第10話 妄想癖は治らない

 訳が分からないまま九死に一生を得てしまった。まじスペシャル。


 血が乾燥してかさぶたみたいになっている部分が少し痒いのが気になるが、体に痛みは全くなく、服は汚れたままだが血はぴたりと止まっている。


 アリーシャが起こしたであろう不思議な現象には心当たりがいくつかあった。

 まず一つは、アリーシャに傷を癒す魔術、治癒魔術の使い手としての素養があったという線。

 極めてまれではあるものの傷を治せる魔術を使える者は実在する――らしい。らしいというのは、俺が見たわけでもなく、本にのっている実例も少なすぎるからだ。

 治癒魔術詐欺などというものがあるそうなので、信じて騙される人がいるということは逆に言えば存在している証明なのかもしれない――などと思っていたわけだが、現にこうして怪我を治してもらったのだから少なくとも治癒魔術は本当に存在するというのは確定した。だからと言ってアリーシャが治癒魔術師であるかはまた別の問題だ。なぜなら、他の、もう一つの心当たりの方が濃厚あたりだと心の奥底では決めつけてしまっているからだ。

 これはあまりにも突飛で、他の様々な可能性から目をそらしている気もする。答えを決めつけてかかりストローの穴から問題を覗くように、自ら視野を狭めているのではないかと、そう考えてしまう。それはつまり、アリーシャに勇者の力が発現した――という線に他ならない。


 これが一番有力な気もするが、さきほどアリーシャに勇者がいるという話をしたばかりだったので、先入観から視野が狭くなりそう思い込んでしまっているだけの可能性もある。焦って答えを決めてかからず、いったん落ち着いて話を整理していくべきなのだ。

 しかし、アリーシャが魔物をぶっ飛ばした力はただの治癒魔術だけでは説明がつかない。俺が単純に弱すぎるだけで実はアリーシャの力はごく一般的な六歳児の能力値を逸脱するものではない……とかいう悲しい結論だけは勘弁願いたい。そうなったら一生尻に敷かれて生きる覚悟も今から決めなければならない。君の尻に敷かれて生きたいんだと叫ぶ、つまり生涯騎乗位宣言だ。


「ユノくん!」


 うっかりしていた。アリーシャを放って考え事に没頭してしまうとは。

 どこでも妄想に集中できるのは俺の長所だが、しすぎるのが短所だな。将来面接を受ける機会があったなら今のようにこたえよう。

 たとえば性奴隷を募集している美女がいたとしたなら、面接の際「集中力が高いのでいつまでも舐め続けられます。学生時代は特にアナル舐めに力を入れており、ふやけて皺が伸びきるまで舐めた実績があります」と、自分の強みを臆せず堂々とアピール。その際に腹から声を出して、相手の胎に響かせることを意識するべし。

 面接官も人間だ。不機嫌そうな応募者よりも明るい人の方がいい。私情を挟み、感じのいい相手を優先して採用してしまうものである。究極的な話、過去にいじめてきた相手と、仲のよかった相手が同時に応募してきたならどちらを優先的に採用するかという話。面接官であるご主人様に気に入られることだけを意識して挑むべきなのだ。

 面接に成功すれば性交は約束されたようなものだが、俺はあえて性行為はしない。あくまでもアナル舐め専用性奴隷なのだ。これが俺の天職だとばかりに生涯舐め続けるのみである。最初は否定的な扱いを受けるが、こういった矜持やアナルへの向き合い方に感銘を受け、俺の職人気質を好意的にとらえてくれる人々は必ず現れる。

 やがて息子や孫は無論のこと、老後は全盛期を知らぬひ孫たちにまで尊敬の念を抱かせてしまう。若い時分に開いたアナル舐め道場には、憧れを胸に、夢を肛門にと地方や国外から弟子入りにくる者も多くいた。同時に道場破りも盛んにおこなわれたが、ただの一つの敗北もなく、無敗のままにその生涯の幕を下ろす。


「男子たるもの舐めることはあっても舐められぬ者であれ」


 この家訓を大々的に掲げた二代目は活動範囲と肛門を拡大、国王陛下からの覚えもめでたく爵位を授けられる――

 続く三代目は一転して堅実な運営に拘り、弟子たちの教育に心ケツを注ぎ、見事国一番のアナル舐め一門の名を確たるものとした――


 ……また脱線してしまった。俺の妄想癖、これはもう短所でしかないな。


 まずはアリーシャと向き合い、助けてくれたことに感謝しよう。

 言葉と態度で示さなければ。理由や理屈なんて後回しでいい。


「アリーシャ……」

「ユノくぅうん」


 いや待てよ。感謝はしなければならないが、感謝しても感謝しきれるものではない気がしてきた。何せ一度は失う覚悟を決めた命を救ってもらったのだ。言葉ひとつで想いをすべて伝えられるなどと思い込むのは思い上がりも甚だしい。


 この恩はどうしたら返せるだろう……。そうだ、今後はアリーシャの性奴隷として、アナル舐め奴隷として人生の全てを捧げると誓うのはどうだろう。

 彼女以外に童貞を捧げることはないと誓い。好きな時に好きなように抱かれる愛玩夫兼、愛玩性奴隷にしてもらう。そうだ、それが一番いい。そうでもしなければこの恩は返せないし、それ以外の手段では絶対に返したくなくなってきた。


