第12話 前世で仲のよかった男
驚いてへたり込んだ時点ではまだ我慢出来ていたのだが、既に
「でもみんなにはナイショにしてね」
耳まで真っ赤にして、首を傾げて笑っている。クッキー焼いたんだけど失敗しちゃってちょっと焦がしちゃった――みたいな軽いノリで言うじゃんよ。
とても女の子らしくかわいらしい照れ方で好感が持てる。だが、彼女はお菓子作くりに失敗したわけではなくお漏らしをした直後である。いつまでもくよくよせずに笑顔でカバー。俺の好感度ゲージの天井をぶち抜くつもりか。
アリーシャがこうなってしまったことについて、半分は俺の責任だという自覚はある。意図しなかったとはいえお漏らしに感謝をして、さもお漏らしが尊いかのように熱弁を振るった。それによりアリーシャは、従来の性基準を曖昧化させられアブノーマルな未来へと一歩踏み出してしまった。
誤解をさせているのだと気づいているのだから解いてあげるのが筋だろう。だがアリーシャのあの笑顔を見てしまうとどうしても伝えられない。だいたい今さらなんと言えばいい。「いや、六歳で漏らすのはありえないでしょ」などと笑顔のアリーシャに言えるか? 馬鹿な問いだ。口が裂けても股が裂けても肛門に花を咲かされても言えるものか。
アリーシャが本来の調子を取り戻しつつある今、下手に心を乱してやりたくはない。さきほどまでの取り乱した姿が嘘か幻かの様に、いつもの笑顔を向けてくれている。やはりアリーシャはこうでなければいけない。アリーシャのこの笑顔のためならば魔物にだって挑めるというものだ。
それにしてもお漏らしをやらかしておいて、ニコニコ笑っていられるアリーシャは凄まじい精神力をお持ちだ。仮に俺が人前で漏らしたなら一週間は引きこもり、一生漏らした場所には近寄らないだろう。
――お漏らしと言えば、前世で仲がよかった加藤君だ。
彼はある日、ちょうど騒がしくなる昼休み突入直後に俺をつかまえて「オムツを履いて高校に登校している」とカミングアウトしてきた。
親友の俺にだけは隠し事はしたくないなどと聞こえのいい理由をつけていたが、その実、変態的承認欲求を満たすために俺を利用しただけなのだろう。
そんな事を真正面から目を合わせて告白されても、正直どんな顔をしていいかわからず挨拶に困る。それは俺に語らず墓まで持っていくべき話だろうし、是非そうして欲しかった。
加藤君は場所を変えて詳しい話をしたいと俺を教室から連れ出そうとする。俺は昼食がとりたいからと加藤君から逃げ出したが、しかし回り込まれてしまった。レベルの高いモンスターに遭遇した気分だった。
しかたがないので渋々加藤君の話に耳を傾ける。彼は授業中、テスト中、女子と話しているとき、登下校途中の電車やバス内、時や場所を選ばずにあらゆる公共機関や公共スペースで度々放尿をしているのだと語る。通報をしようと携帯電話に手を伸ばすが、加藤君は俺の腕をつかみ静かに首を振る。その動作に得も言えぬ凄味と恐怖を覚え、生唾を悟られぬように静かにのみ込んだ。
「特に女子と話しているときにする背徳感は凄まじいんだ! 臭いでばれる前にトイレに向かって駆けていると……一般市民には正体がばれてはいけないダークヒーローになった気分になれるんだ」
微塵も共感できない話を熱く語ってくれた加藤君。
お前はダークヒーローではなくダークだ。一般市民に害をなしヒーローに狩られる側だ――そう言ってもピンとこないらしく、薄ら笑いを浮かべるのみで、俺の視点から性的特化型のジョーカーにしか見えなくなっていた。その後も嬉々としてジョー加ーの話はつづき、結局俺は昼食を食べ損ねた。
加藤君がそんなカミングアウトをした翌日、事件は起きる。
「例え一発だけの関係で、それが一方的な愛であっても妥協してヌくのは相手にも自分のイチモツにも失礼」という独自のオナニー論を提唱する加藤君は、持論を元に最高の一発の為に夜遅くまでネタを探していた。だが納得のいくネタが中々見つからずにヌケないまま夜は更けていく。翌朝、加藤君は携帯に設定しているアラームにも気付かぬほど熟睡してしまい、登校時間ギリギリに慌ててオムツを装着して家を出た。慌てる様な状況であっても我々が靴下を履くような感覚でオムツを履くことを忘れないのが、加藤君の異常性を如実に表しているエピソードだ。
だがその慌てて装着したというのが仇となる。
加藤君は自身が装着したオムツの締めが甘く、いつもならありえない、わずかな隙間ができていることに気付いていなかった。ホームルームの始まる寸前に教室に飛び込んできた加藤君は、制服の下のオムツが緩んでいるとも知らず、自分の席に座るなりいつものルーチンワークだと言わんばかりに朝の一番搾りを全力でぶっ放す。
――しまった!
