聖女と間違えたお詫びに神様から貰った祝福で、幼馴染を助けたら結婚する事になった
蘭童凛々
第1話
私には幼馴染がいる。
「ごめんなさい。待たせたよね?」
その幼馴染とは過去に色々とあった。
一時期は疎遠になったり、酷い事をして傷つけてしまったり。
だけど今は一緒にいる。こんな私を隣に居させてくれる。
「んや」
彼の視線が私を差す。
その視線は上から下へと向かい、最後には胸元に。
ねっとりとしていて、ちょっとエッチな視線。
昔はこれが嫌で仕方なかったのに、今はこの視線が心地良い。
いや、未だに彼以外だと嫌悪感で鳥肌が立つけれど。
私が知る限り、この視線は今まで私以外を見た事がない。
それが何よりも嬉しくて。
彼がこんな視線を未だに向けてくれる事実が、私に安心感を与えてくれる。
彼に見られるのなら、どんな視線だって受け入れられる。
昔はこの視線が憎しみしか篭ってなかった時期があったから。お互いに。
「俺も今来たところ」
真冬の寒い季節、彼の悴んで赤みを帯びた手の甲が目に入る。
きっと長い事寒気に晒されたのだろう。
彼のいつもの優しい嘘。
色々あって、彼は私を憎んでる。
私の顔を見るのも嫌な筈なのに。
私はその優しさに甘えて、今日も彼の側に居座ってる。
「そんじゃ、行こうか美香」
傷つける事が分かっても、そうして差し出された彼の手を、いつも握り返す。
きっと私は最低の女なのだろう。
「うん」
嫌いも好きも、彼にしか向けられない。
執着心の強い女なのだから。
◇
「なあ美香、愛斗君とはいつ結婚するんだ」
ある日、そんな事をお父さんに言われた。
「またその話?」
この言葉を言われるのは、実はこの日だけじゃない。
「またって言ってもなぁ。そりゃ言いたくもなるだろ。何年一緒に居ると思ってるんだお前達は。」
私が彼に命を救われてから、10年。
それから、私はずっと彼の側に居る。
けれど
「別に付き合ってるって訳じゃないって言ってるでしょ。いつも」
私達は別に恋人という訳じゃない。
彼の事は好きだけれど、私は憎まれてるから恋人という関係にはなれないし、なる気もない。
「それは形上ではだろ?一緒に住んで、やる事やってるなら付き合ってるのと変わらないぞ」
...確かにそうだけれど。
彼が一人暮らしを始めて毎日通っていたら、どうせ毎日くるなら面倒だからと彼に言われて、同棲が始まって。
一緒に住み始めてからは、心と身体の距離が一気に近くなった気がするし、恋人がするような事は全てしている、筈だ。
彼以外とそういう関係になった事がないから、一般的な恋人は分からないのだけれど。
「それでも付き合ってないの。もう、放っといてよ!」
実家に帰ってくる度に言われる小言が、若干鬱陶しく感じてくる。
一般的な関係ではない事は分かってる。
そもそも普通じゃ考えられない出来事があって、普通じゃない想いをお互い向け合って一緒に居るのだから、一般的な常識で当てはめて欲しくない。
「そうは言ってもなぁ。もうお前達も27歳だろ?」
「そうだけど」
「愛斗君の事は昔から知って良い子だって事は分かってる。お互いに納得してるならどんな関係でもいいんだ。俺は」
「ならいいじゃない」
眉間に皺を寄せる父は、これでもかと不満そうな表情だ。
彼は私の両親の事は好きで、偶に此処にも顔を出している。
その時だって、お父さんとは良好な関係でいつも仲良く世間話に花を咲かせて、お酒を飲み散らかしていた。
お互いに飲み過ぎて倒れるように寝て、翌日二日酔いになりながら、2人して正座してお母さんに説教されても、数分後には肩を組んで釣りに出掛けるくらいには仲が良い。
もはや歳の離れた親友みたいだと、いつもお母さんと呆れながら笑っていた。
それで何の不満があるのだろう。
「でもな、孫が見たいんだ。お父さん」
「まっ!?」
今までそこまで考えた事も無かったからか、父の言葉に思わず声を荒げてしまった。
お父さんの孫って事は、私の子供って事でしょ?
私と彼の子供?
.........
「欲しいかも」
「そうだろうそうだろう!」
私の溢れ出た言葉に、父が嬉しそうな声を上げるが、耳に入ってこない。
思わず真剣に考えてしまう。
特別子供が好きって訳では無かったし、特殊な関係という事もあって今まで考えもしなかった。
彼との子供は、きっと可愛い。
そして、きっと愛おしい。
どうしよう?
