第7話 共に愛しき人を愛するための棒――愛棒
アリーシャとあぜ道を歩き、川についた。
どっちがより多くの遊び方を提案できるか競争はアリーシャの圧勝で決着している。主に川とは関係のない遊びだったが、そのなかでも特に秀逸だったものを三選。
最優秀賞 「ユノくんとひなたぼっこ」
寸評――素朴さが突き抜けたアリーシャらしい逸品。妄想しているだけでひなたぼっき待ったなし。日本人の
少年期には落ち着かないアリーシャとじゃれ合って笑いあう。
青年期には一触即発の性的空気に発奮。アリーシャのじゃれ方に色艶がある。
老成期にはほのぼのとした雰囲気を楽しみ、孫を膝に抱いて二人空を見上げて微笑む。
ノーベル性行為賞 「お父さんお母さんごっこ」
寸評――アリーシャのご両親が夜になるとやっているという、裸になってお互いを撫で合うという不思議な遊び。
どうしてもユノくんとやりたいとの熱意に押され危うく一線をこえて一戦交わり膣壁一閃するところだった。代わりに頭を撫でてやると満足したのか、しばらくよしよしさせられた。
ディレクター特別賞 「河原で石積み」
寸評――賽の河原を連想させる不穏な遊び。何が面白いと思って提案したのかは謎だが、彼女の中には明るい未来が視えているのだろう。割りと本気で楽しみそうな熱意を感じ、その勢いに負けて笑ってしまった。
☆
結局何をして遊ぶか決まらないまま川についてしまった。
「泳ぐにはまだ肌寒いし。釣りをするにも道具がないね」
川上に行くにつれて周辺は徐々に林から森になっていき、最終的に山の麓につながっていく。山の雪解け水が直接流れてきている川で、前世では見た事もないほど水が澄んでいる。
裏山には行くなと言われているが、こちらの川も奥には行くなと言いつけられている。山には魔物や獣がいるから危険だそうな。魔物は見たこともないが、体は変わらなくとも危機管理意識は普通の六歳児のそれとはレベルが違う。俺は言いつけを守れる四百歳児なので林の中に足を踏み入れたことは一度もない。
「父さんの釣竿でも借りてくればよかったかな」
エサなどは現地調達になるだろうが、それはそれで子供なら楽しめる。
股間の釣り竿でアリーシャの二枚貝を
「わたしはユノくんと一緒にいられるだけで楽しいよ!」
「…………」
不意打ちをくらって涙が出そうになった。今俺は六歳女児に涙腺を破壊されそうになっている。
四百年間童貞だった俺。話がつまらない。容姿が悪い。性格が合わない。長いあいだ童貞だったのにはそれなりの理由があるはずなのだ。だというのにアリーシャは、こんな俺と一緒にいるだけで楽しいと言ってくれる。
「そ、それはありがとう、かな? でも、それだけじゃやっぱりアリーシャに悪いし……そうだ何かお話でもしようか」
最悪だ。なんてつまらない提案をしてしまったんだ。
何がお話ししようだ。そんなのどこでもできるし改めて提案するほどの話術もない。なにより女性を狙って楽しませる話題のストックなど持ち合わせていないだろ。そんなんだからいつまでたっても俺は童貞なんだよ。
「川のせせらぎと鳥のさえずりにユノくんのささやきかぁ……風流かもー」
俺という一つの生が自然の効果音の一部に組み込まれた瞬間である。俺に
川原に転がるひときわ大きな岩に二人登って座る。アリーシャはピタリと体をくっつけてクスクスと笑っているが、何が面白いのだろう。チャックが開いていたか? 顔はちゃんと洗ってきたよな。耳掃除も母さんにしてもらったばかりだ。鼻毛が飛び出てる? 歯は磨いたし……もしかして体が臭い!?
