第6話 兄妹喧嘩

千鳥と雪乃が『ウラ』にやってきて2週間が過ぎようとしていた。

その間、二人はAIに毒された外とは異なる常識に戸惑いながらも少しずつ順応していった。


学校でも友人が何人もできたし、環が正式に告白に対して答えていないことを良いことに千鳥に言い寄ってくる人もたくさんいた。

奥ゆかしい雰囲気の雪乃に少しでも近づこうと、まずは千鳥と親密になろうとしてくる輩もそれなりにいた。


『ウラ』のルールでは恋愛に関しては自由であるため、環や魅亜も行き過ぎない程度のアプローチであれば容認していた。

一方の千鳥も何人もの人や妖怪が自分に恋心を抱くという初めての経験に戸惑っていた。

さらには、自分が『違う』と思った場合は、その告白を断っても良いということも初めて経験することであった。

最初は1人の告白を断るにあたって数日悩んでいたこともあった。

しかし、最初から千鳥の心は環にあったことと、魅亜から告白されてちゃんと答えない方が失礼だと言われたことで、あまり悩まずにお断りをするようになっていた。


そして断られても、それは今だけの話、ということで、数日後には再度告白してくる体験をしたことで、環に断られた、と思っている自分も全部終わったわけではないと勇気づけられたりもした。

何度も断り続けている相手から勇気づけられるのも悪いと思って、正直に話したこともある。


中でも櫛の付喪神である櫛灘時子くしなだときことのやり取りは印象的であった。


「ごめんなさい。俺は環以外とは付き合いたいと思えないんです。だからもう告白しなくても……」


「何言ってんのよ。まだタマちゃんと付き合ってもいないじゃない。それにあきらめたらそこで終了よ。タマちゃんとの結果はまだ分からないけど、それがダメになった時に他の人に取られるのは嫌だから、こうして頻繁にアプローチしているってわけよ」


想像以上にポジティブな返答に、千鳥もそれ以上何も言えなかった。

しかし、彼女の積極的な行動が功を奏したのか、付き合うまではいかないまでも、放課後に環や魅亜と一緒に彼女とも遊びに行くようになったのだから、彼女の言葉はある意味正しいと言えた。


この日も、いつものように環や雪乃と一緒に家に戻ると、ロビーで晴明に呼び止められた。


3人で彼の向かいに座り話を聞くと、どうやら千鳥たちと同じように、AIロボットから隠れて生活している人を見つけたらしいとのことであった。

その人を救出するために環だけでなく、晴明や九郎、玉藻、剛といったメンバーが出動するとのことであった。


「あの……、私も参加できますか?」


「ええと、雪乃さんは妖怪になりますので、本人が希望すれば参加は可能ですが……。よろしいのですか? かなり危険ですよ」


「お、おい、雪乃! 止めておけよ! 迷惑になるだろ?!」


「お兄ちゃんは黙ってて! 私もみんなの力になりたいの!」


「そんな……。俺はそんなつもりじゃ……」


心配して言った雪乃に反抗されて、千鳥は意気消沈する。

その様子を見ていた晴明が、雪乃に一つの提案をする。


「本人の希望を曲げてまで参加を断ることはできませんが、お兄さんの心配もわかります。どうでしょう、今回は後方支援に徹してもらうということで。もちろん環を護衛に付けます」


晴明は二人の様子をうかがう。

先ほどのやり取りで気まずい雰囲気になってしまったため、二人とも素直に彼の提案に乗ることにした。


「ちなみに俺は……参加できないんでしょうか……」


千鳥に訊かれて、晴明は難しい顔をした。


「絶対にできない、とは言えませんが、人間は基本的に守られる対象です。能力的にも妖怪とは比べ物になりませんからね……。妖怪と対等に戦えるということを示さないと認められないですね」


「そんな! 俺だって環の役に立ちたいんだ……」


千鳥は実質的な戦力外通告に悔しさを滲ませた。


「何で雪乃は良くて、俺はダメなんだ。雪乃の方が弱いだろ?」


千鳥の訴えに晴明は悲しそうに首を横に振った。


「いいえ、妖怪としての封印が解かれた彼女は、あなたよりも全然強いのですよ。何より妖怪になると耐久力が上がります。あなたではAIロボットの攻撃を受ければ、あっという間に死んでしまうでしょう。しかし、彼女は妖怪となったことで、多少攻撃されても耐えきることができます。それに彼女の冷気でAIロボットを倒すことができますが、武器もまともに使えないあなたでは無理でしょう」


「そんな! 俺は……」


「私も、あなたの想いは理解しています。ですが、あなたには死んでほしくない。だからこそ、おとなしく待っていて欲しいのです」


「わかった……。だが、雪乃が俺より強いことを証明させてくれ! もし、俺が勝ったら雪乃も留守番だ!」


「わかりました。それでいいですか?」


そう言って晴明は雪乃を見ると、雪乃は頷いて立ち上がった。


「わかった! それじゃあ、お兄ちゃんには悪いけど、私の強さを証明してあげる。私だってお姉さんの力になりたいの、だからこれだけは譲れない!」


そこにはかつて兄の陰に隠れて弱気だった雪乃の姿はなかった。

それを寂しいと思いつつも、千鳥は自分だけが置き去りにされたくない一心で、実の妹と全力で戦うことを決めたのだった。

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