第32話 ショタ×ショタ×おっさん

 彗星の如く夕暮れの空を正座のままかっ飛んで行く俺。バンジャールの背中の上で正座などしていたのが仇となったか、大きく傾いた背中から流れる様に滑り落ち、翼をジャンプ台代わりにカタパルト射出されてしまった。

 柔軟でいて力強い羽ばたきもさることながら、三十度から四十五度の間にある最も飛距離が伸びそうな角度から撃ちだしたのも絶妙だった。もしも俺をぶん投げて飛距離を競う競技があったのならバンジャールは永久に抜かれることのない不滅の世界記録を打ち立てて殿堂入りを果たしていたことだろう。

 

 空中でいつまでも正座でいられるはずもなく体勢が崩れて体がひらく。頭が自然と下向きになって逆立ちのような姿勢になるとバンジャールの姿がみえた。エルナトが気絶したままのアロワナを抱きながら何かを叫んでいる。とても悲痛な表情をはりつけているような気がするがはっきりとみえる距離ではない。その表情は何日も焦らしまくってついに今夜はするぞという時に「今日は疲れたからおあずけだ」と宣告された場面でしてほしい。やだやだと駄々をこねて意地でもセックスに持ち込んでくれ。童貞はグイグイ来られるのは苦手だけど嫌いじゃない。でも自分からはいけない受け身体質なのだ。だから言葉の裏を読んで襲ってほしい。


 ちらりと横目に映ったバンジャールは異様に長い舌をたなびかせ、完全にキマってしまっている締まりのない顔で空中を泳いでいた。逆鱗とやらを握られるとあんな顔になってしまうのか。逆鱗がなんなのかはわからないが、触った側の俺が喜んでいいようなものではないのは確かで怖気だつ。

 グングンと離れていくバンジャールと俺との距離。相手からは視認できないであろう距離まで離されたところで、救出を願っていた意識を単独での生存へと切り替える。

 時速60キロ以上で走っているさいの空気抵抗は、おっぱいと同等の柔らかさになると聞く。今体をひろげれば全身でおっぱいを楽しめるということになる。自分から高所より飛び降りる気の狂ったスポーツ、スカイダイビングなどを趣味にする人たちの気が知れなかったが、そういう魂胆があったというのなら納得である。

 

 おっぱいがどうとか考えていられる状況ではなかった。常に心の中心におっぱいを据えてきたが今回ばかりは脇に置かせてもらう。


 まずは落下に備えて身体の強化である。覚えたばかりの強化魔術もどきを使用するため全身に魔力を均等に巡らせると、肩に精霊おっぱいがしがみついていることに気付く。飛ばされた際に何処かへ行ってしまったかと心配していたが、手も足も無い体で懸命にしがみついている。その姿に胸が高鳴った。無論恋などではない。犬の忠誠心を目の当たりにした主人のような気持ち。つまり愛だ。愛着だ。

 いつまでも肩にいてはいずれ飛ばされてしまうかもしれない。思うように動かせない腕を動かしてなんとか精霊を両手で掴み、胸もとに寄せて包むように守る。「にゅう」と、か細い鳴き声が聞こえるとなぜだか心底に安堵した。


 仮にこのまま着地に失敗しても死ぬときは一緒だよ。間違ってもお前だけ生き残れるなんて思うなよ。意地でも道連れにしてやるからな。俺たちは一蓮托生だ。生まれたときと種族は違えど死ぬときはともに。


「にゅう!」


 なんでこんな窮地に陥っていながら嬉しそうなんだよ。なんで俺は精霊の心の機微がわかるんだよ。


 精霊と遊んでいるとアヘ顔のバンジャールの姿は既に見えなくなっていた。

 意外と速いんだなあいつ。すぐ飛んでっちゃうのな。次に会う機会があれば早漏竜ハヤクデルガと呼んでやる。ハヤクデルガの素材で作れるのは速射タイプのボウガンで、武器名はハヨイケ矢。

 アロワナは気が強い女なので肛門が弱いのは確定している。よって肛竜アナルシマルとかでどうだろう。作れる武器はずばり斧。武器名は売春斧ばいしゅんふセナルアックス――などと悠長に場違いなことを考えてしまうのは絶体絶命の危機を受け入れられず陥り現実逃避をしたいからか。どんなに妄想の世界に逃避しようとも確実に現実という名の地面は俺に迫って来ている。より正確に言えば迫ってきているのは地面ではなく俺の方。そして地面よりも先に密生した樹々が先にぶつかるだろう。地面よりは多少ましかもしれないが鋭利な枝が体を貫く恐れもある。一番イヤなのは肛門を貫かれて即死するパターンである。