「あ、あのアリーシャちゃん? なにか面白いことでもあったかな? たとえばおじさんの体が臭かったとか……」
「おじさん? あははっ、ユノくんといるとポカポカして笑っちゃうね。一緒にいるだけで楽しいし、お話してくれるともっと楽しい!」
あぁ……君の太陽みたいな眼差しが股間をポカポカさせるよ。女児に反応する悪い股間なんてどこかへいっちゃえばいいのにね。
「僕もホカホカしてるよ。アリーシャは体温が高いから」
「ういうい~」
体をもっとくっつけようとするアリーシャ。
もしも俺の股間がどこかへいってしまって女の子になっちゃったら、その時はホカホカしようね。ホカホカとはボノボのメス同士が互いの性器をこすりつけ合って絆を深めるあれだよ。
「ねぇねぇ、ユノくんていつも本を読んでるでしょ。本てそんなに楽しいの?」
「いい質問ですねアリーシャくん。よろしい、でしたら今日の授業は読書の何がいいかを説明させていただきましょう」
「はいセンセー!」
俺のキャラクター性が迷走してもアリーシャは気にした様子もなく、むしろ迷走している俺を楽しんで合わせてくれる。これが天然物の陽キャか。
実のところ、笑わせているのではなく笑われているのかもしれない。それはそれでいいと思う。太陽のように明るくひまわりのように笑うアリーシャが俺に笑顔を向けてくれるなら、俺なんて笑いもので十分だ。アリーシャが笑いかけてくれるなら、俺は何を敵に回してもいい。アリーシャの笑顔を奪う者がいるならば、そいつは俺の敵となり生涯許すことはない。
たとえそれが神様であってもだ。
☆
「――と、このように本から学べることはたくさんあるんですね。知の上澄みだけを得るのではなく、体系的に学ぶことが肝要ですよ。でなければ知識とは言えませんからね」
「はえ~」
わかったのかわかっていないのか気の抜けた返事をするアリーシャ。もうそんなところすら可愛いと思えてしまう。これは性的な興奮などではない。この少女は庇護欲をやたらと刺激するのが上手いのだ。守りたい欲を刺激する天才なのだ。
「ところでアリーシャは勇者を知ってるかい?」
「はい、知りませんっ! ユーシャって名前がわたしに似てるかも。アリーシャとユーシャ」
「ふふ、確かに似ているね」
「くふふ、あははは!」
体をくっつけて笑うアリーシャの揺れる髪からは太陽の香りがする。
これが前世の友人が言ったギャグだったならば鉄拳制裁も辞さないところだが、アリーシャが言うと自然と笑ってしまうから不思議だ。
「水を差すようで悪いけど、勇者は名前ではないんだ。どちらかと言えば称号? みたいなもので、勇ある人とか、勇ましい働きをみせた勇敢な人におくられる言葉だね」
「ふ~ん? じゃあユノくんもユーシャ?」
「僕には勇気なんてこれっぽっちもないから勇者にはなれそうにないかな」
アリーシャは「またまた~」という笑顔をしつつ肘で小突いてくる。
くっそ愛くるしい。
「それに大昔にはそう呼ばれていた人がいて、呼ばれるための条件もあるみたいなんだ。おとぎ話の類なんだろうけど、百の魔物を一人で圧倒できたり、人が怪我をしても瞬時に治してしまったり。それでもって体からは光りが漏れ出ているんだってさ」
どんなやつだよ。
尻に豆電球を入れて光らせれば俺も勇者になれるかな。
「そこまでいかないと勇者と呼ばれないなら、やっぱり僕は勇者になんてなれないかな」
「はい! 難しくて半分ぐらいしかわかりませんでした!」
「ごめん、そうだよね。僕は説明が下手だから――」
相手は六歳児なのを考慮せず、自分のペースで自分が話したいことを一気に話してしまった。こういう相手の目線に立てないところがモテない所以なのだろうな。
今までも気を付けていたつもりだったが、これからはさらに気を付けよう。
「――次にわかりにくい説明をしていたらすぐに教えてほしいんだ」
「うん、いいよ! すぐに言えばいいんだね!」
「それで何か罰もあったほうがいいな……」
「罰? ユノくんは何も悪いことしてないよ? わからないわたしが悪いんだよ?」
「そんなことはないよ。アリーシャは何一つ悪くなんかない。これはアリーシャを馬鹿にしたり見下しているわけではなくて、僕は誰に対してもそういうところがあるみたいなんだ。相手が理解しているつもりで勝手に話を進めちゃう癖というか――」
「好き!!」
「ッ!?」
「わたしも勝手に気持ちを押し付けちゃうから、これでおあいこだね」
落ち着けユノ。子供に好きだと言われたぐらいで取り乱すなんて情けないぞ。アリーシャは子供だ。アリーシャを乱すのも大人になってからだ。
子供として見ようとしているのに六歳の体に心が引っ張られてしまっているのか同年代の恋愛対象として見てしまう。それが心の中の累計四百歳とせめぎ合い、自己嫌悪に陥っていく。
「ありがとうアリーシャ」
「んぅっ。んふふふ!」
努めて大人な対応をとることを意識してアリーシャの頭を撫でて、子供の頭を撫でる大人というポーズをとることで精神の均衡をとる。
「ちなみに勇者の話はどこまで理解できてたの?」
「ユノくんの声がかわいいってとこまでは理解できました!」
「はうっ……!」
キュンっ――とした。
可愛いなどと言われて喜ぶ男はいない。女が男を小馬鹿にするときに使うものだから……そう信じて疑わずにいた。でもどうだ、実際にアリーシャに言われてみれば受ける印象はまるで違った。当たり前のように喜んでしまった。軽く体が跳ねるぐらい心臓が高鳴った。
この六歳児、さては魔性だな。
「いやいや、アリーシャの方が僕なんかよりずっと可愛いじゃないか」
「キュン!!」
アリーシャは自分の口で言うんだな。
「ううぅうッ!!」
何に興奮したのか淡い赤髪を肩にこすりつけてくる。岩から転げ落ちたらあぶないので抱き留めて頭を撫でて落ち着かせる。
「とにかく、勇者と呼ばれるすごい人が大昔にいたんだってさ」
「ふーん」
あまり興味がなさそうだ。このあたりで終わりにしよう。それに今はアリーシャがおもむろに俺の尻を撫で始めている方に意識を割きたい。
「な、何してるの?」
「うーん? 秘密……」
彼女の突飛な行動は今に始まった話ではないので多少は慣れている。俺は女児に尻を撫でられ慣れた四百歳児だ。この程度では動揺しない。
「ユノくん物知りで好き」
桃尻で好き……?
