから――これが日常茶飯事のことなのかもしれないが。
「倉間マドカには引き続き、カムジェッタ国にいてもらう」
「しかし……聞き取りにしても何にしても、ヴァンリーブ王国へ連行した方がスムーズに――」
「口挟むなって言っただろ」
冷たく切り捨てるダリオさんに対し、バーンハード王子は肩を竦めて渋々納得したのか首肯する。
「――そうは言っても、ダリオ、君の判断は正しいとは言いがたい。わかっているだろう? ……聞いてる?」
「ハイハイ、聞いておりますよ」
言葉遣いは丁寧ではあるものの、ダリオさんの顔にはありありと不満が浮かんでいる。
はあ、とバーンハード王子はこれ見よがしに深い溜め息を吐いた。
「私は君の心配をしているんだ。せっかく上からも期待されて、今回警察代表でこの国に来たというのに。――これで捜査方法に不手際があって犯人を取り逃がしたという話が出回ったら――」
「…………」
明らかに不満げな顔をして、ダリオさんはバーンハード王子の言葉を聞いていた。
クドクド説教はまだ続く。
「というか……あり得ないよ、普通に考えて。重要参考人をおいそれ家に帰すヴァンリーブ警察官がどこにいる? もしかしたらアイツらの仲間かもしれない人間をそのまま家に帰すなんて……バカにも程がある」
「いきなり『家に帰るな』なんて言われたら、発狂モノだぞ。フツー」
ダリオさんはボソリと毒づいた。
その言葉を拾った私は、思わず自分の耳を疑った。
要するに、ダリオさんは私の心を案じてくれてたということなのか。
少しだけダリオさんに対する見方を改めようかな、と思っていたところ、バーンハード王子と視線が合ってしまった。
バーンハード王子は、ダリオさんが来る前とは別人のように優しげな口調で私に問いかけてくる。
「倉間マドカさん。私はヴァンリーブ王国の王子として、君を疑わないわけにはいかない。どんな疑惑の芽でもしらみつぶしに疑っていく必要がある」
「……はい」
(そりゃもう、言われなくてもビシバシ伝わってきましたよ)
そう思ったが、口には出さなかった。
バーンハード王子には緩い雰囲気が全くない。
隙がない、とでも言おうか。
ダリオさんに軽口を叩くような感じで接したらヤバイ、と本能が軽口を叩くのをストップする。
いや、王子に対して無礼な口を聞くことなんてできないんだけれど。
……というか、ダリオさんに対しても本当は軽口なんて叩いてはダメなんだろうけど。まあ、そこはご愛嬌ということでサラッと考えないようにしておく。
そんなことを私が考えていることなんて、絶対気づいていないだろうバーンハード王子は、顎に手をやって唸った。
「それにしても、どうしてうちの国の組織がカムジェッタで取引を――」
「おおかた、カムジェッタは平和だからだろ。やりやすいぜ、この国。めっちゃ警備も緩いし、職務怠慢警官なんて数え切れないほどいるし。偽造パスポートでも役人の目をかいくぐることなんて簡単だろうな」
ダリオさんは、バーンハード王子の疑問に対して素気なく答えた。
そうか、とバーンハード王子は難しい表情を形成し、再度私へ視線を注いだ。
「君には、彼らがどんな服装で、どんな話をしていたか――そして、どんな顔をしていたか……事細かく思い出して欲しいんだ。どんなわずかなことでも良い。指名手配組織を追い詰めるための材料が欲しい」
「そんなこと言われても……サングラスしてたし顔はわからなかったです……」
思い出せるのはシルクハットとサングラス。
そして――。
私はハッとあることを思い出した。
「……変声機」
私の一言に、ダリオさんの肩がぴくりと反応する。
それに構うことなく私は言葉を続けた。
「背が高い男性の声が、変声機みたいな変な感じの声質でした。ヘリウムガスを吸ったあとみたいな感じです」
「なるほど。他には?」
ボイスレコーダーで私の証言を録音しながら、バーンハード王子は神妙な面持ちでこちらの話に耳を傾けている。
「あとは……話してた内容はところどころしか……。最初に話しかけられた際、知らない言語を使ってましたし。そのあと、ヴァンリーブ語で喋っていたのは、私の処分をどうするか……とかでしたから、テロ行為なんかの情報とかは全然……」
言いつつ、昨日の恐怖がよみがえってきて背筋が冷たくなる。
「知らない言語か……もしかしたら、プルーシェ帝国とかかな。あそこの国は私達の国と敵対してるから」
苦笑気味で言うバーンハード王子に対し、私はきっぱりと首を横に振って否定する。
「いいえ、それは絶対にありません」
「……どうして、そう言い切れるんだ?」
王子の問いかけに、私はぐっと顎を引いて答える。
「私は主要国の言語は全てわかります。それ以外の言語でも、代表的なところであれば単語単語は拾えます」
「……へえ」
驚いたようにバーンハード王子は目を丸くした。
「それって、すごいことだよ。ダリオに爪の垢でも煎じて飲ませてやってくれないか
。こいつ、公用語のカムジェッタ語も怪しいことあるから……」
「今はそんなことより」
自分の話になるのが嫌だったのか、ダリオさんは強引に話を元に戻す。
「その言語、もう一度聞いたら当てることは可能か?」
「正直、絶対当てる自信はありません。でも、単語だけでも拾えたら――」
単語。
単語……?
ふと、脳裏に小太りの男が言っていたフレーズがぼやっと浮かんだ。
……プ レ ヤ……
「他には?」
あぶくのように記憶の箱から出て来そうになっていた言葉。
それはバーンハード王子の先を急く言葉によって記憶の奥底へ消えていってしまった。
こんなに圧迫するような尋問をされては何も考えられない。
「もういいだろ。いい加減、コイツを解放しろ」
鶴の一声。
ダリオさんはそう言い放つと、バーンハード王子の言葉を待たずに私の手首を掴み、ずんずんと客室の出口へ向かって歩き出した。
「え、えっと……」
「ここからはオレが取り調べをおこなう。王子は他国との交流を深めることだけに専念しろ」
ダリオさんは偉そうにバーンハード王子に向かってそう言うと、その場から私を連れて抜け出した。
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