第20話 ショタ×エルフ

 求婚された。



 出会って一週間。体感的には三十分前に出会ったばかりの極上美エルフのエルナト。まだお互いの情報を何一つとして知らないの間柄でありながら不束者ですがとお願いされている。


 急な話である。この美エルフは六歳に何を期待してるのか。

 逆に考えてみろ、自分が大人になった状態で六歳のアリーシャに求婚をするのがどれだけヤバい絵図になるかを。不審者だ。事案だ。逮捕をすっ飛ばして処刑されても文句は言えまい。


 もちろん美エルフの美肉体をタダで差し出してくれるというのなら、断る理由を考える方が難しいので喜んで受け取りたい。お心のこもった結構なお品をありがとうございますと。遠慮なくいただきますと。結構なお手前でと。ごちそうさまでしたと。エルフの不束ならぬ肉体を貪りくらい、父さんのような立派な冒険者を目指して女体のダンジョンを探検する子作りファンタジークエストを開始したい。


 しかし、長年童貞だった俺には、そんなうまい話があるわけがないと知っているのだ。


「僕なんかを番に選んでくれた気持ちは素直に嬉しい。でも僕はまだ子供だ。人族はそんなに早くは成熟しないし、結婚も性交渉もできないんだよ」


 落ち着こう。童貞はウキが沈めば直ぐに竿を上げてしまう。釣りというのは獲物との駆け引きだ。魚(おんな)によってアワセ方も変わってくる。エルナトの場合、まだアワセる時間(とき)じゃない。股間の竿はまだ上げてはいけない。ここで焦れば大魚を逃してしまう。もっと本気で食いつくのを待つのだ。確実に釣り上げるため、それこそエルナトが竿に食いつくぐらい引き込むのだ。


「えーそうなんだ? てっきり私と繁殖行為をしたいのかと思って舞い上がっちゃったよー」


 いやそれはしたい。繁殖したいです。


「人の子って思わせぶりなんだね。でも言ってくれた言葉はホントなんだよね?」

「もちろん一つとして嘘偽りのない本心からの言葉でした」

「なんでかしこまってるのかな? 怪しいなー」


 俺は一体何を疑われているんだ。


「満点の星空を見上げれば綺麗だと思うし、子犬を見たら可愛いと思う。そういう自然な気持ちを口にしただけで他意はなかったんだ」

「他意はないってことは別に番になりたいというわけじゃないって意味?」


 なりたいに決まってんだろ。心の四百歳を解き放って今すぐ肉体で証明してやろうか。ちょっと褒められたぐらいで真っ赤になって交尾を強請るねんねちゃんが、ヤリたいことリストだけで図書館が建てられるような性欲男の性衝動を受けとめきれると思うなよ。俺が本気の性衝動を放てばかすっただけでも孕ませかねない。お前のためを思ってあえて受け流しているんだからな。


「エルナトみたいな美人な奥さんが来てくれるなら歓迎することはあっても断るのは難しいだろうね」

「そう? それにしては随分と涼やかというか落ち着き払っているというか、もう少し照れたり取り乱してくれてもいいんじゃない? 本にはそういうものだって書いてあるよ?」


 安心してほしい。こんな話をしながらも妄想は続けているので、心の中ではエルナトを乱しまくっているし俺も乱れまくっている。今のところいい勝負で、ねんねちゃんだからと侮っていたが中々どうしてやるじゃないか。


「僕が成熟した大人だったらそういう反応をしていたかもしれないね。何分まだ未熟な子供なもので」

「へーそういうものなんだ。人族って面白いね。じゃーあ、唾つけとこうかなー」


 指先をぺろりと舐めて俺の頬に軽く触れる。


「えっ、な、なに?」


 愛撫? ならもっと下じゃない?