彼がそう叫んだ時にはもう遅かった。そもそもしまっていない。股もオムツもオツムも緩いのだ。
堰を切った鉄砲水のように加藤君の液状老廃物はオムツの隙間から溢れ出し、止めることは叶わず、見る見るうちに彼を中心として放射状に広がっていき、気付けば周囲には広大な加藤湖が作り上げられていた。
わざわざ大量の水分を補給しながら登校していたのがさらなる仇となったと後に彼は反省していたが、反省すべきはそこではない。
「キャアアアア!」
「かと……加藤ッ! お前またっ!」
異変に気付いた隣の席に座る女子の悲鳴。教師の怒号。光る携帯電話のフラッシュ。教室は興奮と恐怖と狂気に臭気に包まれ、加藤君は天井を見上げてただ黙しているのみであった。そして全てを出し切った加藤君は席から立ち上がりこう言った。
「先生、トイレ。トイレは先生じゃありません」という小芝居を挟んでから教室を出た。
トイレに行くにしても今更である。俺たちの教室を汚す前に、最初からそうして欲しかった。なぜ出し切ってから行くのか。
その後、加藤君はトイレから戻ってくることはなく、自身の粗相あとを片付けることもなく早退した。それから一週間が経っても彼は学校に来くることはなく。元々女子たちからは警戒されていたのもあってか、不登校になってしまった加藤君に対してのクラスメイトの反応は冷ややかだった。
「いつか何かをやると思っていた」
いや、彼は毎日やっていたのだ。
「新聞に載ったときのためのコメントを考えておこうぜ」
小中学校の頃の卒業アルバムとエピソード提供は俺に任せろ。
「でもこれで不穏の種が消えたね」
流石にそれはあんまりな言い方ではなかろうか……とは言えない。
盛り上がるクラスメイト達の加藤君の陰口は止まらない。
最終的には、このままドロップアウトしてくれた方が日本社会のためだとまで言われる始末。
加藤君は頭と要領は悪いが勉強はできる。成績も学年で常に上位にランクインしていた。そんな彼が誤って日本を引っ張るトップ層を目指しでもすれば、いずれ日本は尿で沈んでしまうかもしれない。そうなるぐらいならば彼がここでリタイアしてほしい。それが一番の国益だ。皆、嘘か本気か冗談か、そんな話をして笑っていた。
しかし現実とは残酷なものである。
残念ながら放尿事件から二週間後、加藤君は堂々と登校してきたのだ。登校せずに引きこもっていた理由も、制服をクリーニングに出していたからというもので、特段ショックを受けた様子もない。
尿と同じくどこから漏れたのか、彼のオムツ放尿事件はいつのまにか学校で知らない者はいない、周知で羞恥な事実となっている。だが彼は、悪しき噂がなんぼのもん。悪評なんてどこ吹く風よと受け流し。周囲の出す雑音に怯むことなく、彼を覆う嫌悪の空気に屈することも無く。自分の在り方を曲げずにオムツを履いたまま無事卒業。そして見事に一流大学へと進学を果たしたのであった――
クリーニングが云々とは言っていたが、俺からの連絡にも三日ほど反応しなかったことから、さしもの加藤君も多少のダメージを負っていたものと推察する。鉄のようなメンタルを持つ加藤君でさえ、壊れた心を修復するのには三日はかかるのがお漏らしである。
だというのにアリーシャはちょっと顔を赤らめて終わりだった。
これが勇者の力……。勇者はお漏らしなんかには屈しない。俺が勇者になろうなんてのは、はなから無理だったのだ。
しかし排尿に忌避感がないというのは将来に莫大な期待が持てる。ファンタジーなこの世界の事だ、きっとレモネードの様な甘酸っぱい味がするに違いない。これは将来が楽しみではないか。レモネードは大人になったら頂きますゆえ、それまでは寝かせて風味を増しておくんだよ。
「ユノくんだからいいけど、他のひとにはしられたくないかも」
それはどっちだ。俺には特別お漏らしを見せてくれるのか。俺なんて眼中にないから見せられるの。
なんにせよ内緒にしたいならば証拠があってはいかんだろう。濡れて気持ちが悪いのか、もじもじしている下半身に指を指し、下に履いているおパンツちゃんを洗うことを提案する。
お漏らし娘は「そっか!」という顔で笑う。
「やっぱりユノくんは頭がいいんだね!」
尊敬の眼差しがやや痛い。
この程度で敬わないでほしい。君の方がよっぽど尊いよ。
洗うという発想にまで至らないのは心配だ。本当に大丈夫かこの子。将来はつきっきりで世話をしてやらないとダメかもしれないな。
