第50話 七夕の短冊「童貞が捨てられますように」
一斉に跪く猫人の男たち。
この状況をつくったシンシンさんが予め話を通していたのだろうと察せられる。恐らく俺がハミコ様の伝承に出てくる魔法使いかどうかを力試しをして見極めるとか、駄目ならみなで犯して性奴隷にしてやろうと、そういった話を戦う前に里の者たちと共有していたのだろう。
とはいえあれだけ態度の悪かった猫人が一斉に跪いて忠誠を誓うなどと言われても信じられるはずもなく。散々脅かしてくれた馬鹿どもや俺たちの前で屁をこいていった偉そうで偉くなさそうなやつなどはどういった心境でいるのか想像もつかない。そんな人たちの誓いを易々受け取りたくはないので、ここは強気にノーを突き付けてやるのである。
「誓いと言われましても、頑健で聡明であられます猫人族の方々にそうまでしてもらうような義理など心当たりがなく、戸惑うばかりだというのが今の正直な心境です。ハミコ様の伝承に当てはめて考えていられる方もいるとは重々承知しておりますが、それもスズ族のなかではそういう立ち位置で生活をさせていただいているというだけの話でありまして、実際には伝承に語られるような能力などございません。僕は皆さまが思っているような人物ではありません……と、無駄な言葉を費やし皆様の時間をいただいて手間をかけてしまうのも気がとがめます。お気持ち確かに受け取りました。僕にはあまりにももったいなく恐縮至極でございます。大変心苦しくはありますが、今回のところはお断りさせていただくという形で……」
「またまたご冗談を。このような場ですら笑いに変えてしまうのは流石の一言です」
ベルが微笑んでいる。
「いや、これは僕の本音で――」
「なにをおっしゃいますか」
「でも――」
「おたわむれを」
「…………」
何を言ってもベルが遮ってくる。これはあれだ。いいえと答えても無駄で、はいと言うまでストーリーが進まないやつである。
「ご存じの通り皆がまっている言葉そうではありません。焦らさずに言ってやってください。ささ、ユノ様の本当のお気持ちを、本心を、心のままにお伝えください」
ノーと言えない性分の俺が勇気を出してノーと答えて、心のままに伝えた言葉をばっさり切り捨てられたのに他になんと言えと。
「……」
「……」
ついには目があっても頷くだけになってしまった。セリフはここまでしか用意されていないらしい。
猫人たちの視線が集まっている。色とりどりの猫耳を立てた男たちが俺の言葉を待っている。自分たちにとって都合のいい答えしかいらない――そんな顔をして。
スズ族の村でお世話になっているのでハミコ様のネームバリューについては理解しているつもりだった。しかし狼人はこうも極端ではなかったし伝承マニアのベルとレイを除けば畏まってもいない。せいぜい好感度が最初から少し上がっている程度のもので、食事の肉を一個おまけしてくれたり、気さくに話しかけてくれたり、亭主の愚痴をきかされるとか、そういう軽いノリと待遇である。ハミコ様の名がここまでのものだったとは思わない。ネネネが舐めてきたのもレイと似たようなノリだろうとすんなり受け入れていた。
狼人と猫人を比べると眼下に広がる光景の異様さが浮き彫りになるようだった。
こいつらは俺に何を求めているのかさっぱりわからない。約束でも盟約でもなく誓約といっているのも不安をあおる。
「皆様の誓約、確かに受け取りました。と、ともに歩む方向で検討しましょう……?」
上手い言葉や気の利いたセリフが出てこずに曖昧な返事をしてしまう。これでいいのだろうかと反応を待っていると、何人か嗚咽を漏らして泣き出した。
「ともに歩んでいただけるのか――」
「くるしかった……だがこれでようやく我々も――」
「返せるだろうか、これ以上ない褒賞を先に受け取ってしまって――」