「ニヒヒ」


 相手が遺伝子的にもかけ離れた顔面構造をしている猪面オークのメスだったなら、「食われる」と判断し渾身の岩の拳でもって粉微塵に消し飛ばしてやるところだった。だが相手は美エルフだ。むしろもう何回かしてもらいたい。許されるなら愛棒にも唾を付けた指で触ってほしい。直接吐きつけてくれてもいいんだ。ちょっと太い指だと思って唾をつけてくれ。お父さん指、お母さん指みたいなものさ。これは息子指なんだ。


「今のはね、精神を繋げるための仮契約。本契約が済むと永遠に生きるだけだった私にも寿命ができるんだ。今までは生きてるって実感がなかったけど、仮契約を結んだだけでも明日がくるのが楽しみになってきたや」

「重っも!!」


 寿命ができるってなんだよ。重すぎるだろ。過去に背負ってきた重責の中でもぶっちぎりに重い。数千万の機材をぶっ壊して会社からトンズラかました後輩の責任を俺一人が負わされそうになった時以来の重さかも。


「え? オッモ?」

「あ、いえ、子供にはいささか……というか荷が勝ちすぎているかなと。人様の命や寿命をあれこれするなんて重すぎやしないかなと」

 

 詳しく聞くのは怖いが、ここで有耶無耶にしてしまうと後で馬鹿でかいツケを払う羽目になる可能性がでてくる。馬鹿でかいのはケツと胸だけでいい。本契約とか言うのを説明もなく済まされる前に必ず確認しておこう。


「そんな大それたものを軽々と――それこそ出会って間もない相手に託すのはいかがなものかと。するにしても事前に説明をしてもらう権利が僕にはあって、エルナトにはそうするべき義務が発生していると思うよ」

「そっか、自分の気持ちばっかで突っ走っちゃだめなんだよね。二人で生きていくならちゃんと相談しないとだもんね!」


 とても前向きなのは好感が持てるがそうじゃない。


「そうじゃなくて、二人で生きていくなんて僕は明言していないよ」

「……え? 番になってくれないの?」


 なにそのこの世の終わりみたいな顔。感情が耳に出るんだな。笑っているときはピコピコ動いていた長い耳も今ではしなしなと力なく下がっている。


「や、ほらっ! こ、子供もつくるから二人じゃないでしょ? 番になるってことは家族も増えるかもしれないじゃないか」


 完全に日和った。


 エルナトの表情があまりにも悲愴的だったので強く言えなかった。それに裏で続けていた妄想の中ではすでに子供を三人も産んでもらい、目標を100人に定めたところだったので自然と子供の話題が出てきてしまった。


「ユノはそんな先のことまで考えてくれたんだ!?」


 長耳がシャキッとした。

 もうどうにでもなれ。


「それはそれとして有耶無耶にできないのは寿命の話だ」

「うにゃむにゃ? どういう意味か教えて」


 可愛いかよ。妄想の中では猫のコスプレをしてもらって四人目を仕込もう。


有耶無耶うやむにゃは――曖昧な態度とかはっきりさせないままにしておく状態の事ね」


 俺まで若干噛んでしまった。俺が噛んで言い間違えても別に可愛くはない。


「それで話を戻すけど。念のため寿命ができるっていうのはどういう意味かを教えてもらえるかな。心構えが変わってくるから」

「エルフは精霊や魔族たちと似ていてね、存在が希薄な分、契約を大切にするんだ。世界との契約を切っているのが今の私の状態で、他の生き物と新たな契約を結んだ時点で寿命ができるの。他の種族でも契約はできるけどエルフとは少し意味合いが違うかもね。だって私たちエルフほど孤独な種はいないからさ」

「孤独な種……」

「元々エルフは自我を持たない存在だから孤独を辛いものだとも認識していないんだけどね」

「でも、エルナトは自我を持ってるじゃないか……。何年も前から自我を持っているような口ぶりだった」

「数百年かな。ずっとひとりだったよ。あぁ、そんな暗い顔をしないで! 孤独があったから、この子とも、そしてユノにも出会えたわけだしさ」


 俺が同情してしまったのを察したのか、明るく振舞うエルナト。どこか無理をしているようにも見えたのは気のせいではない。童貞は恋愛の機微には疎いが感情の動きには敏感である。「あ、この人俺のこと苦手だな」という勘は異様なほどに鋭く、ほんのわずかな所作からも見抜けるほどだ。


「気にしないでって言いたいけど、気にさせちゃったのは私だもんね。ごめんね。それにありがとう、一緒に悲しんでくれて」


 エルナトも対人経験が少ないわりにはひとの感情をうかがうのが上手い。その勘のよさは良妻になる才を秘めている気がした。たとえば、男には「ちょっとだけおっぱいが見たいなぁ」というときがある。そんなとき、すぐに察しておもむろに見せてくれたりするタイプがエルナトなのかもしれない。むろん、おっぱいなど一度見たら見るだけでは済まなくなるのだが。


