第7話 圧倒的な力の差
学校の闘技場の中央を挟んで千鳥と雪乃は向かい合っていた。
互いに勝ちたいという気持ちは同じであったが、その表情には気持ちの余裕に大きな差が見られた。
人間である千鳥は武器として模造刀を選んでいた。
その真意は分からないが、傷つける可能性があるとはいえ、遠隔武器を選ばないところに千鳥の妹を傷つけたくない意思が垣間見える。
中央に立っている審判役の晴明が、二人の準備が問題ないことを確認すると、右手を上に伸ばして振り下ろす。
「それでは、はじめ!」
試合開始の声と共に、千鳥は雪乃に切迫し、模造刀を一息に振り下ろす。
「うりゃぁぁ!」
渾身の一撃と思われる千鳥の攻撃を、雪乃は涼しい顔で受け止めて振り払った。
たったそれだけのことで、千鳥の身体は容易く吹き飛ばされる。
「これで力の差はわかったでしょ。お兄ちゃん、もうあきらめて降参してよ!」
「俺は諦めないッ! お前を危険な目に合わせるようなことは……断じて認めないッ!」
立ち上がり、刀を振り、そして受け止められて吹き飛ばされる。
それを何度も繰り返すうちに、千鳥の服はあちこち破れて、全身が傷だらけになっていた。
「お兄ちゃん! これ以上は止めて、立ち上がらないで。 私は……お兄ちゃんを傷つけたくないの! 私は強くなった! みんなの足手まといにもならない自信がある! だから、お兄ちゃんも、私が『オモテ』でみんなと戦うのを認めてよ!」
それでも諦めずに立ち上がる彼に、雪乃は悲痛な表情で負けを認めるように懇願した。
しかし、何かに追い立てられるように、彼はふらつきながらも立ち上がる。
「いや……。まだ、だ! 俺はまだ負けちゃいねぇ! 負けを認めたら、俺には何も残らなくなっちまうんだ!」
「もうやめて!」
それでも昏い表情のまま追いすがる千鳥を止めようと、雪乃は叫び声と共に能力を発動させる。
その瞬間、彼の両足は氷に覆われて地面に留められていた。
「うわっ!」
勢いあまって地面に倒れ伏すも、両手だけで前に進もうともがいていた。
その執念により、凍り付いた両足から氷が剝がされる。
無理矢理剥がされた氷は彼の両足の皮膚ごと持っていき、痛々しい姿になっていた。
既に痛みにより両足を使うこともままならないにも関わらず、両手を使って地面を這いながら雪乃に追いすがる。
既に勝負は明らかであったが、ルール上は彼が戦意喪失するか、死にかけて再起不能になるまで、審判である晴明も止めることはできなかった。
悲痛な彼の姿に環は駆け寄って、その身体を抱きしめる。
「もうやめてよ! 私は、千鳥が傷つくのを見たくないの! 私の大事な……大事な仲間なんだから!」
「だが、俺は……お前と……環と肩を並べて戦うこともできない弱者だ。それじゃあ仲間と言えないだろう?」
「そんなことない! 弱かったとしても千鳥は千鳥だよ! それにずっと弱いままだとは限らないじゃない! 私だって、最初は全然戦えなかった! でも、大事な人が傷つく姿を見たくないと思っていたの、それで武器を手に取ったの。だから、千鳥も今は守られるだけかもしれないけど、それでも大事な人には変わらないよ!」
目に涙を浮かべながら懇願する環の姿を見て、改めて自分の弱さを悟る。
それは力の無さではなく、大事な人間を悲しませてしまったことによるものであった。
しかし、AIの教育を受けた千鳥には、そこまでの考えに至ることができず、純粋に弱い自分が悪い、という考えに留まっていた。
それでも、心の中では彼女の悲しむ顔を見たくないという意識があったのだろう。
力の出ない腕を上げて、彼女の頬に手を当てる。
「ごめん。弱い俺でごめんなさい。俺は強くなるよ。今よりも、そして環と共に戦えるように……頑張るから……」
そして、千鳥の身体から力が抜けていく。
「千鳥、千鳥! ねぇ、大丈夫?!」
「安心してください。命に別状はありません。治療しますので、離れてください!」
晴明は焦燥する環を千鳥から引き離すと、能力で傷を癒していく。
「傷の方は問題ありませんが、途中から気力だけで戦っていたのでしょう。彼にはしばらく休息が必要ですね。剛、申し訳ありませんが、医務室まで運んでいただけますか?」
「うむ」
晴明の指示に剛が頷くと、千鳥の身体を持ち上げて医務室へと運んで行った。
そんな彼を心配そうに環が見送る。
「環、そんなに心配なら彼についてあげてください」
「え、でも、これから『オモテ』に行くんじゃ……」
晴明は、心配そうに彼を見つめる環に微笑みかける。
「心配はいりませんよ。雪乃さんも加わってくれましたし、彼女の守りは私が責任を持ちましょう。それに何より……。今の彼には環、あなたが必要そうですからね」
環は躊躇いながらも他の人たちの様子を見る。
そして、何も言わずに千鳥の後を追って医務室へと向かった。
環は医務室のベッドで寝ている千鳥の様子を心配そうに見つめていた。
専門家でない環がいたところで、実際に何かできるわけではないのだが、それでも彼のためにせめて傍にいてあげたいと思っていた。
そうして彼を近くで見守っていると、晴明が様子を見に来た。
「まだ目が覚めませんか。まあ、遅くても明日の朝には目を覚ますでしょう。環、こっちはお願いしますね」
「大丈夫ですか?」
「心配はいりませんよ。厳しいようであれば、早めに撤退しますので」
「すみません……。私のわがままで……」
視線を千鳥から逸らさずに晴明に謝罪を告げる。
しかし、彼は首を横に振ると、努めて明るい声で言う。
「気になさらないでください。彼は私たちにとっても大切な仲間です。あなたが彼を心配するのと同じくらい、私たちも心配しているのです……。それでは、私たちは行ってきますね」
そう言って、晴明は医務室から出ていった。
一人残された環は誰に言うでもなくつぶやく。
「どうしてみんなで幸せになれないのかな……。私が彼を好きになってしまったから? その罰として……、こんな結果になったのだとしたら……」
環の瞳に浮かんだ行き場を無くした涙が止めどもなく零れ落ちていった。
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