第49話 猫は気づけばそこにいる いつもあなたを見ている

 ネコ科だけに爪でひっかく性質でも引き継いでいるのか、猫人は刃物を人に向けるのが随分とお好きなようだ。


「……」


 ちらりとベルを見やると目が合っても頷くだけだった。

 いや俺もそのポジションがいいよ。意味ありげに頷くだけで存在感を示せる役得な立ち位置とかよくみつけたなこいつ。

 怒りに任せて軽い気持ちで喧嘩を買ってしまった自分も悪いが、、まさか相手が目の色を変えて刃物を振るうバーサーカーだとは思わない。同じ森に暮らす獣人族なのだから手合わせなどと言われたらスズ族の皆がやるようなじゃれ合う程度の組手かと思うじゃないか。多少の怪我は覚悟していたがあの段階で命まで脅かされるとは想像できるはずがない。

 相手は殺意満々で確殺する気なのにこちらは殺さないように手加減をしないといけない。どっちらが不利かなど語るまでもない。大体なんなのだあの大太刀は。この森のどこにそれを作り出せる施設があり、仕上げる技術者がいたのか。

 男も女も食べちゃう両刀だから二刀流です。股間の太刀も大きいですと言うなら、ネコだから受けですってオチまで見えてきた。無理矢理犯すと見せかけて犯させるとは中々にニッチな展開だ。縄で縛り付けて動きを封じ無理矢理勃起させるのだろうか。俺の愛棒はこんなガチムチなおっさんでは立たない。立つわけがない。しかしそれでは行為がなりたたないの。となるとやはり前立腺を刺激する方向へシフトチェンジされて――いや待て、太刀を振るうからタチという線も捨てきれないじゃないか。そうなると負けて殺されるか、負けを認めて犯されるかの二択問題になるわけか。百年戦争の様相を呈しはじめているキノコタケノコ論争が可愛く見えてくるハードな問いだ。


 巨大な太刀をどこに隠していたのかも気になる。俺の気づかぬ間にギャラリーの馬鹿どもが渡していたのか。どこかにあらかじめ隠してあったのか。ギャラリーがいる時点で、こうなることは想定されており俺とベルが待たされている間から計画されていたものなのだろう。

 他の武器も隠している可能性もあるので周囲に気を配らなくいてはいけない。こういうときにベルがサポートしてくれるものではないのか。どうせあいつを見ても頷くだけで何もしないのだろうな。


「……」

「……」


 駄目もとでベルを見るが、腕を組んで頷かれた。見守っているから存分に暴れてこい――そんな師匠目線の頷き方をしている。


 熱くなっていた頭を一旦冷やさなければ判断を誤り死に直結する危険がある。判断を鈍らせて下手をうつまえに深呼吸を。


「手負いの虎の恐ろしさを見せてやろう」


 ふざけるな。恐ろしさも何もお前は元々おっかなかっただろ。身長差と体重差を考えろ。見上げる相手との組手はそれだけで竦むのに、視界に入りきらない部分が何をしているのか分からず恐ろしいんだぞ。


「恐ろしさは十分伝わりましたので、どうでしょうこの辺で一旦終わりにしませんか」


 もうやめよう。争いは何も生まない。失うだけだ。喧嘩やホモセックスよりももっと生産的な争いがあります。それをお見せしますのでネネネを個室へ呼んでください。夜の争いというものを教示しましょう。これなら処女を失うだけで愛と子供が生まれるのです。とても生産的でしょ。

 シンシンさんへ届け、平和を願うこの想い。


「面白い! ここに至ってわしを倒して終わらせると申すか!」


 申していない。想い届かず。


「景虎シン陰流――」


 カゲ二回入れるんだ。


「影二太刀」


 先ほどまでのように隠密で間合いを詰めてくるかと思いきや、堂々と背筋を伸ばし真正面から歩み寄ってくる。自身に満ち溢れた笑みが恐怖心を煽る。何をしてくるのかさっぱり予測できない。

 何をされるにしても大太刀で斬られて無事でいられるはずもない。腕前のほどなど知らぬし剣の善し悪しもわからぬが、いくら身体強化を施しているとはいえあの剛腕で斬られれば良くて大怪我、悪くて即死だろう。シンシンさんは本気で俺を殺す気なのかもしれない。そもそも正気を失っているので気もなにもないのかもしれないが。


 力任せの大技がくると踏んでいたが、技名を名乗るだけあって技らしい技が繰り出される。二本の大太刀を別々の軌道で同時に振るわれ、一目見ただけでそれが器用などという言葉でまとめられる次元の技ではないと察する。