何の世話って、そりゃ
「じゃあ洗ってくるね!」
突然アリーシャがスカートを脱ぎ始める。
何やってんだこのお漏らし娘。
突然のサービスシーンに
散々いやらしい妄想をしてきたのに、いざ本番となると体と愛棒が硬直してしまう。
「や、ちょっ……!」
このまま見ていたい気持ちもあるが、彼女の情操教育上よくない。お漏らしをよしとした時点で教育上もなにもない気もする。
「あ、あのねアリーシャ、よく聞いてほしいんだ」
「はい!」
パンツをさらして元気よく手を上げている。
「いいかい、異性の前でみだりに服を脱いだり肌を見せるのは褒められることではないんだ」
俺だけ前だけなら褒めちぎってあげるよ。
「なんでー?」
「育ててくれたご両親の品位や品格を問われてしまうし、なにより君のためにならないからさ」
納得させるには理屈が弱く、理由が答えになっていない。
これでは子供を丸め込もうとする大人のずるいやり方だ。こういうときばかり大人らしく振舞い、しょうもないところで大人げない自分がイヤになる。
「むずかしくてよく分からないけど、ユノくんだから脱いだんだよ。それでもダメ?」
「ダァッ――!」
駄目じゃない!! そう言いかけて裂帛のウルトラマンみたいな声が出てしまった。
そんな俺の態度が面白いのか、可愛く小首を傾げて笑う小悪魔アリーシャ。
守りたい、その角度。
「だ、ダメだよ」
「なんで?」
いつでもどこでも脱がれたら暴れん坊な愛棒がきかん坊になるからさ。
「女の子はね、大切な人に、大切な時にしか肌をみせちゃいけないんだよ」
つまり将来の俺だ。俺以外に見せていたら泣く。愛棒と一緒にドバドバ大泣きしてやる。
「うーん……わかりました!」
あ、わかってないなこれ。
俺のふんわりした説明では説得力が足りなかった様子。俺が非童貞だったならもっと自信を持って発言できて、具体的で快活な説明をしてアリーシャの危機感を刺激し、「じゃあユノくんが守ってぇ?」とメスの顔にさせられたのだろう。
だが俺は童貞だ。そんなことはできやしない。そう思うと口惜しく……嗚呼、駄目だ、病みそう。闇に堕ちそう。
世間というものはいつだって童貞に対して冷たくて厳しいものだった。前世では美容室なんて前を通るだけでも緊張した。なんでガラス張りで外の様子が丸見えなつくりなんだよ。前を通るたびに中から見られていると思って緊張するし、中の人たちも外から見られるのは見世物みたいでイヤじゃないのか。初入店の客にはアンケート用紙を渡して童貞チェックをするという噂を聞いてから増々近寄れなくなったわ。
童貞はとても繊細な生き物だから、改札が開かなっただけでも自分が童貞だから開かないんじゃないかと被害妄想が加速する。そのうち童貞禁止車両とかもつくられてどんどん肩身が狭くなっていくんだろうな、とか。カタツムリですら保護団体に守られているのに童貞を守ってくれる団体がないのは何故なのだ――
自分の被害妄想が楽しくなってきてノリノリになってきたところで、アリーシャがいつの間にかパンツを脱いでいると気づく。気づいたころにはアリーシャは小ぶりなお尻を振りながら飛沫をあげて川へ入っていってしまった。
しゃがんで川へ下半身を浸け、下着とスカートを洗い始めている。
お股に魚が入ってきたらどうするつもりなのだろう。処女膜はもっと大切に守ってほしい。あの子には想像力と危機感が足りていないし、美少女である自覚もない。
やはり俺が守ってやらねばなるまい。童貞だからと拗ねている場合か。
見慣れぬ女体の下半身をじっくり観察したい気持ちはあったが、信頼して脱いでいる少女を視姦するなど童貞の矜持が許さない。俺はただの童貞ではない。童貞を統べる童貞、童貞の中の王。誇り高き童帝だ。性に対する微妙な線引きを大切にしたい。
だが、ただ待っているのも暇なので先程の治癒魔術についてアリーシャに尋ねてみることにした。
「アリーシャはさ、前からあの不思議な力が使えたの?」
「ううん、初めてだよ!」
アリーシャの初めてもーらい。
こうやって一つずつ初めてを積み重ねていき、いずれ女としての初めてをいただきたい。
「そうかー。じゃあさ、どんな風に使ったのか教えてくれる?」
「えーっとねぇ……なんかねぇ、ユノくんを助けたい! 助けたい! 助けたい! っていっぱい考えて頭の中がユノくんで一杯になったらできてたかも」
イメージや想う力で魔術は発動するのか?