 イヤな想像を振り払い、現実的な着地方法を考える。

 足から着地して五点着地を狙うのはどうだろう。地上最強のガキがガイアと戦う前にやっていたあれだ。あれさえ出来れば俺もグラップラーの仲間入り――などと考えているうちに緑の葉は迫っており、全身に魔力を流すのを意識し、劇場版の機動戦士が大気圏突入時に股間から耐熱フィールドを噴射したように、体全体から風を吹かせてブレーキをかけると僅かに落下速度が緩和された気がしないこともない。そうこうしているうちに木の枝をへし折りながら森の中へ突入していく。とっさに精霊おっぱいを服の中へ隠して胸が膨らむ。小学生時分、加藤君が体操着の中にバレーボールを入れて、閃乱爆乳ごっこと称し普通サイズの女教師を貧乳と煽り散らして最終的に高跳びのバーで胸部を殴られて失禁するという伝説じけんを思い出すが今はそれどころではない。

 枝が急所に刺さらぬように脇を締めて両手両足を畳みカメが甲羅に隠れるように頭と体を守る。危機に瀕して脳裏に浮かぶアリーシャの笑顔。ルイスの小首をかしげた女のような照れ顔。父さんと母さん――の性行為を初めて目撃してしまった瞬間。父さんと母さんがお風呂で盛り始めてしまった瞬間。外に出かけていったはずの両親が庭でおっぱじめていた瞬間。ろくな思い出が浮かんでこない。


「ぐぎぃッ!?」


 走馬灯が今まさに駆け始めようというところで太い幹にぶつかりガードを固めていた両腕が開く。身体強化もどきのお陰か衝撃の強さに対して痛みはそれほどなかった。腕が弾かれたことでカメの頭が出てしまい仮性が剥けた気分になった。精霊おっぱいを守るために再び抱くように腕をクロスする。ぶつかった反動で後頭部を何かに強打するも、これまた痛みは少なく衝撃だけが体に響く。

 これだけ痛みに強くなれるなら愛棒を重点的に強化したら夜はすごいことになるのではないか――意地でも生きて帰ってアリーシャで実践しよう。両親のようにどこでもできる大人に俺はなるんだ。


 地面が眼前に迫ってきたのでこれまでよりも一層強い風を巻き起こす。凄まじい風音とともに大地と接地する。暴風が落ち葉や砂埃などを諸々巻き上げて、辺りは一切が見えなくなってしまう。最後の最後で魔力の加減をしないで風を放ったのが功を奏したか、地面に降り立った足は折れることも痛みもなく無事であった。


 仁王立ちの肩幅で足は開き、精霊おっぱいを守るようにクロスした腕はいつの間にか絡まり、腕を組んでいた。

 とにかく生きることを考えてがむしゃらに風魔術を放っていたが、最後は尻の辺りからも出ていた気がする。


「フフ、尻から風って……それもう……放屁でしょ。ハハッ……アハハハッ、アーハッハッハッハッ!!」

「にゅううううううー!!」


 緊張がとけた俺と精霊は二人して叫ぶように笑った。

 生還できた喜びから下らないことでも笑えてしまう。生きているって素晴らしい。


「ハハハッ! ハハ……ハァ……ハッ」


 ちょっとテンションが上がりすぎていたが、エルナトたちと別れてしまった事を思い出し猛烈に落ち込んできた。せっかく美人なエルフと出会えて、やたらいやらしいからだ楽器りゅうじんとも接点ができたのに。


「何やってんだ俺は……」


 舞い上がっていた気分が落ち着くと、舞い上がっていた砂煙も徐々に落ち着いてくく。視界が不明瞭で鬱陶しくなってきた。なにも砂煙が収まるのをお行儀よく待つ必要もない。新たな風を起こして一気に散らせばいいだけだ。自分を中心に風を四方に吹かせて視界を晴らして気分を入れ替えよう。