 二刀は見栄えこそよいが本来そこまで強くはないそうだ。かの二刀流で有名な剣豪も、強いから使っているわけじゃないというような文言を書き記している。剣道で二刀が主流になっていないのはまた別の要因が大きいがそれはまた別の話だ。

 しかしシンシンさんの動きはどうだ。体を動かせば重心も変化し右か左か上か下か前か後か、どれかに必ず寄ってしまうはず。だというのに体のあらゆる部位を連動させて片方の太刀を振るい、もう一方も腕の力だけで難なく振っている。どちらも致命の一撃になりうる脅威をはらんでいた。


 ものの規格が違う。体の作りが人族とは違いすぎるのだ……だからネネネの胸も規格が違うのか!?


「さぁさ! さぁさッ!」


 よくわらない気合のはいった掛け声に合わせて一本は上から袈裟斬りに、もう一本は横一文字に振るわれる。

 想定する動きはこうだ――先に届いた横薙ぎの大太刀を岩の魔術で外へ弾くように受けて懐へ入り込む。捌かれた際に生じた衝撃に僅かに族長のバランスが崩れる。重心がぶれて威力の落ちた袈裟斬りは、潜り込んだ体を活かしい腕の関節を肩で弾くように受けて大太刀を落とさせて回避。勢いそのままに腕を背負い反転。腰を使い族長を跳ねあげ、足りない力は魔力で強化した足のばねで補う。

 柔よく剛を制す。性欲、ネネネに持て余す。獣欲、ネネネ射精す。


 感覚が研ぎ澄まされゆったりと動いて見える。一足先に未来を想定している俺に隙はない。一足先に未来のネネネを好きにしておこう――というのが油断以外の何ものでもなかった。

 岩で弾く予定だった、袈裟斬りに振り下ろされるはずだった大太刀はシンシンさんの手にはなくなっていた。体格差のせいもあるのか腕の先までは視界に収め切れておらずいつの間にか消えているように見えた。

 遅れて背後から音。それが地面に何かが落ちた音だというのわかる。猫人の馬鹿どもがまたきたのか――そう思ったが現実的ではないと即座に可能性を排除する。横なぎの大太刀が迫る現状、いまさら振り向く暇などない。用途はわからぬが恐らく音の正体はもう一つの太刀なのだろう。

 シンシンさんの狙いは二刀の同時攻撃ではなかった。横なぎの太刀と同時に押すような前蹴りが俺の腹をとらえる。太刀は想定通り岩で弾けたが、懐に入ることはできない。蹴りをくらいながらもなんとか後ろへ振りむくと、柄が地面に埋まり切っ先をこちらに向けた太刀が植えられている。影二太刀とはそういう意味かと場もわきまえず暢気に感心した。


 つまりは俺を背中から突き刺して殺そうという算段なのだ。


 シンシンさんが渾身の蹴りを放っていれば彼の願った未来が叶っただろう。押すように突き飛ばしたのが明確な敗因であり、油断と余裕、優しさ、甘さ、甘えのいずれかだろう。

 魔術を攻撃として使わない理由はひとを無暗に殺したくないからである。たとえ自分を殺しに来た相手であってもだ。だが太刀に向けて撃つことに躊躇はない。魔力を目いっぱい集めて出鱈目に練り上げ、手もかざすこともなく何もない空間から岩の拳が放たれる。太刀をその場から消し飛ばし岩の拳は目的を果たしたので即座に消す。


 地面に転がり見上げるとシンシンさんは青ざめる――どころか口角を上げて不気味に笑っている。


 付き合いきれない相手だ。付き合いたくない相手だ。


「今後ろに放った魔術を前に撃っていたらどうなったと思いますか」

「くっくっく、わしが死んでいたろうな!!」


 腕を下げて太刀を落とすシンシンさん。

 まだ油断はしない。ボスというのは二段、三段階の変身をのこしているものだ。次の変身をするかもしれないから俺は絶対に油断だけはしない。

 変身はなくとも奥の手ぐらいは用意しているかもしれない。龍と虎の乱舞とかぶっ放してくるかもしれない。 出だしに無敵時間があるから飛び道具はすり抜けるとか意味不明な理屈で魔術も効かないんだ。もし本当にそんな技があるなら唾を飛ばして当たらないかどうか試してやろう。

 そういえば格ゲーのキャラってセックス中に無敵技を使ったら一瞬無敵になったりするのだろうか。無敵時間を利用すれば中出しを回避とかできるのでは。いや、挿入される瞬間にガードキャンセルなどの防御システムを発動すればそもそも犯されることもない。入れようとしたらチンポを弾かれた男の惨めな気持ちはあまり想像したくないな。


「だーっはっはっはっはっは!」


 ねぇ、この人なんで笑っているの?

