第17話 新たな性的嗜好も目覚める朝

 持てる魔力の全てを投じた魔術を魔物の軍勢に向けて放ち意識を失った。


 失ったはずの意識が戻ってきたのを感じる。

 生きているのか、死んでいるのかどちらだろう。


 死んだのだとしたら流石に死ぬのは早すぎた。童貞を捨てるために異世界に送り出してくれた神様と会うのは少々気が重く億劫だ。

 なんだか偉そうで有難いことをべらべらとお喋りになり、次に会う時は一柱の神にしてくれるとかなんとか宣っていたが、この状況でもしてもらえるのだろう。


 神になどなりたくはないので、もう一度人としての人生を歩ませてほしい。童貞がどうのこうのではなく、今の家族やアリーシャと別れるのはあまりにも辛い。


 目を開けることが出来ず、周囲を確認することが出来ない。死んでいるならば目を開けることを意識せずとも周囲を視ることができるはずだ。それに家族やアリーシャのことをはっきり覚えている。いつもは死んだ直後、死ぬ前の記憶はもやがかかって曖昧であやふやなものなるというのに。


 ということは、俺は生きている。


 ――ポイン


 何やら柔らかくて心地の良い感触が頬から脳に伝達される。

 なんだろう、この柔らかくて懐かしい感触……。落ち着くのに落ち着かない、いつまでも揉んで撫でて舐めて吸って舌で転がしていたくなる感触のもの……そんなものは考えるまでもなくわかっているだろ。


 意識を失っていた現状、おそらくどこかで寝かされているのだろう。そこへ不意に「ポイン」と柔らかいものにぶつかったならば、言うまでもなく、間違いもなくおっぱいしかない。


 厳かな壇上にのぼり拡声器を使って高らかに断言したい――これはおっぱいであると。


 あり得ない話だが、もし仮にこれがおっぱい以外の何かならば、それは犯罪だ。乳感期待罪で懲役30年以上が確定する大罪である。そんな罪を好き好んで犯す愚か者はそういまい。


 おっぱいだと気付いていても、おっぱいだとは気付かない振りをするのがラッキースケベの作法であり、紳士の嗜み、男のロマン。

 目も開かない状態で全身全霊の力でもって手を伸ばすも、引きつった痛みが全身を襲う。


 全身の筋が切れそうで、骨が軋む音までした。


 だがそれでもかまわない。肉体など滅んでも構わないのだ。二度とこの体が動かなくなってもいい。今動かなくちゃ何にもならないんだ。今だけでいい、悪魔でも天使でも誰でも何でもいいから俺に力を貸してくれ。この手だけは伸ばさなければならないんだよ!


 ――むにゅう


 やっとこさっとこ動かした手から感じる至福の感触。柔らかく、そして温かい。いつまでもこうしていたくなるような優しい肌触り。自分から俺の頬に触れてくるこれは――


 これは間違いなく……


「にゅう」


 そう、乳だ。


 ん?


 しかしながら様子がおかしい。しばらく手を当てたままにして、目を開く努力をする……目を開けることに努力したのなんて初めてだな。赤子の頃でも視界がぼんやりしていただけで開くには開いていた。


 閉め切られたシャッターのように瞼が重い。瞼の下には俺のスタンドがおり、努力と気合と根性で瞼を持ち上げている――そんな妄想をしながら力をこめると、徐々ジョジョに開かれていく瞼に隙間が生じ、灯りのようなものが網膜に届き視神経を刺激する。


 さぁ、そこにはどんなおっぱいちゃんがいるのかな。初めましてこんにちは、俺の可愛いおっぱいちゃん。触った感触からして完全な生乳で、子供の手からこぼれそうなおっぱいだったね。


「にゅう」


 重たい瞼を持ち上げて何とか目を開ききると、視線の先にあるおっぱいと目が合った。頬を擦り付け、手で触り、触覚を満足させていたモノと目が合ってしまう。


 決して乳首と目が合ったわけではない。俺と目が合ったもの、それはおっぱいではなく――魔物だった。


 俺は魔物をおっぱいだと思い込み有り難がって触っていたのか。

 何たる不覚。何たる錯覚。何たる失態。

 おのれ魔物め、貴様には乳感期待罪で懲役30年以上の刑が確定した。男の純情を弄んだ罪は重い、覚悟しろい。


 や、覚悟をするのは俺か。

 動けない状態で魔物と接敵しているのだから。


 死ぬつもりではあったが何とか生を繋ぎとめることができて浮かれていた。尚且つおっぱいを触ることも出来たので、これを幸運と呼ばずに何と呼ぶのかと浮かれてしまっていた。だが実際はおっぱいではなく魔物で、生きながらえたかと思えば目覚めた瞬間に詰んでいた。