「……だ、誰だてめえ!」


 邪魔な砂埃を一掃すると、突如現れた見知らぬおっさんにガンを飛ばされていた。

 気分を変えようと思っていたのによりひどい気分にされた。なぜ気分が悪くなったのか。そのおっさんは頭に犬耳をつけていたからである。


 コスプレが趣味なのだろうか。人様の趣味や癖をとやかく言いたくはない。俺だって人様には言えない後ろ暗い癖の一つや二つはあった。大人になるまで爪を噛む癖が治らなかったり。性的嗜好だって普通の正常位だけでは満足できなかったり。だが、その如何にも山賊然とした、人を殺すことに躊躇しなそうな小汚く物騒な面をして犬耳をつけるのはどうかと思うのだ。こういうのが好きな人もいるのだろうけれど、おそらくそれは極一部のニッチな層に刺さっているだけで、マニアックな部類に分類されるものだ。一般人の俺に披露していいものではないし、開き直ってすごむなんてもってのほかだ。今さら俺が一般人を代表して一般論を語るのは心苦しくもあるのだが、あえて一般的見解を述べさせてもらおう。おっさんのしているソレはアブノーマルな隙間産業だ。森の真ん中で犬耳をつけて――おい、よく見れば尻尾もついているじゃないか。ふざけるな。アナルプラグが突き刺さっているのを想像してしまったじゃないか。強面のおっさんが犬に扮して森をお散歩オナニーなんて前世なら逮捕が妥当だ。趣味で人に迷惑と精子はかけるなと学校で教わらなかったのか。変態の倒錯した性趣味は悪趣味だ。悪趣味は界隈のなかでだけで楽しむのが大人のマナーだろうに。

 俺の精神衛生上よろしくない。はっきり言って不快だ。人の趣味をとやかく言いたくはないと思っていたが、今回ばかりはハッキリ言わせてもらう――


「もう十分でしょ。そのへんにしておいたらどうですか」

「なっ……!」


 耳がぺたんと閉じた。芸が細かいな。

 コスプレに対する情熱は本物だったらしいのでそこだけは敬意を表したい。


「ハミコ様……?」


 後ろから幼い、少年のような声がする。

 ハミコ? ハミマンコの略か? それはどこにあるんだ? 今すぐ教えろ。


「おめえさん、俺らの決闘を邪魔するつもりらしいが、そんならこっちも容赦しねえぞ? あー!? アジャッパッパラァ!」


 背後にいる声の主を確認しようとしたが、珍妙なコスプレイヤーが奇声を上げて遮る。よくよく見みれば右手には斧を持っている。材質は石、黒曜石だろうか。

 状況をまとめよう。血走った眼で意味不明な奇声を上げる変態が原始的な武器をチラつかせながらこちらに向かってこようとしている。これは危機であると認識してよいだろう。最適な行動を選択しなければ命を失いかねないほどの極大な危機である、と。


「ホァタ!」


 殺さぬように加減した岩の拳を指先から放つ。顔面に岩の拳をもろにくらったコスプレイヤーは後方へ弾き飛ばされ、樹に背を預けながら立ったまま意識を失ってくれた。これにて危機の排除は完了した。心の中の戦闘モードを解いて改めて後ろを見ると、小さな犬のコスプレをした少年がこちらへ走ってくるの見える。小さいには小さいのだが、年恰好今の俺と大差はなさそうだった。


「ハミコ様、ありがとうございます」 


 尻尾をぶんぶんと振りまわし、目を輝かせて俺を見つめている少年。

 この世界のコスプレはここまでやるのか……。尻尾が動いているのはバイブ機能かなんかなのか。俺と同じぐらいの歳でそんなレベルの開発をするなんてただ者ではない。

 アナルの弱そうなアロワナにこの尻尾をプレゼントしたら泣いて喘いで悦んでくれそうだな――と、そのアロワナは空の上でエルナトとも離れ離れになってしまったのだった。


 駄目だ、皆と別れた事を思い出して再びテンションが一気に下がってきた。

 家族と離れ、アリーシャと離れ、次はエルナトとアロワナと黒竜(おまけ)か……。俺の尻にも尻尾がささっていたら、締まりがなくなって抜けるほど落ち込んでいることだろう。


「あ、あのハミコ様?」


 尻に尻尾を挿した将来有望な少年が不思議そうに、心配そうにこちらの様子をうかがっている。


「僕の名前はユノ。そのハミコサマって名前ではないですよ」


 少年は不思議そうに首を傾げる。左右に何度も傾げて俺を観察する。非常に犬っぽい仕草である。これは本格派のコスプレイヤーと見た。自身は犬だと強い暗示をかけて本気で犬になろうとしているのだ。

