第9話 鍛錬とすれ違い

環たちは赤子を抱えたまま、異界へと戻ってきた。

赤子は環たちの手に負えないため、育児施設へ預けたあと慰労会としてチームハウスのロビーへと向かう。


かろうじて赤子一人を救出できたものの、それ以外の人間は全滅という結果に自然と空気が重くなる。

その中でも環と千鳥、雪乃の3人の表情は深刻であった。


無謀な戦いをして倒れてしまった千鳥、彼を心配するあまり『オモテ』に行かずに付き添った環、そして、攻撃を受けて怪我をしたことで撤退の原因となった雪乃は、それぞれが自分のせいで多くの人が犠牲になったと考えていた。


その様子を見て、晴明がパンパンと手を叩いた。


「三人とも、そんな暗い顔をしてはいけませんよ。そもそも、今回の結果はあまり良くはありませんでしたが、その結果はチーム全体のものです。反省点は次回に生かすようにみんなで考えていきましょう」


その言葉に三人の表情が和らぎ、その後は和気あいあいと慰労会で互いの健闘を称えあった。


その日から、千鳥は早朝から夜まで鍛錬に明け暮れるようになった。


「千鳥! 最近ちょっと頑張りすぎじゃないの? 身体を壊したら元も子もないよ!」


「大丈夫だ! みんなと比べて俺は弱い。一緒に戦えないほどに……。だから一刻も早く強くなって、みんなの力にならないといけないんだ!」


心配する環の言葉も、彼の耳には届いていないようだった。

こうして、お互いの想いがすれ違ったまま、千鳥は鍛錬に明け暮れる日々を送っていた。


彼女の心配をよそに、千鳥は調子を崩すことなく順調に実力を上げていった。

中でも剣術に関しては、一か月も経つ頃には、教師とも互角に戦えるほどになっていた。


それでもまだ足りないとばかりに訓練に明け暮れる千鳥だったが、環が何度もしつこく誘っては街で映画を見たり、公園の中を歩いたりした。

そして、誕生日のわからない千鳥の誕生日を勝手に決めて誕生日会なんてこともやった。


もちろん、彼女が誘っていないときは常に鍛錬して自分を追い込んでいたし、彼自身の身体も、その努力に応えるかのようにメキメキと強くなっていった。


そして、とうとう彼の実力を晴明たちの認めるところとなった。


それからは千鳥もオモテの人たちの救援に何度も出向くことになる。

しかし鍛えたとはいえ、本質的には人間の身体である。

その圧倒的な脆弱さはオモテで戦う時の足かせとなっていた。


結果として、彼はその力で多くの功績を上げつつも、その脆弱さで仲間たちの足を引っ張ることが多かった。

環たちは、その彼の弱さについては特に責めることもせず、彼の成し遂げた成果を褒め称えた。

しかし、その彼女たちの優しさが千鳥にとって耐えがたい重荷となっていた。


そうして、千鳥はより大きな功績を求めるようになった。

しかし、より大きな功績には、相応のリスクが伴うものである。

結果として千鳥は、より頻繁に仲間たちの足を引っ張るようになった。

それだけならまだしも、時には仲間たちの身を危険にさらすことも多かった。


しかし、環たちのチームの信条は良い成果を出すよりも仲間たちが無事であることに重きを置いていた。


そのため、次第に実績を求めて仲間たちを危険にさらす千鳥の動きは彼女たちにとって頭の痛い問題となっていた。


「千鳥なんだけど、次の救援の時には外れてもらおうと思ってるんだ……」


一緒に活動できるようになったことを一番に喜んでいて、最後まで千鳥を外すことに反対していた環が暗い表情でみんなに話す。

それ以前から千鳥の危険な行動により、彼を活動から一時的に外そうと考えていたメンバーは、彼女の発言に無言でうなずいた。


しかし、当の千鳥が声を張り上げて抗議する。


「そんな! 俺だってちゃんと実績を上げてるだろ?! みんなの役に立っている! なんで俺だけ外そうとするんだよ!」


「千鳥、聞いて。私たちは千鳥のことを役立たずなんて思っていないの。でも、千鳥が功を焦って、みんなを危険にさらすことを、これ以上見過ごすことはできないのよ」


憤る千鳥に環は申し訳なさそうに告げる。

しかし、その言葉も今の千鳥には届いていなかった。


「なんだよ! 環まで俺を役立たず扱いするのか?! くそっ、俺がやっぱり弱いからなのか?! この間まで頑張っているのを認めてくれてると思ってたけど、やっぱり心の中では見下していたんだろ?!」


「そんなことない! 千鳥はただ頑張っているだけじゃない。前よりもずっと強くなったし、実際に何人も危なかった人たちを助けてきたじゃない! ただ、そのためにみんなを危険にするようなことはやめて欲しいだけなの!」


そんな訴えすらも、彼には正しく理解することができなかった。


「結局、俺を見下すために……、俺を弱いままにしていたいために……、そんなこと言うんだな!」


「違うよ、お兄ちゃん。私だってお兄ちゃんと一緒にいたい。でも、今のお兄ちゃんだとみんなを傷つけてしまうかもしれない。あるいは下手をしたら死なせてしまうかもしれない。そう思って、いるだけなんだよ!」


「雪乃……」


憑き物が落ちたように雪乃を見る千鳥に、淡い期待の視線を向ける。

しかし、それは彼女の勘違いでしかなかった。


「お前まで、そう言うのかよ! わかったよ、俺は俺で誰にも真似できないようなことを成し遂げてみせる! それで俺が役に立つってことを納得させてやるからな!」


そう言って、チームハウスから出ていってしまった。


「千鳥……!」

「お兄ちゃん……!」


追いすがろうとした二人だったが、彼の言葉がまるで棘のように心に刺さって足の動きを止める。


「しばらく放っておきましょう。彼には考える時間が必要なんだと思います」


そう言って、晴明は落胆する二人を励ますように微笑んだ。

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