「にゅう?」


 いやおまえじゃない。確かにお前にはおっぱいという仮りの名を付けたが。

 そういえばお前は精霊だって言われていたな。


「じゃあさ、この精霊も契約すれば結婚できるの?」

「にゅううう!!」


 張り切るなよ。例えばの話だ。お前が俺好みの美女だったらの話だからな。

 スライムと結婚したと周囲に知られてみろ、間違いなくオナホールとして使っていると思われるだろうし、間違いなくそうしてる。オナホール扱いしているのに愛情と愛着をわかせまくってる。


「結婚とは本質的に違うけど、契約をすれば身に余る力が手に入るかもね。この子って普段は無口なんだけど、ユノの前では浮かれているのかよく喋るんだ。だからユノにその気があるなら本当に契約できちゃうかも。もちろん、私の場合もそう。ユノにその気がなければ契約は結べないんだ。無理やり一方的に結ぶってことはないから安心してね」


 精霊と契約を結ぶと身に余る力が手に入るらしい。

 契約をしても俺にメリットがあっても精霊にはないように思える。実に怪しい。

 前世でもオイシイだけの契約を持ちかける奴というのは胡散臭くて良い印象をもてなかった。いたいけな少女に魔法少女になってほしがるあいつとかな。


 力が欲しいなんて下手な欲目はかかずにいよう。懐いてくれているというならそれはそれでいい。


「それにしてもユノの魔力量はとてつもないよね。回復しきってないはずなのに濃くて……すごくるもん。それも生まれつきなんだ?」


 なんか一瞬エッチな雰囲気が醸し出された気がする。エッチだと断定するには童貞には難しいラインだった。もっとこう谷間をみせるとか、胸を押し付けるとか、そういうストレートな表現でないと明確な判定ができない。なんとなくエッチだなぁ――どまりである。


「魔力の使い方は最近になって少しわかった程度で、量がどうとかいうのは考えたこともなかったし言われたのもエルナトが初めてだね」


 あといくつの初めてを貴女に捧げてしまうのだろう。童貞だけはアリーシャに捧げたいのでそれだけは許してほしい。無理やり奪おうとするならば俺もエルナトのあらゆる処女を奪ってやるから覚悟しろ。妄想の中では俺が入っていない穴はないがな。


「ふーん? じゃあ魔力の使い方もちゃんと習ってないんだ?」

「腹の下に集まってきた熱いものを一気に外へ放出する……感じでやってる」


 射精の説明みたいになってしまった。


「ふんふん……うん、わかった。じゃあユノが家に帰るための第一歩として、まずは魔力の使い方を教えてあげるよ」


 そうだ。帰らなきゃいけないんだった。危なくエルナトと一生ここで甘い生活をして、子供を山盛りこさえてユノ村を作るところだった。俺は村人Aと道具屋を兼任する。やぁ、ここはユノ村だよ。買ったものはすぐに装備していくかい? コンドームは装備しないと意味が無いよ。処女を売るんなんてとんでもない。的なね。


「その代わりユノも私にいろんなことを教えてね」


 よかろう、エロんなことをおしえてやる。


「そうだね。僕が知っていることなら惜しまずそうするよ。じゃあさっそく……といきたいところなんだけど、ごめん、その前にお腹空いてきたかも」


 ずっと眠っていたとは言え腹は減っている。当然だ。

 魔力ポーションである程度の補給はかなったようだが、それでも足りていない。一週間ぶりに起きてこれだけ舌が回れば大したものだろうが、俺は育ち盛りの伸び盛り。サカリ盛りになるまで下の息子にもしっかり栄養を与えて育てていきたい。いずれは愚息にエルナトも世話になるかもしれないのだからしっかり可愛がってほしい。


「それもそうだった。気が利かなくてごめんね。一応乾燥させた果物とかならあるけど、固形物はまだつらいかな? 噛んで食べやすくしてあげようか?」


 エルナトに他意はなく親切で言ってくれているのはわかる。




 でも駄目だ。新しい嗜好に目覚めてしまう。

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