第10話 護衛の噂
勢いでチームハウスを出てきた千鳥は、その勢いのまま『オモテ』へとやってきていた。
AIに目を付けられてはいたが、それは主として雪乃に対してであって、千鳥に関しては、それを妨害する障害物として排除しただけである。
それゆえに、彼一人が『オモテ』にやってきたところで、AIには襲われないだろうと考えていた。
実際に、これまで人間だけでなく、AIロボットともすれ違ったが、特に敵対してくる様子はなかった。
そのため、千鳥は自分だけなら問題ないだろうという考えを確かなものとしていた。
彼は、その足で職業あっせん所へと向かう。
職業あっせん所と言っても、そこまで混んでいるわけではなかった。
何故なら、基本的に人間は働く必要がないからである。
この世界は、働く人間は優秀な人間であるという前提になっていて、優秀でない人間は働かなくてもAIのシステムが供給する食料で生きていくことができる。
その実態は人間や動物の排泄物や死骸を再利用して生成されたものである。
本来なら食べたいと思うようなものではないのだが、AIに『教育』された人間にとって、それは最上の食べ物に感じられるらしい。
こうして育った人間は優秀な人間を生み出すためにAIに選ばれた相手と番となる。
かつては結婚と呼ばれ、盛大な式などをあげたりしたものであるが、AIにしてみれば、優秀な人間を産めばいいだけなので、そんなものは必要ないものだと『教育』されているのであった。
そんなわけで、職業あっせん所と言っても、一昔前のハローワークのようなものではなく、エリート向けの案件紹介に近い。
千鳥は建物に入ると、迷わず受付へと向かった。
「この辺で、地域統括AIの護衛依頼の募集があると聞いたんだが……」
受付の女性は、訝し気な視線で千鳥を見ると、再び資料に目を落とす。
「ええ、ありますね。本来はAIシステムで行われるはずなので、不要なはずなのですが、ここ最近、テロが多いせいでしょうね。ホント、AIに従っていれば幸せな家畜として生きていけるのに、困ったやつらです」
受付の女性は嘲るように笑いながら言った。
千鳥はその女性の姿に吐き気がするほどの嫌悪感を感じていたが、顔に出ないように取り繕った笑みを浮かべる。
仕事を持っている上級国民と呼ばれるAIに選ばれた人間はたいてい一般人を家畜と言って見下していた。
しかし、受付などは本来はAIで十分なものである。
では、なぜ人間がいるのかと言えば、彼女たちの実態は上級国民の優秀な遺伝子を後世に残すための愛人だからである。
「それで……俺は、護衛の仕事に就くことができますか?」
「うーん、無理ね」
恐る恐る聞いた答えは、あっさりとした拒絶であった。
「どうしてですか?! 能力的に問題があるとでも!」
「それ以前の問題よ。あなたの態度が私には気に入らないの」
公私混同も良いところだが、これでも成り立つ程度に受付嬢という仕事は程度の低いものであった。
対人スキルに優れた人間でなければなれない職業だったのは、昔の話である。
「そんな! どうすればいいんですか?!」」
「そうね。それじゃあ、ダイヤの指輪でも買ってもらおうかしら。もちろん1カラット以上のだからね! あ、でも、アンタみたいなおこちゃまじゃ無理かもね。キャハハハハ!」
明らかな侮蔑した笑いと共に無理難題を言ってきた受付に、千鳥は今まさに殴りかかろうとしていた。
しかし、その時、五台のAIロボットが職業あっせん所の建物に入ってきた。
最初、自分を捕まえに来たのだと思っていた千鳥は思わず身構える。
しかし、AIロボットが取り囲んだのは受付の方であった。
「脅迫ならびに収賄の罪で処分します!」
AIロボットが一斉に受付に告げる。
焦った受付は無駄なことだが、ロボットに抗議の声を上げる。
「何よ?! 私は天原裕也様の妻なのよ? 私を処分なんて、できると思ってんの?!」
天原裕也、それは、この東京エリアを統括するAI直下の長の名前であった。
だが、上級国民はAIの従順なしもべである。
AIが処分を決めた以上、彼女が助かる道はないだろう。
そして、彼女の言葉の直後に、五台のAIロボットから一斉に銃弾が発射される。
あっという間に蜂の巣になって倒れた彼女は、もはや肉塊と呼べるほど無残な状態になっていた。
「処分完了、帰投します」
役目を終えたAIロボットは彼女の亡骸を抱えて帰っていった。
おそらく明日には加工されて誰かの腹の中に入っているのだろう。
しかし、千鳥は彼女を哀れだとは思わなかった。
そして、彼女が運び出されてから五分と経たないうちに、新しい受付がやってきた。
「ふふふ、馬鹿なヤツ。ちゃんと仕事をしていれば、良い生活できたのにね――。あ、仕事のあっせんですね。安心してください。あんなのとは違ってちゃんとやることはやりますから!」
こうして、新しい受付から護衛の仕事を受注した千鳥は、案内に従って、新宿にある旧都庁までやってきた。
「この最上階に
まだ真新しい建物を見上げながら、千鳥はつぶやいた。
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