第31話 星になったユノ


 バンジャールの背中の上、エルナトに身体を強化する魔術を教わるが俺は放出型だから完璧には扱えないだろうと予め忠告をうける。「なんだと、そんなことを言うのはこの口か!」と、荒々しいキスでもしてやりたかったが童貞は本質的にチキンである。妄想の中では縦横無尽に女体の大地を駆け回るくせに現実では何一つ行動には移せず、触れることはおろか動くことすらしない。


「じゃあ僕にはできないのかな」 

「男の人の魔力は放出に特化しているのが普通だからユノが特別苦手ってわけじゃないよ。ユノの場合出せる量が段違いで、魔力の貯蔵量も多いし、そこをうまく利用すれば似たような結果は生み出せると思う」

「男性には難しくて女性には簡単につかえる魔術があるってこと?」

「うん、そういうことだね。元々魔術自体が女性専用の技みたいなところもあるから使えなくても気に病むことはないよ」


 たとえば俺が父さんのように冒険者パーティーを組んで、仲間に魔術を上手く使えるところを披露したとしたら「お前女みたいな魔力してんなぁ。こっちこいよぉ。鳴き声も男か確かめてやる」などと暗闇に連れていかれ性別鑑定にかけられる未来もある――そういうことだろうか。だとしたら俺は一生一匹狼でいい。


「魔力が多いだけじゃ意味がなくて、魔術は想像力が物を言うんだよ。色々な知識をもっていないと自分の生み出したい現象や作り出したい物はでてきてくれないんだ」

「エルナト先生の想像力はどうやって培ったの? 森からほとんど出ていないような口ぶりだったけど」

「私は観測者だった頃の記憶はほとんどないけれど、観測者として働いて得た経験は身に染みついているらしくて、ある程度なら感覚だけで魔術を使えるんだ」


 ずるじゃん。チートじゃん。そういう主人公性能と設定は俺にも盛ってくれよ神様。


「経験から得た知識が妄想……じゃなくて想像力に影響を与えているのか」

「そう、知識だね。だから治癒魔術はとても難しいの」

「え? でも僕は治癒魔術で体が元に戻ったよ? それこそズタボロにされて、骨も飛び出していたと思う」


 俺は知識という言葉から最も縁遠い少女のつかった治癒魔術によって九死に一生を得ている。この恩は精子を一生授けることで返したい。


「うん、それは奇跡みたいなものだったんだと思う。だって人体を知り尽くしていないと治癒なんてできっこないもの。あ、でも骨や皮膚なら得意な人がやれば多少は融通利くのかな……? あのさ、ユノは私の心臓がどんな形をしていてどんな働きをしているか詳しく説明できる?」


 子宮ならわかります。漫画で断面図をたくさんみてきたので。


「いいえ、わかりません。だいたいの形はわかるけど、一分間に何回脈を打つとか、医学的な話になると難しいかな」


 日本地図はざっくりかけるけど伊能忠敬先生のような正確さで書けと言われると困ってしまう――そんな感じ。


「でしょ? 適当につくってしまった臓器では前と同じような働きは見込めないし最悪は体に合わなくて死んでしまうかもしれない。だから治癒魔術は難しいんだ」


 臓器移植の話に似ている。魔物がいて魔術があるような世界でも人体はデリケートなんだな。


「とはいってもユノの怪我が治ったわけだし、魔術回路が今の形になっているのも事実だよね。普通は何かしらの不具合や拒否反応が発生するはずなんだけどユノはこうして元気に生きている。てことは、治癒魔術を使ってくれた人の感覚がぴったりユノの形にはまったんだろうね。だからこれはもう偶然を超えて奇跡としか言いようがないよ。略して偶跡だね」


 略し方が毎回センスなくてシコい。

 完璧な造形美を誇りながらも定期的にポンコツぶりを発揮する。童貞に優しいバランスだ。


「僕がこうしていられるのは奇跡なのか……」

「そうだよー。私たちが出会えたのも全部奇跡のおかげかもね」


 アリーシャの純粋な想いが今の俺を形作っている――そういうことだろうか。

 理屈では納得いかない話でもロマンチックにまとめられるならそっちを選びたい。奇跡なんて大仰な言葉を使われるとなおのこと縋りたくなる。アリーシャが俺を想う気持ちは奇跡を起こすほど大きいものだったのだと。


