第30話 実はムラムラしっぱなしだったのを隠していた系女子

 夕暮れ。陽も稜線に隠れようかという時間。夜闇が顔をのぞかせ、青と橙の空が入り交ざった美しい景色が空のキャンパスを彩っていた。青が月、橙が太陽だとするならば、言わばこれは空というベッドで行われる光と闇のセックス。


 そんな具合の妄想でもしていないと正気が保てそうにないほどバンジャールの背にのっての移動は恐ろしいものだった。ぐんぐんと高度を上げるバンジャールを止めて、木よりも遥か上、雲よりは遥か下を飛んでもらっているのも、高いところが怖いからである。


 周りを壁に囲まれていない状態での飛行経験なんてものは前世でも経験したことはない。全身で風を切る感覚はジェットコースターのそれに近い。問題はこのジェットコースターには安全バーがないということだ。

 恐怖などの人間の根幹にある感情をコントロールするのは非常に難しい。たとえば全裸のエルナトが胸と股を隠して、口には封が切られたコンドームを咥えていたとしよう。これがエロくないはずがない。千年以上毎日見ればさすがに少しは慣れるかもしれないがエロい状態であるのは永遠い変わらないし、俺が受ける印象も変わりはしない。それと同じだ。エロいものはエロいのだからエロくあり続けるし、怖いものは怖いのだから怖いのである。根性云々で克服できるものではない。

 だからといっていつまでも「怖い怖い」と震えているのもみっともない。震えていればエルナトが抱きしめてくれるのは目に見えているが、それは童貞の矜持が許さない。自分がショタであることとエルナトがショタコンであることを最大限利用して不当にラッキースケベを誘発させる――そんな不正行為、世間が許しても俺と愛棒は絶対に許さない。俺はショタである前に一人の童貞おとこなのである。童貞おとこが女子に甘えた声をだして泣きつくなどあってはならない。童貞おとこたるもの女子に甘えた声を出させて泣きつかせたいものなのだ。それが捨てられぬ童貞おとこの矜持である。


「高いねー。ユノはもう怖くない? ん?」

「こわっ――――くないね。全然。無敵。楽勝」


 甘えそうになった。両手を広げて優しく微笑んで首をかしげるという、いかにも甘えてほしそうな態度でたずねてくるものだから矜持などかなぐり捨てて全力で甘えそうになった。特に最後の「ん?」が効いた。「ん?」のなかにいくつもの意味と言葉が込められていたのは言うまでもない。エルナトに頭を撫でられながらおっぱいを吸わせてもらっている――そんな、ありもしない未来がフラッシュバックするほど鮮烈で強烈な一撃だった。


「そっかー? ざんねん。こわくなったらおいでね」

「ありがとう。その時はお世話になります」


 竜の背に乗って空を旅する――誰もができるようなものではなく、極めて貴重な経験である。エルナトに矜持を捨ててもらいそうになる自分に言い聞かせ、恐怖でヒクつく尻をキュッキュとしめる。

 正直に言わせてもらえば、竜の背に乗る経験なんかより女体に乗る経験をしたい。風を切る感覚なんて想像がついても、童貞を切る感覚はどうやっても想像がつかない。気持ちが良いという以外の手がかりがなく、女性器の感触など想像のしようもない。

 実際どうなのだろう。童貞を失うと「失った!」という実感があるのだろうか。頭の中でレベルアップのファンファーレが流れたり、ステータスが上昇したりする。そういうわかりやすい現象が起こったりするのだろうか。『ユノの射程が2上がった 長さが1上がった かたさが1上がった 角度が1上がった 回数上限が増えた 特技:性剣突きを覚えた エルナトはむくりと起き上がり 中に出してほしそうにしている……』みたいなメッセージが脳内に流れてきたりするのか。だとしたら最高だな。修行感覚、レベル上げ感覚でセックスしそう。

 エルナト、すまないが修行に付き合ってくれないか。いや違うんだ、君を欲望のはけ口に使うとかそういう気持ちはないんだ。ただ俺は自分を磨きたいんだよ。どうしてそんなに必死になるのかって? そんなのきまってるだろ、君に相応しい男になるためさ……みたいに口説いたら無知っ子エルフはイチコロだろうよ。毎晩欠かさずレベル上げだろうさ。


 むなしい妄想もこの辺にして風景に目をやる。それ以外にすることがないので空の旅は退屈だった。やることが何一つ無い。セックスはしたいけれど退屈を理由に童貞は捨てられない。俺の守ってきた童貞はそんなに安いものではない。安い童貞をアリーシャに捧げるわけにはいかないのだ。