「本当に伝承の通りなのだなぁ……――」
「死んだ婆様にもみせてやりたかった――」
聖徳太子でもないので何を言っているかは聞き取れないが凄まじい重圧を感じるのは確かだ。俺は脂汗が止まらないのにベルはなんで誇らしげなのかもわからない。
先頭で膝をついていたシンシンさんも満面の笑みのままぼろ泣きしている。あの表情ができる人をワンピース以外で初めて見たかもしれない。少なくとも前世の知り合いにはいなかった表情だ。
「ユノ様!」
「ッ」
「ッ」
緊張のピークに達しようかというところ、背後から突然声を掛けられてベルと二人して少し跳ねてしまう。
「ネネネさんどうして?」
「猫人は怪我の治りがはやいとは聞いていましたが、まさかもう動けるほどとは」
ネネネが別の猫人の女性に肩を支えられて足を引きずりながらこちらに向かってくる。骨に異常があってもおかしくはない腫れ方をしていたはずだが、もう歩けるようになっているのはさすがは獣人族といったところなのか。これなら子供を何人も産んでくれそうである。
「ユノ様! ユノ様ぁ!」
「ちょ、ちょっと無理はいけませんよ」
肩を貸していた者から離れると飛び込むように抱きついてくるマイ陶器。
花瓶にしたい胸ナンバー1。下からでも上からでもさしこめる花瓶。この花瓶には何の花を活けようか。栗の花の臭いを発する花が俺の股間にはえているんだがこれなんていかがかな。
「無理などしていませんよ? あなた様の顔を見ずに寝て待つのが無理だったのでこうして会いに来たのですから」
色恋に臆病な俺でもさすがにここまで言葉と態度に示されたら好意を向けてくれているものだと確信が持てる。しかし童貞はグイグイ来られると弱いので妄想以外の反応と抵抗ができなくなる。
「ああ、ユノ様の匂いが嗅げる……」
俺の頬や首筋に鼻を当てると自分の頭や顔を一生懸命に擦り付けるネネネ。匂い付けのつもりだろうか。お互い裸でやった方が効率的で生産的だと提案してみようか。軽い気持ちで承諾してみろ、狩る気持ちで俺の臭いを内外にしみこませてやる。
「あ、あの」
「にゃふぅ……」
みんなが見ている前で、はしたないからやめなさい――とは言えない。咎めるのも忍びない。なので黙って密室空間を岩で作り、そこでたっぷり十時間は匂いを付けあおう。
「怪我の具合はもう――」
「怪我は治りました」
「みたところ治っているようには見えませんが……?」
「我が里ではこの程度怪我のうちに入りません。片目を失ってからがかすり傷です」
脚を組んだ拍子に玉がグリっとなったら重傷判定をしている俺には厳しすぎる里である。
「ユノ様」
族長のシンシンさんがいつの間にかそばにいた。
ネネネの陶器を味わうのにいまは忙しいのだ。邪魔をするなら正拳で鼻を突いて二度と鼻血が止まらない体にしてやる。その後に貴様の娘にも腰を深く落とした性拳突きで二度と腰が止まらない体にしてやるからよく見ておけ。
「……」
どうした、何かいいたいんじゃなかったのか。
さては溺愛する娘とイチャコラされるのが許せないのだな。言っておくが俺からは何もしていないからな。抱き着かれても手を回せずされるがまま一方的に顔周辺を愛撫されているだけだ。
いつまで俺たちを見ているつもりだ。娘が男に媚び倒している姿を見て精神が宇宙へ飛んでいったか。父親にみられながらイチャつかれる側の身にもなってほしい。どうしてもそのままでいるというならば俺にも考えがある。便利な誓いを立てていたので早速利用させてもらおう。誓約に従って己を消すがいい。今すぐどこか遠くへ行け。そして一年経ったら戻ってこい。返ってきたそのときには可愛い孫の顔を見れるだろう。
「……村に訪れた際、求婚の儀を行われたと聞き及んでおります」
球根野木? 前世でモヒカンにしていた野木君の悪口かな?