 ――そして、寝取られたときのショックは想いに比例して大きくなるわけだ。


「勉強になりましたエルナト先生」

「うんうん。ユノも先生になって私にいろんなころを教えてね。教え合って成長する関係って素敵だよね」


 では次の授業に移るぞ。次は移動教室で保健体育だ、保健室にこい。人体で最も敏感な部位の一つ、陰核について君はどれぐらいしっているかな? さっそくその美体をつかってレクチャーしてやろう。



 それからもエルナトの授業を受け続けた。

 しばらくすると森の先に随分と大きな山がそびえ立っていると気付く。


「ねぇエルナト先生、あれは山かな」


 エルナトが振り返った隙にエルナトの二つの山を凝視する。

 こんな立派なおっぱいをつけて先生は無理がある。いったい何人の生徒が同時に精通してしまうことか。


「ん? どれどれ?」


 ソレソレと胸に指を突きこみたいのをぐっと堪えて山の方角を指さす。


「確かにすごい形をしているね。縦に割れているというか、あれはどういうことなんだろう。地層の断面にも見えるし山というよりは崖と言った方が正しいかもね」

「こっからだと崖と言うよりは、切り立った山脈に見えなくもないよね。山にしては切り立ち過ぎなようなきもするけど」


 ところどころに樹々は生えているし、山にしては頂上が平らすぎる気もする。やはり山ではなく崖なのだろうか。崖ではなく山なのだろうか。山なのか崖なのか判断のつかないその姿は、男なのか女なのかわからない弟であり妹のようなルックスのルイスを連想させる。海外では男の娘のことをトラップと呼ぶらしいので、ルイスに似たあの山をトラップ山脈と名付けよう。


「「もうすぐ姉御の巣が見えてきやす」」


 はて、どこに巣があるのだろうか。素と言われて想像するのは鳥の巣である。木の枝の寄せ集めみたいなものを想像していたのだが、それらしいものはみあたらない。


「「見てください、あそこです」」


 男にアソコを見てくれとか言われても困惑する。これがエルナトの言ったセリフだったなら、股を開いて穴が開く程に穴がある場所を見てやるところだった。だがバンジャールお前は男だ。残念だが俺は男も、お前のアソコにも興味はない。すまないが他をあたるか、死んでくれ。


「ごめん、どれが巣なのかわからないんだけど」


 ほら、これが精巣っすわ! とかいって睾丸を見せてきたら岩の拳を最大魔力で打ち込んでやる。冗談でもやめろよ。


「「失礼しやした。兄貴にわかりやすく言うと、巣ではなく城なんです。あっしも行くのは久しぶりなんですがね」」


 城か。そりゃいくら探しても見つからないわけだ。

 あの断崖絶壁のルイス山脈に埋め込まれたような建造物。あの建造物がアロワナの巣ってわけか。あんなの梯子も階段もなしにどうやって入るんだろう。まぁ飛んで入るんだよな。


 無駄な質問をして無駄な話を無駄に男としてしまった。今はナイーブなんだ。おセンチなんだ。男の手で撫でられて快感に身をよじるような変態ホモドラゴンと会話を楽しむ余裕なんて俺にはない。


 早く家族やアリーシャに会いたい。みんなが心配だ。一週間も姿を見せなければみんなも俺を心配しているだろう。いや、一週間もいなければ魔物に食われたと考えるのが自然か。そうなるといよいよアリーシャの寝取られルートが開通してしまう。俺が呑気に野郎の背中に座っている間にもアリーシャの寝取られルートは着々と進行し、アリーシャの処女穴への侵攻が着実に進んでいるはず。


 俺が対峙した魔物の軍勢はどうなったのか。アリーシャたちは無事だったか。生きてくれているなら寝取られてもいい。寝取らることこそ無事な報せだ。


「「まだちょろっと見えただけなんで、まだゆっくりしていてくだせぇ」」


 意外と遠いんだな。俺のためにゆっくり飛んでるからかもしれない。


 こうして時間を無駄にするのはよくない。考えても分からないことをいくら悩んでも時間の無駄だ。エルナト先生に個人レッスンを頼もう。逞しくなって帰って、「すごいよユノくん、抱いて!」とアリーシャに言わせるんだ。