 それにしても暇だ。暇すぎる。退屈で射精してしまいそうだ。空から精子をまいたら地上にいる誰かに偶然ヒットして偶然が重なって妊娠したりしないかな。しかし俺は勿体ないの精神を魂に宿した元日本人。ただ出すだけでは勿体ないし、折角作ってくれた睾丸にも申し訳ない。なので精子一匹も無駄にせず有効活用したいと考える。そうだ、やることがないなら暇つぶしにセックスしようぜエルナト。精子も無駄にならないし時間も有効に使える。エルナトは気持ちいいし、俺も気持ちいい……などとそんな軽いノリでできるならば今頃とっくに童貞を捨てている。そして俺の童貞はそんなに安くない――と思考は堂々巡りを繰り返す。


「はぁ、サラマンダーより、ずっとはやい……」

「どうしたの? 顔色悪いけど、なんかあったんだ?」


 背中にただ乗っているだけの時間に飽きてしまい、ぼーっとしていたら前世でのトラウマを思い出してしまっていた。懐かしいなぁバハラグ。ゲーム史上屈指の悪女と名高いヒロインが登場する寝取られマニア養成RPG。当時の俺は何かやり方を間違えたからこういう結末になったのだと自分に原因を求め、一からやり直してみたものの何度やっても結局は同じ展開になってしまい心の傷が一つから複数になっただけだった。あれのせいで俺はしばらく女性恐怖症になってしまい、女子との距離を縮められなくなったのだ。


「サラマンダーは精霊の一種だけど、よく知ってたね」

「いや知らないよ」

「ん? そうなんだ?」


 だってサラマンダーはドラゴンだもん。主人公が駆る、ヒロインとの思い出を乗せた仲間なんだ。


「ところでこれさ、このままダンクルオスに向かってもらったりはできないんだ?」


 エルナトの口調がうつってしまった。


「……ユノって天才だってよく言われない?」


 お股が緩くてお漏らしが得意な子にはよく言われていたよ。何かにつけて言われるので、将来は天才の遺伝子をわけてやろうと思っている。なんならエルナトにもわけてやろうか。


「すまぬ婿殿。そうしてやりたいのは山々なのだが、それは訳あってできないのだ。説明は巣にて落ち着いたら話すゆえ。退屈しているだろう、今は我の体を使って時間でも潰していてくれないか」

「あっそう、じゃあそうさせて貰うよ」

「んいぃ!? いや、今のは冗だッ――」


 魔術で作った小粒の石を授業中に消しゴムでもぶつける感覚でアロワナに向けて放つ。胴体十点、へそ五十点、乳首は百点、股間は一マン点だ。


「くひぃ! 待て、ち、違うのだッ あっ、やめっ――」


 まさか本当に時間潰しに使われるとは思わなかったらしい。俺が小動物のように大人しい生き物だとでも思ったか。童貞を甘く見た自分を呪え。窮鼠どうていしょじょを噛むだ。勢いで乳首も噛んでやろうか。


 ――小石を投げると言えば前世で仲の良かった加藤君だ。

 小学生時分、わが校では月曜の朝礼は外でやると決まっていた。

 校長の長い話や先生たちの小話は小学生の俺達には退屈極まりないもので、背の順番的に俺の前の方にいる加藤君の背中に退屈しのぎにいくつもの小石を投げつけていた。

 投げられた小石に気付き嬉しそうに振り向く加藤君。彼もまた退屈していたのだ。結構強めに投げていたはずなのだが、退屈を凌げるのならなんでもいいのか彼はいつも笑っていた。しかし加藤君だけに投げていても飽きてくるし面白くない。というよりも投げ返してこないで笑顔のまま高速で振り向くだけなのが怖かったのだ。いっそ怒ってくれる方が気が楽だったろう。

 次は前のやつに投げろとジェスチャーをして、意図を理解した加藤君は頷いて石投げのリレーを開始する。だが加藤君は運動神経を母親の子宮に置いてきた男。ノーコンの加藤君が投げた小石は狙った男子ではなく、その更に斜め前にいたクラス一可愛い女子の首もとに当たりシャツの中へするりと吸い込まれていく。

 耳をつんざくような悲鳴。突如背中を転がってきた正体不明の物体に恐怖し、女子はパニックを起こして騒いだ。半泣きになりながら転がる女子。騒ぎは一気に周囲へと伝播し、悪霊にでも憑依されたかという暴れっぷりの女子へ注目が集まる。いたたまれない気持ちが大半を占め、事の発端を作った俺は申し訳なさからうつむいてしまう。