「父上その話は……!」
甘えていたネネネが顔を離してしまう。名残惜しい。
「親の欲目を出し過ぎだ、気が早すぎる――そう笑われるかもしれませんがぁ、わしはユノ様には娘との間に子の一つでもこさえていただければと思っています!」
「え、いや、なんの話を――」
「みなまで言われますな!」
大きな声で無理やり遮るやめなよ。俺は会話のピッチングマシーンじゃねぇんだぞ。ピッチャーライナーで打ち返してくんなよ。
「妻になるなど高望みは致しませぬ。ですのでしばらくはユノ様のもとに御庭番として置いて下されば幸い。それだけでも娘にとって最上の幸せとなりましょう。娘が一人前の猫人になり、お眼鏡にかなうメスであるとユノ様が認められたならば、せめて一度だけでもお情けを、お手付け願えないでしょうか!」
「ちち……うえ」
ネネネの表情は読めない。その顔は自分がもの扱いをされて不快感を示しているのか。はたまた言葉を失うほどの精神的な衝撃を受けて傷ついているのか。
なんにせよ人が道具のように使われて面白いはずもない。いわゆる政略の道具として俺に遊ばれて来いと言われているようなものなのだから。
その条件ならばお断りである。自分が責任を取れない相手とは子供など作ろうとは思っていない。女性の権利を踏みにじってまで童貞を捨てたいとも思っていない。そういうのは妄想のなかだけでいいのだ。しかし先っぽぐらいならいいかなという気持ちもないこともない。むしろ大いにある。無理やり俺を押し倒して子種をくれとせがみ、手足を縛られて抵抗もできないうちに搾精されてしまう――そういう流れなら仕方ないと思う。俺は押しに弱いのだ。押すなよ。絶対に押すなよ。
「あの――」
「わかっておりますッ!! みなまで言いなさるな!!」
また声を遮ってでかい声出しやがった。わかってないから大声出してんだろ。このテレビボリューム調整機能ぶっ壊れてるだろ。知らないメーカーのやつか?
お陰で聞こうとしたことが頭からすっ飛んでいったわ。毎回記憶喪失になるから大きな声を出さないでほしい。大声を出されると記憶を失うなんて、これでは無理矢理掘られても最後に大声で喝を入れられたら綺麗さっぱり忘れてしまうのではなかろうか。
だとしたらこの男は危険だ。俺の天敵だ。そばにおいてはいけない。そうだ、代わりにベルを差し出すからどうかご勘弁願えないだろうか。
「わかっておりますとも……。ユノ様は猫人と狼人をまとめるため、自らを楔として仮の求婚の儀をしいてくださったのだと重々承知しております」
まさか球根ではなく求婚か?