 お金が貰えるわけでもないアマチュアがプロ以上のパフォーマンスを見せることがある。それは路上で喧嘩をする者であったり、夜の彼女であったり、状況や性別も様々だ。彼もそういう状態にある。プロのコスプレイヤーを超えるパフォーマンスをアマチュアでありながら見せてくれているのだ。


 尻に挿した尻尾を振る――想像もつかぬ尻から血のにじむような努力と、想像を絶する気持ちのいい鍛錬を続けた結果にたどり着いた成果に違いない。そんな彼の無駄な努力と括約筋に拍手をおくりたい。敬意を表したい。


 アマチュアのプロアナル少年は、ハッとした顔を一瞬だけ見せる。何か思い当たる節でもあったのだろうか。尻尾が良いところに入ってしまったのだろうか。


「ハミコ様ではないというなら……じゃあ」

「はい、僕はハミコサマではないですよ。ところでなのですが、ここがどこだかを教えてもらってもいいですか。あと、そこでのびているおじさんのことも」

「ここは大森林……狼人はスズ族の縄張りです。こいつは俺ととはべつの縄張りの狼人で、狩りをしていたところを襲われ……いえ、決闘を申し込まれていたところです」


 こんな子供を襲うなんて本当に最低な奴だな。言われてみれば性欲の制御が効かなそうな面をしている。なにが決闘だ。結果などやるまでもなく見えている。両足をうしろから抱えてアナル貫通待ったなしだ。

 でもよかった。二人の間柄が親子じゃなくて。問答無用で襲ってきたので問答無用で魔術を放ってしまった。猿や竜にさえ交渉を試みる徹底した平和主義であるところの俺が初めて問答無用で暴力に訴えかけた記念すべき瞬間でもある。

 あのまま襲われていれば俺も今頃は尻尾はやしていたに違いない。平和主義で日和見主義な自分を納得させる言い分や言い訳は十分にある。今回の暴力を悪いことだとは思っていない。


「そうでしたか。部族間の関係性はよくしりませんが親子ではないのがわかってよかっ………えっ、狼人族?」


 いま狼人族と言ったか。ではこの少年は犬のコスプレをしているわけじゃないのか。よかった、将来有望な変質者なんていなかったんだ。開発レベル高い掘削作業員も、括約筋を自在に操る子供も、みんなみんないなかったんだ。


「ユノ様、どうか俺の部族の村、スズ村に来てください。あなたのことならば大人たちもきっと歓迎することでしょう」


 アロワナはショミに帰るための何かを知っているような様子だったのでどうしても再開したい。バンジャールは飛んで行ってしまったし、エルナトやアロワナと合流するためにはもっと情報が必要だ。

 なんといっても今の俺は迷子だ。迷子センターがあるわけでもない森のなか、あてもなく彷徨うのはが得策だとは思えない。ここは少年の誘いを受けるのが上策だろう。そのスズ村とやらでアロワナの巣についての情報を集めてみよう。


 よし、彼の誘いを受けよう……。誘いを受ける……。誘いウケだと?


 いや待て、俺はそっちではない。間違いがあってはいけない。間違ってからでは遅い。自分によく言い聞かせよう。俺はそっちじゃないそっちじゃないそっちじゃない。あっちでもなくて、こっちだ。愛棒が指し示す先にはアリーシャがいる。

 確かに彼のようなショタは素晴らしい――それは認めよう。彼だけではなくルイスのような男の娘が美の終着点であるとも認めている。だがよく考えろ。彼がショタからアダルトになったらどうなるかを。今は美しい男の娘が娘であろうと努力せず、ショタが自分の長所を自覚せずに成長したらどうなるか。ショタでも男の娘でもなくただの野郎になってしまうのだ。

 隠しきれない男性ホルモン。抑えきれない男性ホルモン。集まりだす男性ホモルン。道を誤ってはいけない。俺はノーマルだ。異性が好きで異性としか性行為はできない。アリーシャと甘々なセックスがしたいんだ。知りたがりなエルナトと無知ックスがしたいんだ。ドМなアロワナにイチモツ鞭ックスしたいんだ――この強い想いを忘れるな。


「見せ槍から……チンポビンタのコンボ……パン食い競争のよう口だけで」





 よし、整った。

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