「エルナト、僕が向いてないのは承知したうえで強化魔術を教えてほしいんだけど」

「もちろんいいよ。じゃあまずは均等に魔力を体に流すところからかな」


 特に悩むこともなくいきなり始まるレッスン。エルナトのフットワークは基本的に軽やかだ。セックスしようと言えば「いいよー。じゃあ脱ぐところからかな」って始まりそう。


「森の中で教えた魔力操作の応用だね」

「手足の隅々まで魔力を流せばいいの? それって体は?」

「全身だね。体に流してない場所はないようにしてね。魔力操作はうまくなったから、その子に手伝ってもらえばムラなく出来ると思うよ。魔力はそれ自体が力だから、体に流すだけでもそれなりの効果があるの。だから、たとえ本当の強化魔術が出来なくても、魔力を行き渡らせることでそれに近い結果がつくれりゅんだ」

「りゅんだ?」


 早口でもないのに脈略もなく唐突に噛んだな。

 エルナトは長い耳を先まで赤くしている。俯いて下唇を上唇で隠す様は、絵画にして残したいほどに可愛い。これで作為がない天然の可愛さなのだからたまらない。あぁ、君の下唇になって噛まれたい。

 エルナトはその後も顔に手でパタパタと風を送りながら細かく魔術について教えてくれた。「ありがとう」と礼を言ってみれば、耳を赤くしたまま「知っている範囲しか教えられないよ。私が知らないこともたくさん教えてね」なんて笑いながら説明を続けてくれた。期待に応えて夜の作法について俺が知っている範囲で朝まで教えてやろう。


 日は沈み、少しもせずに夜の闇が空を包むだろう。

 夕暮れの景色はどの国でも、どの世界でも綺麗なものだった。


 夕暮れか――


 夕暮れの教室。美人エルフ教師エルナトに居残りの個人授業を受けている俺。

 俺は連日の部活と補習で、エルナトは多忙な仕事のせいで。二人は疲れ果ててうっかり教室で寝てしまう。

 先に起きたのはエルナトだった。寝ている俺の頭を撫でて頬に軽くキスをする。

「君はホントがんばりやさんだね。部活も頑張って、友達を大切にして、勉強も……勉強はちょっとあれだけど」

「うーん、エルナト先生……大好きだぁ……」

 もれる寝言にエルナトは思わず顔を赤くし、くすりと笑い再びキスをする――


 というシチュエーションのイメージプレイがしたすぎる。



 エルナトに身体強化の魔術を習ったが、残念ながら俺では本格的な強化魔術は使えないままだった。しかし体全体に魔力を流すことで疑似的に強化出来るようにはなったので、それでよしとしよう。本格的なのはアロワナが起きたら聞いてみるとする。


 魔力を体に流しただけでも随分と体が軽くなるもので、座りながら腕を回したり正拳で空を突いてみたりする。


 愛棒を強化したら攻撃力上がるのか……? 愛棒の攻撃力って何だろう。着床率?

 立ち上がり、試しに瓦を割る要領で地面を殴ってみると、大きな地震に見舞われ地面が大きく傾く。地震がおこるほど強くなるの?


「「アッーニッ! 堪忍っす! 堪忍っすゥ!!」」


 すまないここは地面じゃなったな。うっかりバンジャールを殴ってしまっていた。

 喘ぎながら俺を兄貴と呼ぶのはやめてほしかった。

 殴られて感じているようにも見受けられたし、竜人族は総じて敏感で変態――これトリビアになりませんか?


「「不覚にもかなり落ちやした。一度あがりますんでしっかり掴まっててくんさい」」


 恋に落ちたとかじゃないよね……。わかってる、高度でしょ。

 高度を下げた戦犯は間違いなく俺だ。もう馬鹿なことはしません。大人しくしていますよ。


「ごめんなさい。地面だと思いました。この通りです許してください」


 正座をして反省の意を示して許しを請い、忠告に従い素直にしっかり掴まる。俺は言いつけと童貞は守れる男なのだ。

 グッ――と尖った棒を掴むとバンジャールがさきほどよりも激しく揺れ動き、さらに高度が落ちていく。


「「グアーッ! あ、兄貴っ、そこは! そこは逆鱗んんんッ!」」


 凄まじい嫌悪感が込み上げる気色の悪い喘ぎ声で鳴いて大暴れするバンジャール。背中が大きく傾むくと、俺は湾曲した翼へと滑っていく。高度を落とすまいと羽ばたくバンジャール。翼が上がった瞬間に俺は外へと射出され、正座したままの態勢で夕日に染まる空を流れる様にすっ飛んでいった。





 死んだねこれ。

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