それなら母さんが魔術を使う時に詠唱をする理由はなんだろう。
現象に具体性や信憑性を肉付けするためとか?
過保護で甘々に甘やかす母さんだが、魔術書だけは頑なに読ませてくれない。そのためすべて憶測になってしまう。
「へー。意味わからないけど可愛いからヨシ」
「えへへー照れますねぇ」
笑顔が眩しいノーパン娘。照れるべきは下着を穿いていないところだぞ。
だがそうだな、そんなにノーパンがきにいったなら、もう二度とイエスパンティにならなくてもいいんだよ。生涯ノーパンはさすがに不安かい? 大丈夫、俺が守ってあげるから。俺の顔をパンティだと思って跨ってくれ。俺が生涯君のパンティになるから。
「他には何か覚えてる? たとえば魔力みたいなものを感じたとか」
「うーん……魔力なのかなぁ。お腹の下の方がムズムズして、お漏らししちゃうぐらい体が熱くなって、それが無理やり外に出ようとしたらお漏らしも一緒に出ていった感じかも」
お腹の下がムズムズしてお漏らしをしたら魔術がつかえたか……。つまり俺もお漏らしをすれば魔術を使えるかもしれないということか? その下半身のムズムズはムクムクやムラムラでもいいのだろうか。
考えても答えがないのだから謎は深まるばかりである。
やはり帰ってから母さんに直接たずねるのが一番かもしれない。
でも一応は試しに何かイメージしてみようか。
俺だって白夜の美魔女と呼ばれた魔術師の倅、もしかしたら才能があって火ぐらいは出るかもしれないし。
そうなったら俺も二つ名が欲しいな。白夜の美魔女の息子だから少しもじって……白液の魔術師とかはどうだろう! ……すごく一杯白いの出してきそう。絶対そのうち白濁のユノとかいって馬鹿にされるやつだ。
テンションのさがる未来を妄想するのは一旦中止して、両手を山に向けて目を瞑り、火を想像してみる。
「火、火、火、火……」
「ヒッヒッヒッヒーッ!」
真似して茶化してくるアリーシャが鬱陶しいけれど可愛くて仕方ない。
頭の中で漠然と燃え盛る炎や、具体的に焚火の火を想像するが一向に出てくる気配はない。
しかし下腹部からじんわりと熱の様な力が膨らむのを感じた。
「あっ、これか……? お腹の下が熱くなってくる、この感覚かな」
「ユノくんもお漏らしするの!?」
「そっちじゃねーよ」
とても嬉しそうな反応をされた。
一緒にお漏らししたいんだろうか。そういうことなら今度一緒にしようか。寝ているルイスの顔に二人同時でお漏らししよう。さぞねじ曲がった性的嗜好の弟が出来上がることだろう。
だが今は尿意はない。確かに似ているが尿意とは違う。
これが魔力なのだろうか。いや、でももしかしたら尿意かもしれない。もしこれが尿意なら引っ込めるのは不可能なほど熱くなっている。感覚でわかる。次の駅のトイレまで絶対にもたないレベルのやつがきている。このまま二人仲良くお漏らししてしまうのか。
過去に様々な妄想をしてきた。最強で無敵で無双の力を手にする妄想を何千何万回としてきた。でもこんなにも具体的で、はっきりと『力』が漲るなんてことは一度もなかった。妄想の中の俺だってここまでの力はなかった。これが尿意だったら、川の水全部抜く勢いのやつが出るだろう。
「今ならいける気がするッ……」
「もういくの?」
火山から噴出する火柱。噴火の衝撃波が雲を吹き飛ばし青空がひろがる……究極生命体のカーズさえも宇宙へ吹き飛ばした地球の力だ――
イメージがかたまりきると、下腹部の熱は限界を迎えたのか、器から水が溢れるように全身に熱がいきわたる。
「うぅーッ……炎よッ! でろ!」
「へ?」
次の瞬間、山頂から火柱が天たかく立ち昇る。
森がざわつき一斉に鳥たちが飛び立つ。
アリーシャもこちらと山を交互に見て口をあけっぱなしにしている。遅れてやってきた衝撃派と風で髪を真横に揺らし、悲鳴は轟音でかき消されていた。
さて……噴火させちゃったな?
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