だとしても全く身に覚えがないのですが。
「長年放置してきた猫人と狼人の埋まらぬ溝……それは我ら歴代族長が深めてしまった怠慢の産物。その責を、その小さな身で背負うと仰ってくれるのだから喜んで差し出しましょう」
差し出すのはシンシンさんの事じゃないよな。ネネネだよな。
求婚は聞き間違いで男根の儀で、相手がお前だったら球根ぶち込んで里から出ていくからな。
「まだ話の全容が見えず、話が飲み込め――」
「皆までいいなさるなぁ!!」
もう絶対に喋らない。喋ってほしかったらネネネに愛棒をしゃぶらせろ。
「ネネネ、覚悟はできているな」
「はい……私の身も心もユノ様のもの。たとえ手を付けられずとも、心だけでも御傍に寄り添わせていただきます」
「ぐぅっ……すまない、苦労を掛けてすまないネネネ……。これもすべては森のため、我ら氏族のためなのだ」
「わかっております父上。心配せずとも私は幸せですよ。たとえこの先に待つのが泡沫の夢であっても……」
話の進み方がジェットコースターよりも早い上に口がはさめない欠陥仕様なのどうにかしろよ。
ところでさっきの手合せは男根の儀じゃないよな。そこが一番重要なところだぞ。そこはハッキリしようぜ。
「弱き者のわしは恐れていました。もしこれでユノ様の気が変わられたらと恐れてしまい、力ずくでもユノ様を娘の下に置こうと猫の血まで開放しました。それでもユノ様には力遠く及ばず。手心まで加えていただいたうえでの完敗。感服いたしました」
血の解放なんて、そんなカッコイイこと出来るのか。やりかたをおしえてください。俺も童貞を開放したいんです。必殺技とかできそうじゃん。『400年貯めた童貞の力を今ここに! エターナルセルフバーニングエレクチオンバーストチェリー!』
「チェリーダヨ! ヨンダ!?」
いや、呼んでないよ。今はちょっと込み入っているから戻っていなさい。人もいっぱいいて怖いでしょ。
「フーン」
薄々気づいてはいたが、
「せ、精霊までお見せいただけるとは……。形の上だけの求婚であっても娘も喜んでおります。どうか形だけであろうとも、娘が一人前になった暁には一度だけでも、どうか、どうかネネネを貫いて子種を蒔いてくだされば……」
嬉しいのか悲しいのか分からない顔で娘を見るシンシンさん。
一人前になるまではお手付きしては駄目だとううのは理解した。
オカズに使うのはセーフでしょうか。おやつは何円分まで入れていいのか。バナナはお尻に入りますか。
「父上……」
ネネネが俯いている。強がっていたがやはり足がまだ痛むのだろう、楽な姿勢を探しては痛みに震えていることに気づく。
一人では立っていられなそうなので腰に手を回して支えてやると「あっ」と切ない声を漏らす。脱力した体でしなだれたかと思えば胸を押し付けるように抱き着いてくる。手を回した腰の肉付きも抜群である。猫は尻回りと腰回りが弱いはずだがネネネは果たしてどうかな。
「支えますから楽にしていいですよ」
「ユノ様……支えてくれるのですね?」
遠慮がちに顔を舐めてくるネネネ。この森の若い女子は甘えて顔舐めをするのが好きだが、男も好きなのだろうか。シンシンさんに甘えられたら今度こそ殺してしまうかもしれないのでやりそうな雰囲気を感じたら先手を打ってぶん殴ろう。殺すよりはましなはずだ。
「なんと!?」
「今のをみたか!!」
シンシンさんだけが騒がしかったのに周りまで騒がしくなってきた。
また上からいっぱい来るのだろうか。いや、畳から飛び出してきたシンシンさんの例もあるので下からくる可能性も捨てきれない。もしネネネが下からきたら正常位で、上からきたら騎乗位で対応してやる。
「私、精一杯奉仕をさせていただきますね。一人前になれたその時には子袋にお情けを……ユノ様のお大事様を招いてお情けを頂戴できる日を心待ちにしております」
元々大胆ではあったが限界をこえてきた感あるな。至近距離で具体的な言葉をつかうのは愛棒の血圧が上がるからやめてほしい。ちょっと握って脈をはかってみてくれ。すごいことになっているから。
「ネネネとユノ様の求婚の儀はなったぞぉお!! みな騒げ、みなみな騒ぎ尽くせ! 夜まで騒ぎ朝まで歌え、今宵は盛大に祝おうぞぉおお!」
「うぉおおおおおお!!」
求婚の儀がなったとはなんぞや。
「フッ、流石ですね」
ベルはドヤ顔で尻尾をぶんぶんしている。
「ユノ様……お慕い申しております」
ネネネは頬を紅潮させて股の色を変えるほど何かで湿らせている。
何だろうこの疎外感は。どこかで感じた覚えがあるぞ。
そうか、あれだ――
――風邪で休んだ次の日に登校したら、前日に面白いことがあったであろう雰囲気を出している教室だ。
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