 運が良いんだか悪いんだかわからないな。

 おっぱいの正体はスライムのような白い魔物だった。さっきの生き残りなのだろう。一匹残らず吸い込んだつもりだったが、自分もいきていることから察するに途中で魔術が消えてしまい始末し損ねたのだろう。


「にゅう……」


 つぶらな黒目が意外と可愛い。こんだけ柔らかいなら愛棒をぶち込んだらさぞ気持ちいいだろうな。


「にゅうううううううううううううううううううううううう」

「ッ!?」


 急に叫ぶな。びっくりして心臓が跳ねたじゃねーか。

 もうろくに動けないんだ、一思いに殺してくれ。でも一息にお願いします。痛いのは嫌だ、即死で頼むぜ。


「あれ、目覚めたんだ?」


 誰だ、この聞いただけで美人と分かり愛棒に直接語り掛けるようで前立腺に響く美声の持ち主は。こんな美声を忘れるはずがないので知り合いではなさそうである。


 万が一の話だが、もしこの美声で美人ではなかった場合、気は進まないがおっぱいを揉ませてもらい罪を贖ってもらわなければならない。ふふ、美人でも美人じゃなくてもどう転んだって俺が幸せになるロジカルトリック。我ながら完璧だ。魔物が鼻先にいることを除けば完璧な状況だ。


「ここは誰ですか? 僕は……どこ?」

「記憶が混濁してるんだ? 自分の事が思い出せないん? 言葉もなんかおかしいねー」

「いえ、冗談です。意識も記憶もはっきりしています」

「むっ。からかったの?」


 冷たい空気が流れている。

 滑った空気も俺は嫌いじゃない。

 調子に乗って初対面であろう相手に失礼なことをしてしまったのは反省すべきだな。


 でも仕方ないじゃないか。だって生きているんだもの。また家族に会える。最有力妻候補(アリーシャ)に会える。そう思えばテンションぐらい上がるさ。そして鼻先のスライムがテンションを下げさせてバランスをとってくる。


「記憶はあるんだね」


 お話よりもこのスライムを何とかしてくれないかしら。


「君、一週間も寝てたんだよ」

「ふーん、じゃあ一週間は起きていられるな」

「そうなの!?」

「冗談ですよ」

「むっ……またからかわれた」


 素直な美声だ。ついからかいたくなる。


「床ずれしないようにその子が頑張ってくれてたんだから、感謝の言葉ぐらいかけてあげなねー?」

「その子というのは、この子で?」


 むにゅりとおっぱいの様な感触の魔物を鼻先で押すと「にゅう」と鳴く。


「そうだよー。自分が下敷きになって君の体を動かしたりしてたんだから」


 それは失礼した。てっきり魔物かと思った。この美声の言うことが本当ならお前良いやつだったんだな。いや魔物には違いないんだろうけども。


 しかし状況が読めないままだが、感謝の言葉は述べておこう。俺は礼儀正しさにおいては町でも右に出る者はいないと言われたほど礼儀正しい男の子。将来はアリーシャの父親ゴードンさんにも「娘さん、いい具合でしたよ。ごちそうさまでした」と礼儀正しく報告にいくつもりである。


「にゅう」

「にゅうう?」

「にゅうにゅう」

「にゅうううううう!」


 おっぱい型の魔物が嬉しそうに飛び跳ねて器用にくるくる回りだす。


「にゅっにゅ!」

「にゅふふう」


 可愛くて笑ってしまった。


「えっ驚いた、あなたその子の言葉がわかるんだ? 会話までできちゃうの?」

「いえ、全く。適当ににゅうにゅう言っていたら盛り上がってしまっただけです」

「……何やってんのさー」


 今度はからかったわけではなく、自分から騙されに来たのだから俺は悪くない。


「はぁー……もう」


 呆れた様子を隠しもせず盛大にため息を吐く美声の主。

 すかさずバレないようにその息を吸う努力を開始する。

 ため息を吐くと幸せが逃げると聞く。ということは今ここには美声の主が放った幸せが漂っていることとなる。だから俺はその幸せを吸っているのだ。逃げた幸せを吸って俺が幸せになるためにだ。幸せのリサイクルである。決していやらしい意図があって吸っているわけではない。俺が欲しいのは幸せなのだ。