 怖い。いい加減助けてベル。


「……」

「……」


 ベルと目が合うとまた軽く頷いている。もうよくわからないので俺も力強く頷き返しておくことにした。


「参った参った! 降参だ! わしの負けじゃ完敗じゃあ! これ最良の日だー!」

「あれ? え? いいんですか?」

「よいよいよよいのよい!」


 じゃあネネネのあらゆる初めてを貰うからな。こちらは俺が命をかけてベルは処女をかけ、そちらはネネネの体をかける。そういう約束で始まった戦いだったよな?

 空を見上げて笑っていたシンシンさんが突然こちらを向く。


「フッ――」


 族長の口から何かが射出される。なんだか分からないがおっさんの口に入っていたものなんて間違いなく汚ない。触れる前に風の魔術で弾き飛ばすとそれは小さな針だった。


「案の定だ。やっぱり隠していやがりましたね」 


 魔力で眼を強化し続けていなければ当たっていた。おっさんの唾液が体内に侵入するところだった。

 食えないおっさんである。軽く殺意がたぎってきてしまい言葉遣いが乱暴になりそうだ。


「そうかそうか……くっくっく! これも効かんかぁ!」


 実直そうな態度と最後の敗北宣言は猫被りというわけだ。


「まだあるなら先に出しておいてくださいね」

「だーーっはっはっはっは! ないない、お手上げだ! この通りだ!」


 まだ何かするなら、お前が騙して驚かせた回数分だけネネネの子宮を驚かせてやるからな。


「負けだ! 大負けっ! これ以上ない清々しいほどの完敗だ!」

「いえ、僕の負けです。素手でやると言っておきながら結局は魔術と魔力に頼りっぱなしでした」

「そうか? ならわしの勝ちということで貴様はわしの物だな!」

「いえ、やっぱり僕の勝ちで終わらせましょう。誰が見ても納得できる勝利を演出するため完膚なきまでに叩きのめしますからちょっとそこになおってください」

「だーっはっはっはっは! どこまでも面白い坊主だ!」


 坊主はお前だ。


「では引き分けということにしましょうか」

「ならん」


 虎柄坊主が真面目な顔になる。

 こういう上司いたわ。飲みの席でみんな楽しく笑っていて、自分も途中まで大笑いしていたのに酒のせいなのかいきなり真顔になってガチ目の説教を始める空気の読めない人。それやられると周りの人も笑ってはいられず静かにしないといけないからやめてほしかった。


「わしの負けは揺るがない。わしの心が負けを認めてしまったのだ。素手では分が悪いと踏んで暗器を使った。最後は暗殺術まで使ったがこの様よ。魔術を本気で使われていたらわしは何度死んでいたことか。こんな状況で勝ちも引き分けもないわ」


 早漏の彼氏に「早いほうが戦国時代の武士は褒められたらしいから!」とか言っても慰めにはならないように、情けをかけたせいで相手に恥をかかせる場面というものがある。


「ユノ様、ここは素直に勝ちをいただきましょう」


 ベルがいつの間にか横にいた。

 お前もっと早くにこいよ。なんで勝ちを確信してからくるんだよ。


「まあそれでいいなら……いや、それがいいからそうしようか」


 むくりとシンシンさんが立ち上がる。


「これより我ら猫人族は伝承にならいユノ様の下につく! みな誓いを立てよ!」


 一斉に黒装束達が頭巾を取って片膝をついて頭を下げる。

 多種多様な色の猫耳がいっぱいいるが全員男だった。ふざけすぎている。


「我が猫人族の時間は、朝時、昼時、夜時、食時、寝時、性時、病時、死時、天時。玖時全てがユノ様のためにあると誓う。音を消し、敵を消し、己を消し、闇に消え、ユノ様死しても尚破られぬ」


 滅茶苦茶重い約束を一方的に交わされているような気がする。猫耳の男たちの重すぎる誓いなんていらない。そんなの求めてすらいない。契約のレイプだ。

 いやだよそんなの。だって性に費やす時間すらも俺の事考えてるんでしょ。この猫耳の男たちが。いいよ、やだよ、いらないよ。クーリングオフさせてよ。


「ユノ様、何か言ってやってあげましょう」


 ふざけんなぐらいしか浮かばねぇよ。





「あの……丁重にお断りさせていただきます」

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