 しかし、奴は違った。どういうわけか興奮気味に加藤君犯人は女子の傍に寄っていった。本気で心配している体の加藤君。どの面下げて「大丈夫!? 虫かな!?」などと言えるのか。背中に入ったのが石だと断定してしまえば犯人だとバレてしまうため、確実なことは言わずに石ではないかという方向へ話を誘導していこうとする狡猾な加藤君。子供ながらにこいつはヤバいやつだと思った。

 女子の様子も落ち着いてきて何があったのかと先生が訪ねると、女子よりも前にいたはずの一人のクラスメイトが、「加藤君が虫を投げいれていました」と事実無根の真っ赤な嘘を堂々と先生に告げ口する。俺は驚いて思わず目を見開き、加藤君はさらに驚いてこう叫んだ「いや僕が入れたのは石だよ!?」と。語るに落ちるとはこのことか。無実ではないものの冤罪をふっかけられた加藤君は、それがカマかけだとも気づかずに見事自爆。全てを察した教師に腕を掴まれ女子から引き離されて一人職員室へと連行されていった。ただ小石を投げるだけの悪戯が生んだ小さな悲劇である。

 ただ彼の名誉のため、連行された加藤君はけっして俺の名前を出すことはなかったということだけは追記しておきたい――



「ダメっんっんあ! 婿殿! もう、あっ……! アァァアア!!」


 前世を思い出しながら無意識に小石を放っているとアロワナが嬌声をあげて気絶してしまっていた。止めは首筋から鎖骨へ転がり胸の谷間に侵入していった小石だった。あの石にカメラをつけてVR視点で楽しみたかった。


「ユノは凄いね。二回も竜人族を倒しちゃったよ」


 言われてみれば確かにそうだ。

 アロワナはちょっとした刺激でも転げまわり、激しく喘ぐものだから俺の魂(ロック)にも簡単に火がついてしまう。夜のお相手となるとこれ程たぎる相手もそういまい。ちょっと彼女に対する好感度が上がった気がする。アロワナはノリにさえ慣れればいい子かもしれない。少なくとも股間にはとてもイイ子である。



 ☆



 その後しばらくはエルナトとお喋りをしながら時間を潰した。

 お喋りといっても主に魔術関連の勉強であり。時間つぶしと言ってもセックスではない。できることなら、愛棒をおしゃぶりしてもらったり、子宮潰しのセックスがしたかったが俺はそこまで性に奔放ではない。

 まだまだ知らぬことの多いこの世界。出来の悪い頭では情報の整理に手間取り理解もなかなか追い付かない。それでもエルナトは嫌な顔の一つも見せず、根気強く何度も繰り返し説明をしてくれた。この恩は根気強く何度も繰り返し腰を振ることで返そうと、かたくなった愛棒にかたく誓った。


「じゃあアロワナがバンジャールを軽々と蹴り上げたのも身体強化術ってやつなのかな?」

「ご明察の通りだね。まあ本人に聞くのが一番なんだけど……しかたないね」


 アロワナは未だに気絶してアヘっているので答えを聞くことができない。肩を揺らして起こそうと試みても、肩を掴んだ時点で軽く震えはじめ、揺らしたところで淫靡な声を出して跳ねてしまい、声を掛けると口の端からだらしなく涎を垂らして痙攣してしまう。特に下腹部の断続的な痙攣はすさまじく、肉の震える様が人体の神秘を感じさせ、知的好奇心が刺激されたエルナトとともに思わず見入ってしまったほどである。

 エルナトの言う通り仕方ないのでそのままにしておくことにしたが、俺は口の端からこぼれるエリクサーをなんとか自分のものと交換できないか企んでいる。どうしたって隣にいるエルナトにはバレてしまうのでそこが問題だ。

 エリクサーは欲しいが信頼は失いたくない。いつでも採取できる涎と失えば取り戻せない信頼では秤にかけるまでもない。今回は涙と自身の涎を飲んで諦めることにしよう。


 アロワナはどうやら意識の有無は関係なく、俺が触ると性的なダメージを受けるということがわかってきた。直接ではなくとも魔術でもそれなりのダメージを受けるらしいのは小石を投げて検証できている。

 お風呂に入ってるとこへ俺の魔力で作られた水を足したりしたらどのような反応を見せるのだろう。食事をしている最中、コップの水を俺の生み出した水に変えたらどんな反応を示すのか。アロワナの特異な体質に興味は尽きない。


「うーん……」

「どうかしたの?」

「いやぁ、アロワナは僕が触れると過敏になるのはなんでかなって」

「え? 子供を作るための相性がいいからでしょ? 私も我慢してるだけでさっきから危ない感じだよ」





 我慢は体に毒ですよ。

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