 幸せを吸おうにも顔が見えない。顔が見えなければ、逃げていく幸せの軌跡も辿れない。体が動かないどころか頭すら持ち上げられないことに、今更になって気付く。瞼すら開けられなかったのだから、それもそうだろう。


「どうしたの? 動こうとしてる? まだしばらくは動けないと思うよ」

「何故そんなことがわかるのでしょうか」

「だって魔力がほぼ空っぽだったもん。生きてるのが不思議なぐらいだよ。でもちょっぴりいい匂いはしてるかな」


 だって、だもん――大人然とした美声から紡がれる「だって、だもん」は耳を通って胸へと響き、血流にのって全身を駆け巡り愛棒に到達するとピタゴラスイッチの旗が立った。まるで心が洗われるようではないか。子供っぽい口調と大人びた美声のハーモニーとは中々に乙なものよ。


「匂いですか。お姉さんもすてきな声をしていますよ」

「そう? 自分じゃわからないし初めて言われたから……照れるや」


 初めてを頂戴した責任は取らせていただきます。

 美声の主の声が鼓膜を震わせるたびに愛棒が震える。満身創痍のなか、体の中で一番元気なのが愛棒というところが如何にも俺らしくて誇らしい。

 

 それにしても変わった天井だな。まるで木の中にいるみたいだ。


「そこそこ回復はしてるみたいだけど、辛うじて生命維持が出来ている程度だね。今は無理はしちゃダメだかんね」

「僕はそんな酷い状況なんですか……ところでここは何処でしょう」

「エルフの村だね」


 きた。これには思わず心でガッツ星人(ポーズ)。

 俺はこれから美女エルフに囲まれた淫靡で淫らな性ライフが始まってしまうのか。


「と言ってもここは外れにあるから正確には村じゃないね。エルフの村の近くにある小屋かな」


 なんだ……淫らな性ライフは始まらないのか。


「残念そうだね。何か悪い事でもたくらんでたんだ?」

「いえ、そういう訳ではないです。ただエルフには一度会って見たかったものですから」


「そうなんだ」と美声の主は、どこかへ行ってしまう。

 やだ、一人にしないで。いきなりエルフの村の外れにいるとか言われて、一気に不安になったの。

 エルフたちに居場所がバレたら「人間だ! 狩れ!」とか言われて殺されたりしない? 「童貞だ! 彼!」とか馬鹿にされたりしない? 


「にゅうう」


 偽おっぱい、お前はいてくれるのかい?

 美声の主のところにはいかないかな?


「にゅにゅ!」

「……にゅっふすッ!!」


 鼻に埋まるのはやめろ。大きさ的に口も鼻もふさがれて呼吸ができなくなる。吸い殺すぞ。


「にゅう……」


 なんだ謝っているのか?

 そうか。悪気はなかったんだな。きっと俺を慰めるために触れてくれたんだ。

 悪かった。俺はお前を誤解していたようだ。


「にゅうにゅ?」


 ああ、わかった。これからはずっと一緒だよ。俺を離さないでね。俺もずっと離さないから。


「にゅう!!」


 しばらくおっぱいと心を通わして鼻先で遊んでいると、美声の主が戻ってくる。


 親鳥が帰ってきた時の雛鳥の心境をラーニングした。ろくすっぽ動けず、頼る者がいない今、彼女に依存するしかない。


 おっぱいが世話をしてくれていたとは言うが、美声の主が保護して匿ってくれていたのは事実だろう。好感度はうなぎ登りの滝登り。俺はこの人の為なら童貞だって捨てられる。むしろお願いだから捨てさせてくださいと土下座したい。何でもします、何でもさせてください。逆立ちオナニーをしてそのまま自分の顔にかけろとか、そういう過酷マニアックなものは勘弁願いたい。いえ、やれと言われればやりますとも。いいですとも。