 お願いします、どうか俺を性奴隷にしてくださいアリーシャ様。


「ユノくんの怪我治ったんだよね!?」

「う、うん、ありがとう。多分アリーシャのおかげで治っ――ぅごッ!」

「よかったよー!」


 目を閉じて抱き着いてきたアリーシャの頭が綺麗に顎に入った。とても痛い。

 本当なら一発は一発だからと愛棒をぶち込んでやるところだが、この痛みも生きているという証だ。痛みを感じられることに感謝である。

 いやでもやっぱり一発は一発だし、入れられたら初めは痛いところに一発入れさせてもらおうか。なぁに慣れてくれば俺と同じように痛みに感謝するようになるさ。


「ユノくぅん……ホントよかったぁ。死んじゃうかと思ったけど……ユノくんでよかったぁ」


 六歳児のボキャブラリーなどこんなものだ。

 目の前で幼馴染が死にかけていたのだから、いつも以上に言葉の引き出しも少なくなろうというもの。それにまだ興奮しているのかもしれない。アドレナリンが噴出し、気分が高揚しているのだろう。


 抱き着いたまま離れないので、少し癖のあるアリーシャの髪を撫でてみると、嬉しそうに笑ってくれた。


「なぁにぃ? くふふっ、耳はくすぐったいよぉ。あはっ!」


 撫でられるとくすぐったいが、撫でられなくなるのはイヤだ。そんな調子なのか、アリーシャは身体をよじって揺れるが離れようともしないし両手は俺の体を掴んで離さない。


 やはり力は弱い。あの魔物を吹っ飛ばすほどの力があるとは思えない。


「きゃはは! おかえししちゃうよ!?」

「ぁんっ!!」


 わき腹をくすぐられて変な声が出てしまった。

 俺は頭を撫でているだけなのに、なんでそっちはくすぐりで返すんだよ。不公平だろう。頭を撫で返せよ。審判、リクエストを要求させてください。アリーシャが不正をしていますので確認を。頭には頭ということで、せめて愛棒の頭を撫でさせてください。


「こ、これアリーシャちゃん。くすぐるのはずるいだろ」

「すごい声でましたねー」


 ニヤーっと笑うアリーシャは心底に嬉しそうである。

 この子が魔物を追い払ったというのはやはり信じがたい事実だ。

 それに俺は、守りたかったこの笑顔に守られてしまったんだな。


 このままではだめだ。帰ったら父さんに剣の稽古をつけてもらえるか頼んでみよう。母さんにも魔術を教えてもらえるか頼むんだ。駄目だと言われた全裸で土下座してやる。この世界の住人に土下座が通用するかは甚だ疑問だが、思いの強さが伝わればなんだっていい。それに、正直言うとワクワクしているんだ。裸で土下座をするということにな。


 過保護な父さんのことだ、「ユノに剣は早いから、新しいおもちゃを買ってくるよ。それじゃあ我慢できないかい?」と、戦いから遠ざけようとするかもしれないが、すかさず裸土下座だ。

 超絶過保護な母さんのことだ、「ユノは私が一生守るから、魔術何て必要ないのよぉ?」とか言ってキスされて、頭と股間がハッピーになって有耶無耶にされてしまうだろう。でも今回ばかりはあの色香に惑わされず、最後までしっかりと自分の意思を伝えきり、滑り込むように裸土下座だ。


「じゃあユノくん、何して遊ぶ!?」

「え?」


 まだ足を延ばして座っている俺の股ぐらに、頭をごろんと乗せて笑顔を向けるアリーシャ。


 こらこら、どこに頭を乗せているんだ。そこはセンチネル島も真っ青な危険地帯で危険痴帯。獰猛な処女食い蛇が棲まう秘境だぞ。少なくとも純潔の乙女が頭を乗せていい場所ではない。誤って口に入ってしまったら大変マタニティなことになるぞ。


「遊ぶってアリーシャ、魔物が出たんだからこんな場所にいつまでもいるのは危険だよ。また襲われたらどうするんだい」


 などと言いながら俺も気が抜けてしまいアリーシャの髪を撫で続けている。

 アリーシャは気持ちよさそうに目を瞑り「それもそうだねー」とまったりしてしまう。

 今勃起したら、自動リクライニングシートを作動させたときみたいみたいにアリーシャの頭が勝手に上がってしまうな。面白そうだが鉄の心で我慢だ。


「ユノくんとくっついてるの好きー。今日はいつもよりいい匂いがするかも」


 待て、そのいい匂いは股間を発生源としているものではないよな?

 零距離で満足できなくなったらいつでも侵入してあげるよ。


「さ、ここにいたらまた魔物に襲われてしまうかもしれない。急いで帰ろう」


 いつまでも殺されかけた場所に居座れる程の胆力はない。

 冒険者たちが山狩りじみた活動までしているのに、それをかいくぐって町の近くに魔物が出たというのは、改めて考えると異常だ。

 大事は小事より起こるもの。急いで町に知らせなければ今後大事に繋がるかもしれない。いち早く町に帰って両親にこの事を伝えたい。血だらけの服を見分してもらえば子供の嘘やイタズラではないともすぐにわかるだろう。


「残念だけど、川での遊びはまた今度だ」

「うん……そうだね」


 わかりやすく落ち込んでいるのが可愛い。どうにかしてやりたくなるが今日はもう遊んであげるのは難しい。


「……じゃあ帰ったらお医者さんごっこして?」




 よかろう。

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