第6話 六歳女児と四百歳児のおでかけ

「ユノくんのお母さん寝ちゃったのかな?」

「うん、疲れていたんだと思う。昨日も夜遅くまで(子作り)頑張ってたみたいだしね」 


 俺から放たれた言葉の暴力によって気絶してしまった母さんに毛布を掛ける。ルイスに目配せをすると、何かを察知したのか母さんの横に座り「母さんは僕がみておきますのでご安心を。兄さんは為すべきことを為してきてください」と送り出してくれる。


 そんなラストバトルに向かう主人公にかけるはなむけの言葉みたいのを送らないでほしい。兄さんはそんな壮大なことをしにいくわけじゃないよ。同い年の女の子と遊びに行くだけだ。いや、女の子と遊ぶというのも前世の俺基準で考えればラストバトルと遜色のないイベント事ではあるのかもしれない。


 そう考えると途端に緊張してきた。


 六歳の女児相手に本気で緊張してしまう余裕のなさときたら、我ながら惚れ惚れするほどの童貞レベルである。そんじょそこらの童貞とは年季と格が違うのだ。一般的な童貞とは質も量も文字通り桁違い。なにせ400年童貞だったのだから。江戸幕府どころか平安時代よりも長き時を童貞として過ごしてきた俺には隙しかない。





「兄さんは必ず為せる人……為す側の人です」


 弟から向けられた謎の期待を一身に背負いアリーシャとともに家を出る。


 ――アリーシャ。


 我が家の真隣に建てられた二階建ての新築住居にて両親と暮らす、少し癖のある赤い髪が特徴的な幼馴染の女の子。

 どんな時間、どんな天気、どんな日にでも笑顔の花を咲かせているひまわりみたいな女の子。表情のない素の顔を拝むには眠っている時ですら難しく、夢をみて幸せそうにむにゃむにゃと笑っている。


 元気一杯、頭空っぽ、天真爛漫が服を着ているような娘。

 大人になったら天真爛漫という服は俺が脱がしてあげたい。いや、大人になるために脱がしてあげる――が正しいか。


「ユノくん!」

「ッ!?」


 やましいことを考えていたので軽く跳ねてしまった。

 そんな俺を見てアリーシャは一段と嬉しそうに笑う。


「今日はうらやまにいこう!?」

「裏山は危ないから子供だけで入っちゃダメだって言われてるでしょ。お父さんお母さんの言いつけはちゃんと守らないとダメだよ」

「じゃあ今日から子供やめます!」

 

 ほう、ではどこが大人になったのか見せてもらおうか。


「ならアリーシャはもうおやつは食べれないね。大人はおやつなんて食べないからね」


 本当は大人だって食べる。細かいことはしかしこれもアリーシャのためを思っての方便である。

 ちなみにうちの両親は十五時になるとおやつセックスしてる。三時のおやつセックスもしてる。あいつら、してない時間の方が少ないんじゃないか?


「アリーシャはたったいま子供にもどりました!」

「グァッ……!」


 その屈託のない笑顔は累計年齢四百歳オーバーの俺にはあまりにも眩しすぎた。まるで陽にさらされた吸血鬼がごとくサラサラと灰になってしまいそう。なんだよ、六歳の大人の部分を見せてもらうって。タイムマシンがあったらさっきまでの汚れきった自分をぶん殴りに行きたい気分だ。

 

「今日も近くの川にしておこう」

「うん! ユノくんとだったらどこでもいいや!」


 癒しだ。この子の全力で隠しもしない好意は、荒んだ俺の心を清める癒しの光。汚れを洗い流す清浄なる聖水。これまでの六年も、彼女がいたからこそ退屈せずにいられたと言っても過言ではない。


 このまま順調に関係を保てれば、いずれ二人は結婚して彼女の聖水と俺の精水が混ざり合って子供を作るのだろう。


 ――でも俺は知ってるんだ。

 