激しく動揺した。
や、冷静になれ。そう言ってもらえるのは光栄だ――そう考えろ。今後はヒップのスキンケアにも力を入れていこうとケツ意を新たにするんだ。
しかしこの場合、先ほどのように「アリーシャの方が桃尻で素敵だよ」とか褒め返した方がいいのだろうか。女子の肉体的魅力を口頭で褒めるなど童貞にはあまりにもハードルの高すぎるお題。四百年の記憶に女子の尻を褒めた経験などあらず。そもそもハードル走とは走りながら飛び越え続けなければいけないハードな競技。高跳びや棒高跳びなどとは違い飛んだらそれで終わりではなく、その後もバランスを崩さず走り続けなければならない。下手な返しをしてアリーシャに引かれてしまえば、ハードルに引っかかって転倒する。最悪の場合、真っ当な人生というレーンから外され犯罪者レーンに放り込まれてしまう可能性だってある。
どうする……どうすればいい。なんと返すのが正解なのだ。
「一緒にいると暇な時間なんてないくらい笑わせてくれるし、眠くなったら枕になってくれる。わたし、ユノくんとずっと一緒にいたいなー」
大人になったら暇な時間がないほどセックスして、眠くなったら腕枕してあげるよ――なんて約束はNTRフラグになるので絶対に口にはしない。口にすれば最後、チャラい潮焼けした明るい髪の男や、スラムダンクの宮城リョータみたいな髪型の筋肉質で胸板の厚い男が10年後に備えてアップを始めてしまう。
「そうだね。僕も……うん。そうだね」
危ねぇ。流されてフラグ立てるところだった。浮かれてとびっきりのロマンチックを垂れ流しそうになった。
油断するなユノ。フラグ回収業者はいつどこで見ているかわからないのだ。なにもNTRルートだけがフラグではない。世の中にはいろいろなフラグがある。どのフラグにも共通しているのは当人が浮かれているときにおっ立つということ。俺はアリーシャと結婚をするまでは絶対に浮かれはせんぞ。
「あれ? ねぇねぇユノくん、あれなにかなー」
アリーシャは何かあるとまず俺に尋ねる癖がある。この依存っぷりは非常に心地よい。
将来二人が結婚をし、迎えた初夜。「これなぁに?」と大きく膨らんだ股間の相棒――もとい愛棒を指さして笑うアリーシャ。もちろんアリーシャもそれが何であるかは知っている。大人なのだから最低限の性知識ぐらいあって当然だ。興味津々で興味が珍々に集中して頬を紅潮させているアリーシャに、味から触感まで体験学習で教えこむのが旦那の初任務というもので――
「ユノくん?」
「あ、はい……? ああっ、あれとはどれのことかな」
浮かれるなと言い聞かせながら、さきほどから浮かれっぱなしで妄想が捗りすぎて現実から離れてしまう。女子が横にいるところでの妄想は控えなくては。
「あの黒くて大きいやつなんだろう」
愛棒かな? もう体験学習したいのかな?
いや、落ち着け。浮かれるな。愛棒はまだ子供らしく可愛らしい姿をしている。黒くもなければ大きくもない。ではアリーシャが何をさして黒くて大きいなどという卑猥な言葉を。
――と、アリーシャの指をさす方を見る。
「うーん」
「うーん?」
二人して首をかしげる。
アリーシャの指先がさすもの。そこには黒くて大きな生物がいた。
「あれは…………魔物じゃないかなぁ」
言ったそばから別のフラグ回収業者がやってきていた。
だから浮かれるなと言い聞かせていたのに。
これが、死亡フラグというやつだ。
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