「はいこれ飲んで」


 飲んで? まさか気絶している間に俺から搾精しておいた子種ではないだろうな。行為プレイの果てに顔にかかるのは許容できるが、あとになって自発的にというのは無理だ。一度咀嚼した食べ物を皿に戻してもう一度口に入れるのは抵抗がある。それと同じだ。そういうのは前世で仲の良かった加藤君の領分だ。彼は「精子はお肌に良い」というデマを真に受けて自分で自分の顔に――いや、この話は思い出すと気分が悪くなるからやめておこう。


「コレとは何でしょう。申し訳ありませんが体が言うことをきかず、手に取ることすら叶いません」


 何も俺の出したものとは限らない。もしかしたら美声のおっぱいかもしれない。

 おいおい、期待に股間が膨らみそうだぞ。


「これはお薬。自家製のポーションで魔力用のやつだね」


 ポーションでした。

 

「じゃあちょっと失礼して――」


 体がフッと軽くなる。

 上半身を抱きかかえられたようだ。肩に当たるは美声の胸。全神経を肩に集中させ、その感触をいつでも思い出せるようにインプットする。アリーシャはまだおっぱいとは言えないのでノーカウントとして、肉親以外の胸に初めて触れてしまった。


 血の繋がりのない異性の胸に触れる――これもう半分童貞卒業したようなもんだろ。 


「うぁ……」


 起き上がると体のだるさが顕著になる。血流が一気に下半身へ落ちていくような不快感。貧血に似た眩暈もする。


「ごめんね、辛かった? 看病なんてしたことなくってさ。口に入れてあげるからちゃんと飲み込むんだよ。苦いからって吐き出したらお尻から入れて吸収させるかんね」

「え」

 

 聞き捨てならないことを言い捨てられ、こぽっと音がしたあと顔が目の前に。


「んっ……」


 甘い声を出したのは俺だ。


 四百年にして人生初めてのキス。

 口内にはポーションを押し込む様に舌が侵入してくる。入社式に並ぶ新入社員のように緊張した様子でぴたりと止まってしまう俺の舌。童貞の舌はあがり症なのだ。

 相手の舌が触れると反射的に奥へ引っ込んでしまう。まるでタコの足だ。俺の口はタコの足に侵入されたチンアナゴの巣だ。侵入を許しなすがままに蹂躙されるチンアナゴだ。


 ぷはっと息を吐く声がする。


「苦くて不味いかもしれないけど我慢してね。良薬は口に苦いものだって本にも書いてあるからね。でもお尻に入れられるよりはずっといいでしょ?」


 滅相も御座いません。甘い思い出を頂きました。むしろわたくし、お替りを所望します。舌で入れてくれるならお尻からでも構いません。


「どうしたの固まっちゃって。そんな苦かったんだ? 魔力はすぐにある程度回復するはずなんだけどどうかな」


 なるほど言われてみれば体が動かせる気がする。というか愛棒がギンギンになっている。なんだこれは。子供の体とは思えないほど下腹部が熱い。


「いえ、ありがとうございます。最高に美味しかったです。おかわりが欲しいぐらいに」

「嘘だー。あんなの美味しいわけないよー。またからかってるのー?」


 ケラケラと笑っている美声。笑い声も美しい。


 兎にも角にも上半身を自分の力で支えられる程度には回復した。

 改めてファーストキスを無理やりに奪っていった唇泥棒のご尊顔を拝見しようではないか。美人だったら感謝と求婚の言葉を。ゴブリンやオークならば次に会うのは法廷だ。


 そんな誓いを胸に秘めて美声の主の顔を見る。


「――っ!」


 言葉が出ない。言葉にならなかった。

 彼女は、美声の主は、即座には形容できぬほどの美人だった。


「どうしたの?」

「あ、あ、あっ――ああっ」


 あまりにも美しすぎて、掘られているみたいな声しかでない。

 

 一言で言えば美の集大成。金よりも白に近い真っすぐにシルクが流れるようなロングヘア。釣り上がった目じりに薄い緑色の瞳。その両目の間から始まるは整った鼻筋。薄い唇の血色はよく、桃のような色合いをしている。


 口調から察して勝手にショートヘアのきつい美人さんかと想像していたが、いい意味で裏切られ、富士山よりも高くなっていた期待を軽々超えられてしまった。


 そして何よりも特徴的なのは先ほどからぴこぴこと忙しなく動いている特徴的な耳。自身の耳と比べずとも、一目で普通の人間よりも長いとわかる。そしてここがエルフの村の外れにあると言っていたことから察するに――




 ――この方さてはエルフだな?

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