一度考え出したら止まらない。
欲しくて仕方がなくなる。
でもそれは諦めないといけない。
「よーしっ。次愛斗君に会ったらお父さんから言ってやろう!」
「それだけは辞めて!」
それだけは絶対。
私から何かを望むのは駄目なのだ。
だって私は、まだ許されてない。
「あらあら、美香を困らせては駄目よお父さん?」
「うっ、別に困らせるつもりは無かったんだが」
助かった。
これ以上、父に何かを言われると心が乱される。
お母さんには悪いけれど、そのままお父さんを黙らせて欲しい。
「でも、母さんだって見たいだろう?2人の子供。きっと玉のように可愛いぞ」
「それは勿論」
「お母さん!?」
お母さんまでそっち側に行かれると困る。
2人共に言われると弱いのだ。
私が余命3ヶ月と宣告された時の2人の死にそうな顔を思い出すから。
散々迷惑をかけた両親には、いつまでも幸せに笑顔で過ごしてもらいたいけれど、こればかりは叶えてあげられそうにない。
本当に親不孝ものだ私は。
「心配しなくても大丈夫よ」
お母さんは優しい声音で、そう言ってくる。
その言葉はどちらに向けられたものだろうか。
お父さんに対してか。
それとも
「きっと2人は大丈夫だから、ね?」
私に対してなのだろうか。
◇
「美香、落ち着いて聞きなさい」
お母さんが凄い剣幕で、私に詰め寄ると肩を掴んで言い聞かせるように言った。
「愛斗君の両親から電話があったわ。交通事故で意識不明の重体だって」
「え」
何を言われたのか理解出来なかった。
「今から病院に行きましょう。何も出来ないかも知れないけれど、それでも」
事故...?誰が...?
頭が真っ白になって、何も考えられない。
あれ、何の話だっけ。
「しっかりしなさい美香!」
「あ、え」
母の怒鳴り声で正気に戻る。
そうだ。
彼が意識不明で、だから病院に。
「準備しなさい」
「う、うん。今すぐしてくる!」
2階の、元は自分のものだった部屋に入る。
今も、私物や服はある程度置いてあった。
「何で、愛斗が」
1人になった事で、やっと現実を理解し始めた。
だけど頭がそれを受け入れられない。
彼が、居なくなる?
「いや、嫌だよっ...」
最悪の可能性が過ぎった瞬間、涙が溢れて止まらなくなる。
「じ、準備しなきゃ」
手足が重い。
それでも行かなければいけない。
彼の元に。
「え?」
突然、足元が光った。
◇
「ここ、何処?」
おかしい。
先程まで部屋に居た筈なのに、今は真っ白な空間に居た。
私、こんな場所知らない。
「ようこそ、巻坂美香様。お待ちしておりました」
そこには美しい女性が居た。
「え、誰?」
あまりの美しさに怯えてしまう。
神々しいまでの美貌、最早人間とは思えない。
「驚かれるのも無理はありません。私の事は女神とお呼びください」
「め、女神?」
確か彼と趣味を共有したくて彼がよく読んでいた本を借りた時に、それらしき人物とこの状況に当てはまる展開があったような。
「貴女には聖女として異世界に転生してもらいたいのです」
「ええ!?」
ああ、そうだ。
異世界転生というやつだ。
彼が読んでいたのは勇者に転生するものだったけれど、私が女だから聖女なのだろうか。
もし、この場に呼ばれたのが彼だったなら、多分泣いて喜んで転生させてくれと叫びそうだ。
そんな情景がはっきりと思い浮かぶ事に、彼の事を少しは理解出来た気がして嬉しくなる。
けれど、此処に呼ばれたのは私だった。
なら、はっきりと言わなければならない。
「あ、あの!」
「はい、何でしょう?」
「私、異世界に行けないです。向こうに大事な人が居て、その人が今、危なくて」
こうしている間にも彼が居なくなってしまうと思うと、胸が締め付けられ全身に力が入らなくなってしまう。
「だから、戻らないといけないんです!帰してください!」
例え神様が私の居るべき場所を示そうとも。
例え彼が望んでなかったとしても。
私が居たい場所は、彼の隣にしかない。
彼が居なくなるのなら、自分も後を追いかける。
ああ、自分はもう手遅れなのだと自覚する。
私はもう、彼無しでは生きていけない。
「う、うーん。それは困りました。貴女を転生させる事は既に決定事項で「女神様ー!その方は人違いですー!」またー!?」
「聖女として転生して頂きたいのは高坂梨香という方で、その方ではないんです!」
「えっと、どういう事?」
突然、天使のような見た目の女性が出てきたかと思うと、慌てたように会話を始める。
話の展開についていけない。
「え、えーとですね。申し訳ございません、人違いでした!」
