第11話 お漏らーしャ

 


「先生を見ていると下腹部が腫れてくるんです。腫れをしずめる軟膏を塗ってくれませんか?」


 お医者さんごっこの出だしはこんな感じでどうだろう。


 シチュエーションには強めのこだわりを持つタイプで、自然な演技や本格的なものを好む俺だが、さすがに子供同士のごっこ遊びにそこまでの要求をするつもりはない。カルテがドイツでなくてもいいし、本物の軟膏を用意しろとも言いいません。軟膏の代替品はアリーシャの唾でお願いしたい……というのは無理筋だろうか。

 ではこういうのはどうだろう。怪我なんて舐めておけば治ると言いますが、実は先ほどの襲撃で愛棒を怪我してしまいまして――


「ねぇねぇユノくん」


 お医者さんごっこをどう楽しむかという妄想に浸る寸前、アリーシャの声によってサルベージされる。


 アリーシャには色々と聞きたいこともあったが、腰を落ち着けてもいられないので川から離れて歩きながら話すことにしよう――と、提案したものの依然としてその場にとどまり続けていた。動けない主な理由はアリーシャが俺に甘えて離れず立てないからだ。


「それで話ってのは……聞くまでもなくあの話だよね」


 謎の光りや治癒魔術の件だろう。


「やっぱりユノくんにはバレちゃってたよね……」

「そりゃあ目の前で見ていたわけだしね。アリーシャは隠しているつもりだったのか」


 ぶっきらぼうでトゲのある言い方をしてしまう。


「か、隠してないよ! 自分でもびっくりしちゃったし、すぐに言うつもりだったし……それよりもユノくんが死んじゃうかもって思うとそれどころじゃなくて、結局言いそびれて忘れちゃって……」


 自覚も心当たりもない謎の力が暴走してしまった――と、そう言いたいのだろう。

 山ほど質問してあの力を考察しようかと思っていたが、不安げなアリーシャをみているとそんな気勢も削がれていく。


 自分でも気づかぬうちに熱くなっていたらしく、冷静さを取り戻すとその勢いのまま血の気が引いていく。


 生まれたときから一緒に育ってきたのだ。アリーシャがあの不思議な力を隠していたわけではないというのはわかりきっていたことだろうに。だというのに今の疑るような返しはなんだ。アリーシャを傷つける意図があったとしか思えない。


 まさか俺は自分が無力だったからと、勇者になれなかったからと、みっともなく拗ねて子供に八つ当たりをしたのか? かわいそうになるほど必死に弁明をさせてしまい、それで溜飲を下げて冷静になったのか?


「あぁ……最悪だ」


 強い自己嫌悪に苛まれ、またしても体裁を保てなくなりかけている。

  

 わからないのはアリーシャも同じで、当人の方が困惑していて不安なはずであると何故思い至らなかったのか。まったく配慮が足りていなかった。自分が死にかけたのを免罪符に、少女へ惨い仕打ちを正当化しようとしてしまった。


「ごめんね? 怒ってる? お、怒らないでユノくん……」

「待っちょ待った待っと…………待って、落ち着いてアリーシャ。おこ、怒ってなんていないから」


 落ち着くべきは女児相手に本気で取り乱してかみまくっている俺の方だ。


「ごめんっ。意地の悪い言い方をして気分を悪くさせてごめん――それと、ありがとう」

「ありがとう?」


 綾波みたいな反応をさせてしまった。

 不機嫌そうだった相手がいきなり感謝しだしたら誰だってそうなる。


「うん、ありがとうアリーシャ。今こうして僕がここにいられるのはやっぱり君のおかげなんだよね」


 アリーシャは困惑した表情をうかべ、笑っていいのかどうかを決めあぐねている様子だった。


「ありがとう……なの?」

「そりゃあね。アリーシャがいてくれたから僕は生きてるんだ。今日みた景色は一生忘れない。生涯アリーシャに感謝して生きていくよ」


 アリーシャの表情が徐々に柔らかくなっていく。というよりも顔が真っ赤になっている。


「一生は恥ずかしいよー。来年には忘れてほしいかも」


 子供の力に嫉妬して短気を起こした俺と、命を救っておいて来年には忘れてほしいと頼むアリーシャ。人としての器が違いすぎる。六歳ですでに眩暈がするほどの差がついてしまっている。


「は、恥じることも照れることもないさ。もっと胸を張っていいんだよ」


 何もできずに助けられたクソ雑魚ナメクジの分際で随分と偉そうである。

 アリーシャが胸を張って生きる傍らで、俺はもっと俯いて生きるべきだ。


「そ、そうかな。でもユノくんが言うんだし……」


 アリーシャは俺から離れると言われた通り「むんっ」と胸を張ってみせる。

 俺も呼応するように愛棒をムンッとさせる。


「えと、本当にありがとうなんだよね?」


 人の命を救っておいて面白い問いだ。アリーシャはひとより自己肯定感が低いのかもしれない。

 期待の眼差しで俺を見つめているところから察するに、ありがとうより愛してるの方が欲しかったのかな? まったく、おませな欲しがりさんめ。


「もちろんだよ。本当にありがとうアリーシャ」 

「……そっか、うん! わたしがお漏らししちゃってもユノくんは喜んでくれるんだね!」

「ああ、そうさ! だからもっと自分に自信を……え?」


 


 今とんでもないことを口走っていなかったか?

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