第2話 妹が欲しくないお兄ちゃんはいない

 しばらくは意識が宙を彷徨っている様な、水中を漂う感覚が続いていた。記憶も意識も何もかもがおぼろげだった。


 自分が自分であることを認識し、眠りから覚めるように目を開く。

 目は開いているはずなのに視界がはっきりしない。光の明暗は認識できるのにぼやけてしまっている。まるでモザイクのきついAVをみているような気分だ。この世界は全てモザイク処理されているとか……勘弁してよ?


 ふと、自分の記憶が徐々に蘇ってきていることに気づく。AVだのなんだと考えられたのもそのためだ。


 俺は死んだ。そして胡散臭い老人……ではなく神様に出会い、別世界へと転生させられた。そして転生した俺には明確な目標目的があった気がする。


 それはなんだ。

 確かそれは、この世界で子をなし、俺の種を残すこと――


「あなた、ユノが起きましたよ。見てくださいな、この可愛らしい目を」

「俺を見ているのかな。お、笑った?」


 この会話をしているのはどなたでしょう。

 俺の両親かな?


 転生とは、本当に一から人生を始めることを指すとは。

 神様の説明も不足していたような駆け足だったよう、話の全容もぼんやりとしか覚えていない。

 とにかく種をのこせと命じられたことしかハッキリとは頭に残っていない。大切な話ならばいずれ思い出すだろう。

 今は楽観的にいよう。生まれて最初にするのが悲観というのはどうにも具合が悪いように思える。

 験担げんかつぎ……とはちがうかもしれない。ある種の人生訓みたいなもので。笑う門には福来るといった調子で、セックスの体位は後ろ向きでも前向きでもどちらも素晴らしいが、人生は後ろ向きよりも前向きがいいと決まっている。


「あー」


 試しに声を出してみるも、音しか出ない。舌が異様に小さく、力も弱く感じる。この状態で声を作るのは難しい。

 どうやら今は見えないだけではなく喋れもしないようだ。


「あなたユノが喋ったわ!」

「今のは喋ったと言うのか……?」


 喋ったつもりです。この感じ、御母上の方が察しはいいようだ。


「ユノ、もう一度喋れる?」


 俺はユノって名前なのですか。

 可愛い名前……まさか女性じゃないよな。童貞卒業の夢が、人生開始一分もしないで潰えて、処女喪失が目的になるとか勘弁してくれよ。


「あー」

「お返事した! 天才よ!」

「反応はしたようだが、はたして今のは返事をしたと言えるのか」


 御父上はリアリストなご様子。


「ねぇ見て、この鼻筋なんてあなたそっくりです。将来はあなたのように凛々しい顔立ちになるのが約束されているわ」

「どうかな。この子の口元を見てごらん、君の唇にそっくりじゃないか。この唇を震わせて出る声はさぞ美しく、艶めかしいことだろう。吟遊詩人にでもなれば世の女性たちを虜にしつくしてしまう」

「まぁ! でも、声を出さずともあなたにそっくりなこの目で追われたら女なんてひとたまりもないわ……。その視線から逃れられる女子がいったい何人いるかしら。あのときの私のように、はりつけにされてしまうに違いないわね」


 二人の会話から自分が男性であることを察し、最低限のハードルはこえているのだと安堵した。


「俺が動けない君に悪戯をしたような言い方をするのは心外だな。あれは君からのお誘いだったと記憶しているよ」

「まるであなたが私の虜になったかのような言い方をしたから、少し意地悪を言ってやりたかったの。あなた、全然そんな素振りをみせなかったもの」


 おっ、喧嘩か?

 喧嘩の理由が意味不明なのは前にいた世界とは理や常識が異なっているからか。


「まるでではなく、虜そのものだったさ。今も、昔もね。君を知ってから、君以外の女なんて石ころにしか見えなくなってしまう呪いをかけられてしまったからね」

「もう……あなたったら。私も、あなたが最初で最後の男なんだからね?」

「リディア愛してるよ……」

「んっ……」


 え、キスした? なんで? なんでキスしてんの?

 言い合いが始まったと思ったら水っぽい音でピチピチチャプチャプしていやがる。

 童貞にはわからない大人のやり取りがそこにはあった。


 傾聴していてもよいのだが、肉親の色事は精神的に辛いものがある。魂は変わらずとも感情は肉体に引っ張られるようで本能的な忌避感を覚える。なにより心が幼いからか我慢がきかない。嫌で嫌で仕方ない。

 前世の友人が、「実の妹や姉に欲情するやつの気が知れない――」などと言いだしたときには「何を馬鹿なことを。恥を知れ」と怒鳴り散らして説教してやったものだが、なるほどそうか、こういう気持ちになるのか。確かにこれはきついな。でも姉や妹だったら全然いける気がする。確証はないが、なんかそんな気がする。


「あーあー」


 俺は空気を読まない悪い子だ。両親が次のステップへ進む前に阻止してやる。


「あら、また喋ったわ。ずっと静かな子だったのに。今日はたくさんおしゃべりするのね」

「リディアが美しすぎて、この子もずっと照れていたんだろうね」

「もう、あなたったら……」

「リディア綺麗だよ……」


 嘘だろ。止めたはずなのに再びチピチュパ始めやがった。この両親、どっからでも発情に持っていけるのかよ。夫婦仲は悪いよりもいい方がありがたいし、わざわざ荒んだ過程で育ちたくはない。……いいでしょう。認めましょう。好きなだけチュパカブラしなさいな。


 俺は俺で幼い体が睡眠を欲しているようなのでもう眠ります。眠っている間に可愛い妹をたくさんこさえてください。2、3……5人かな。妹なら5人まで同時に愛せる自信とプランがある。それ以上となるとどうしても順番待ちが発生してしまい、かわいそうな子を作ってしまう。

 妹ができたら、そりゃもう溺愛してやるんだから。適度な距離感を保ちつつ、過度な接触をはかって愛欲に溺れさせてやるんだから。十六歳を過ぎても「お風呂一緒に入ろ!」て言わせてやるんだから。


 ではそういうことなので父さん、母さん、おやすみなさい。


 そして待ってるよ、妹ちゃん。

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