どうやら、私は間違って呼ばれたようだ。
という事は、だ。
「私は、帰れる?」
「はい、すぐにお戻しさせて頂きます」
「よ、よかったぁ...」
現実に戻れる事に安堵して、思わずその場にへたり込んでしまう。
「いやぁ、本当に申し訳ございません。前も似たような事があって気をつけてたんですけど、また失敗しちゃいました」
どうやら似たような事が前にもあったらしい。
てへへと頭を掻く女神に対して、初対面で感じた怯えは既に無くなり、むしろ戻れる安心感も合わさり今更ながら怒りが込み上げてくる。
「も、もしかして怒ってます?」
「...少し」
どうやら顔に出てたらしい。
怯えたように聞いてくる彼女に遠慮して、控えめに気持ちを伝える。
実際はタイミングの悪さもあり、少しではなく割と本気でキレそうだ。
「うぅ、本当にすみません...。あ、そうだ!前の人の時のように、お詫びに何か差し上げます!」
「え?」
「んー、何がいいでしょう。ああ、そういえば大事な人が今危ないんでしたよね?なら、これを差し上げましょう!」
「っ!」
体が眩い光に包まれる。
何かが私の中に入り込んできた気がした。
「な、何が」
「貴方には一度だけ使える聖女の祝福を差し上げました。貴方の大事な人に使ってあげてくださいね」
それを最後に、私の意識は暗転した。
◇
「愛斗」
病室に入ると、そこには呼吸機を付けて機械に囲まれ寝ている彼の姿が目に入る。
この目で見ても信じられない。
いつも風邪すら引かない貴方が、そんな痛々しい姿で今にも居なくなりそうになってるなんて。
「おばさんから聞いたわ。子供を助けたんだってね」
仕事の帰り道で車に轢かれそうになっていた小さな子供を助けようとして、子供を突き飛ばして代わりに車とぶつかったらしい。
その子は突き飛ばされた時の軽い怪我で済んだらしいけれど、代わりになった貴方は、もういつ心臓が止まってもおかしくない状態だって医者に言われたと彼のお母さんから聞かされた。
「そうやって、いつも誰かを救うのね。貴方は」
いつも口では自分の事しか考えてないような事を言う彼だけれど、いつも誰かを助けるように行動する。
きっと咄嗟に体が動いたのだろう。
困った人が居たら誰でも助けようとするひと。
だから私でさえ、救ってくれた。
「今度は私が貴方を救えるみたい」
夢で見た神様が、やり方を教えてくれた。
呼吸器を外して、そっと彼に口づけする。
「お願い、戻ってきて」
◇
「悪い、待たせたか?」
今日はクリスマスという事もあって、待ち合わせた駅では人だかりが出来ていて、待ち人に会えるか不安になっていた頃。
慌てたように走ってきた彼に、声を掛けられた。
「あ、ううん。私もさっき来たから」
「手、悴んでるぞ」
「お互い様でしょ?」
「そっか」
いつかの仕返しをするように、同じ言葉を返す。
軽快な会話のキャッチボールが心地良く感じる。
一緒に住んでいるのだから同時に出掛けたらいいのに、偶にこうして別々に家を出て待ちわせをするようになったのは何方から言い出した事だっただろうか。
確か、彼からこっちの方が恋人っぽいだろ?と言いだした事だった気がする。
「何かさ」
ふと、真面目な顔をした彼が言った。
「俺、お前に助けられたと思ってるんだよね」
「それも...きっと、お互い様。でしょ?」
「そっか。そうだな」
確証はないけど、お互いその事に対して深く話そうとはしないけど、それでもそんな確信があった。
「あのさ」
「どうしたの?」
「この前さ、おじさんに子供はまだかって言われたんだけど」
「はぁ!?」
「はは、どうしても孫の顔が見たいんだってさ」
「絶対言わないでって言ったのにあのクソ親父...」
クソだなんで心にもない事が口から出てくるけれど、それ程望んでいるのだと思うと本気で怒るなんて出来ない。
父には申し訳ないけど、こればっかりは私から言い出す事はしてはいけない事だから。
もう少しだけ、両親には我慢してもらわないといけない。
そんな日が来るか分からないけれど。
来なくても側に居続けると誓ったけれど。
彼から許しをもらうその日までは。
「美香」
「んー?な、に」
あれ?
何だろう。
どうしてそんな顔で、私を見てるの。
今までの、どうしても目の奥にあった憎しみが全く見えなくて。
随分と久しぶりに見た気がする、彼のどこまでも優しい表情。
「結婚、するか」
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