 子供の頃にした結婚の約束というのは、大まかに分類すると二つのフラグに分岐するのを。


 一つは、「将来結婚しようね」と言いあい本当に結婚するパターン。

 それはいい。そのパターンな言うこともない。そんなに素晴らしいフラグならば今すぐに立てた方が良いに決まっている。普通ならそう思う。しかしそれが罠なのだ。厄介なのはもう一つのフラグにある。


 二つ目の「将来結婚しようね」で立つフラグはこうだ。


 ――幼い頃に結婚の約束を交わした二人であったが、思春期に入り互いを異性として意識しだすと関係がギクシャクとしてくる。

 自身の気持ちも上手く整理できず、周囲から付き合っているのかと何度もからかわれるのも鬱陶しくなり、思春期特有の強がりや見栄が「誰があんなブスと!」という言ってはいけないセリフを吐かせてしまう。偶然その言葉きいてしまったアリーシャはいつもの笑顔に暗い影をおとし、「たはは……ごめんね」と、「やっ、ま、待っ――」と引き留めようとするのも間に合わず走り去ってしまう。


 それから徐々に疎遠となり、中学三年生になる頃には家の前で会ってもよそよそしい挨拶すらしない仲になってしまう。


 互いに意識はすれど、どこか本気になれぬまま高校生になった二人は別々の高校へ進学する。

 

 そしてある日のバイト帰り、街灯の少ない暗い夜道を歩いているとアリーシャが見知らぬ男と公園でキスをしているところに遭遇してしまう。疎遠になっていたはずのアリーシャではあったが、彼女に対する恋心は依然俺の中でくすぶっていた。ナイフを突き立てられたかのような鋭い痛みを胸に感じる。

 

 気付かれる前に離れようとするとアリーシャと目が合ってしまう。


「やっ、ま、待っ――」


 アリーシャが何かを言っていたが俺は逃げるようにその場を去った。


 さらに一年後。アリーシャがキスしていた男とは別の男と手を繋いで歩いているところを見かける。同学年ではない。大学生だろうか。


 目が合うと手を振って走ってくるアリーシャ。


 絞り出す様に、「よう……」と陰気な挨拶をして、俺はまたそそくさと退散しようとするのだが、「ユノくん、この人ね、私の彼氏なの」と聞いてもない、聞きたくもない事実を自発的に話され、心へ壮絶な追い打ちをかけられた挙句、「あ、こんちは。話はいつもアリーシャから聞いてるよ。ユノくんでしょ? よかったら一緒にご飯でもどうかな?」などと軽いノリで気のよさそうな彼氏に誘われてしまう。


 最初は断ろうとするも、話が上手い人なので、うっかり話し込んでしまい結局断りきれずに三人でファミレスへ行くことに。


 そこで二人がいちゃつく様を散々見せつけられる。ストローの入っていた紙袋を結ぶぐらいしかすることのなくなった俺だが、ふと二人の薬指にお揃いの指輪がしてあるのに気付いてしまう。それがとどめとなる。俺はそれ以上その場にいることができなくなり、金だけおいて帰るのであった。

 

 ファミレスから、二人から逃げ出した後、公園でブランコに座り暗くなった空を見上げこう呟くのだ。


「将来は結婚しようね――か……」


 ――と!!


 そんな『寝取られ』フラグが罠として構えているのだ。この妄想も無限に広がる寝取られワールドに点在する可能性の一つでしかない。世の中には無限のNTR《ネトラレ》が溢れている。


 それが空想やフィクションの創作であるならば俺だって鬱勃起打開するだけで耐えられる。ピンチはチャンスとばかりに抜いて楽しむさ。


 だが現実は違う。俺ほど妄想を楽しめる男だからこそ、現実との区別が明確についている。俺にはわかる。現実にNTRを食らった場合、迷わず死を選ぶだろう。俺にはNTRを娯楽として楽しむ素養は備わっているが、現実に耐えられる防御力メンタルなどないのだ。


 だから、そう易々と結婚の約束などできるものではない。この世界にファミレスに該当するものがあるかは分からないし、ブランコがあるかも知らないし大学生の先輩がいるのかもわからない。だが無い物を補いながらそれに近い結果を生むのがフラグの強制力というもの。フラグの恐ろしいところなのだ。警戒してもしすぎるということはない。むしろ怠慢と油断こそが己の最大の敵であると肝に銘じるべきである。


 であるからしてアリーシャに結婚を迫られても安易に返事をしてはいけない。前世では耳をもいでやろうかというぐらいに嫌悪していた難聴系鈍感主人公になりきって答えをはぐらかし、有耶無耶にしてやり過ごすのが最近の日課となっている。

 生涯の伴侶を決めるというのは一生ものの決断だ。慎重になってもなりすぎるということはない。確実にアリーシャをものにするために、今は我慢の時なのだ。


「またむずかしい顔してるー。アハハ!」


 にこにこ笑いながらアリーシャが顔を覗き込むように見てくる。

 天使かな?


「むずかしい顔のユノくんも好き!」


 天使だな。


「川で何して遊ぼうかなって考えてたんだ。アリーシャは何かしたいことはあるかい」


 好きという言葉には反応せずに会話を続行する。


 さぁ、何をして遊びたい? お馬さんごっこなら俺がお馬さんになってあげるよ。仰向けでもうつ伏せでも、好きなタイプのお馬さんを選ぶといい。おおっと、仰向けだと騎乗位になってしまうか。騎乗位のまま牧場を駆け回るポニーさんごっこから、アリーシャの凱旋門を貫く種牡馬ごっこでも、なんだって付き合ってあげるよ。心配はいらないさ、うちの両親を見ていれば自分が種馬界隈のサラブレットだというのは疑いようがない。抜かずの七姦馬目指して二人ターフを駆け抜けよう。


「うーん、おいしゃさんごっこ?」

「いいね」


 よし、やろう。

 川とか関係ないからね、今やろうか。

 さぁ、君は水難事故に遭遇した急患だ。服を脱いでそこに寝転がるんだ。

 

 この世界のお医者さんがどういう診察の仕方をするのか知らないが体は触るだろう。俺は肛門科の神、触診の鬼となってやろう……っといかん。興奮のあまり我を失ってはいけない。冷静になって考えてみれば、六歳児の体を診察しても罪悪感しか生まれないじゃないか。タイムマシンで未来から来た自分に殴られる前に落ち着こう。


 そうだ、そう……落ち着け、ユノ。深呼吸をして素数を数えるんだ……素数ってなんだっけ。自分以外に性の約数を持たない自然数で……性の約数ってなんだ? 69とか072とか810とかか?


 まぁいい、頭に適当な数字が浮かんだことで落ち着いてきたので結果オーライだ。


「それはまた今度にしようか。今日は川で遊ぶんだから、川でしかできない遊びをしてみない?」


 お医者さんごっこはまた今度やろう。ときにアリーシャは妊娠検査にきた高校生の役と、親に連れられて赤面しながら肛門科にきた女子高生だったらどっちがやりたい? あぁ、もちろん俺が患者役をやってもいいんだよ。やるからには本気の全力だ。迫真の演技でアカデミー賞を狙いに行くぜ。


「うん、そうしよ!」


 元気があって大変よろしい。


「川でしかできない遊びぃ……ユノくんと水中おままごと、ユノくんと水中かけっこ……ユノくんと~……う~ん」


 川以前に実現可能な遊びか怪しいね。


「じゃあ川に着く前にどっちが多く遊びを思いつけるか競争しよっか。何でもいいからたくさん案を出せた方の勝ち」


 無論勝ちを譲るための提案だ。


「なにそれもう楽しいんですけど!! じゃあ結婚ごっこ!」


 川は関係ないね。



 でも、嗚呼……婿むこりてぇ。

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