第5話 模擬戦
波乱だった自己紹介が終わり、環たちのクラスは模擬戦の授業のために闘技場に異動する。
『ウラ』にいる限りは必要ないが、『オモテ』には妖怪にとって敵となる存在が多い。
その中で最低限自分の身が守れるように、そして能力を暴走させて他人に危害が及ばないようにするために、こうして戦闘の訓練を行うのである。
訓練には二種類あり、模造武器を使った生徒同士の戦闘と教師が召喚した式神との戦闘である。
模造武器は近接武器に限られるため、銃を使う環や血統魔法を使う魅亜は後者を選ぶことが多い。
千鳥と雪乃は初めてということもあり、今日は見学なので環の戦いを見ることにした。
環は愛用の狙撃中を背負って、闘技場に魅亜と共に現れた。
教師の合図で5体の鬼が式神として召喚される。
魅亜が自分の指をナイフで傷つけると、その傷口からあふれた血の一部が霧となって周囲を漂う。
そして、残りの血が刃となって鬼たちに襲い掛かった。
しかし、鬼たちは血の刃にひるむことなく、そのうちの一体が魅亜に迫ろうとしていた。
「させないよ!」
ダァン、という銃声と共に、鬼の体に穴が開く。
それは寸分の狂いもなく式神のコアである霊符に穴をあけていた。
鬼は一言もしゃべることなく、粉々になって消えてしまった。
残された鬼たちは環の姿を探して周囲を見回すが、血の霧によって視界を阻まれており、彼女の姿を捉えられていなかった。
そして、再び別の方向から環の声が聞こえたかと思うと、銃声と共に鬼が消滅する。
決め手に欠ける魅亜の攻撃よりも環の攻撃を脅威と感じた鬼たちが魅亜を無視して環を探すために散開しようとした時、鬼たちの背後から魅亜の声が聞こえてきた。
「あらあら、私を無視するなんて油断が過ぎるんじゃありませんか?」
その声と共に、2体の鬼の胸のあたりから白く細い手が生えてきた。
先ほどと同様にコアを破壊された鬼たちは瞬く間に塵と化した。
「これで最後だ!」
残された一体の鬼は環の狙撃中から放たれた銃弾によって、ほとんど同時にコアを破壊され、塵となって消えた。
五体の鬼が倒されたと同時に、血の霧が晴れる。
「魅亜、おつかれ!」
「タマちゃんも、相変わらずですわね」
二人はお互いの健闘を称えあうと、観戦していた千鳥や雪乃に手を振って彼らのもとに駆け寄った。
「どうだった? 私たちの戦いは」
「二人とも凄かったです!」
「……私たちも、あのくらい戦えれば……」
外での襲撃のことを思い出したのだろう、雪乃は戦えなかった過去のことを思い出して悔しそうにしていた。
そんな雪乃の頭に環はポンと手を置き、軽く撫でた。
「そんな気にしちゃダメだよ。大変だったし悔しいとは思うけど、大事なのはこれからだから!」
その言葉に勇気づけられた雪乃は顔を上げて環の方を見ると、はにかむように微笑んだ。
「そうだね……。私も頑張るよ……」
小さいながらも決意を秘めた声であった。
========
学校が終わった後、環たち三人は『解放者』のチームハウスへとやってきた。
チームメイトの自宅も兼ねており、千鳥と雪乃も二人で一部屋ではあるが部屋を割り当てられている。
今日は二人のことについて晴明から話があるということで、二人はチームハウスのロビーにやってきていた。
「お姉さんも一緒に来て欲しいです」と雪乃に言われたため、環も一緒にやってきていた。
しばらく待っていると、晴明もやってきて、3人の向かい側に座る。
「やあ、待ったかね? 今日は他でもない二人についての話なんだけど、僕の見立てでは千鳥くんは普通の人間なんだけど、妹の雪乃ちゃんの方は妖怪の血が混じっているね」
晴明の言葉に心当たりがあるのか、雪乃は膝の上に置いた手を強く握っていた。
「え? そうなの?」
「はい、能力自体は封印されているようですが、完全ではないようで気配までは隠せていないようです。おそらく、それでAIに目を付けられたのでしょう。そうではありませんか?」
晴明の言葉に雪乃は静かに頷いた。
「やはりそうでしたか……。もし、あなたが望むのであれば、その封印を解いてあげましょう」
「……お願いします!」
晴明の提案に雪乃が頷くと、おもむろに呪文を唱え始めた。
雪乃の体に光の鎖のようなものが浮かび上がったかと思うと、ガラスの割れるような音がして砕け散った。
その直後、ロビーの気温が十度ほど下がった。
「うわっ、寒っ!」
「これはなかなか……。雪乃さん力を抑えられますか?」
「すみません……。やり方が……」
「うーん、それでは試してみましょうか。雪乃さん、あなたの体の中に冷たい……そうですね絶望といった感情の塊があるというイメージをしてください。そしたら、それを暖かい感情、そうですね……お兄さんや環にたいする想いで包み込むようにするんです」
雪乃は晴明の言葉に従ってイメージをしているようで、最初のうちは上手くできなくて苦しそうな表情をしていたが、コツがつかめたのか次第に表情が柔らかくなっていき、それと共に周囲の冷気が収まっていった。
「……できました」
「そうです。その感覚を忘れないようにしてください。異界にいるうちは周りもほとんどが妖怪ですから、暴走しても大事にはなりませんけどね」
「わかりました。ありがとうございます……」
雪乃は自分が妖怪だったこと、そして他の人、特に環の力になれそうだとわかったことで、嬉しそうな表情を浮かべていた。
「ああ、俺も妖怪だったらよかったのに……」
一方の千鳥の方は自分が人間で、環の力になれないことを悔しそうにしていた。
「そんなこと言っちゃダメ。私たち妖怪は人間の想いから生まれたんだ。だから、たとえ力が無かったとしても人間の存在は私にはとっても大事なんだよ。もちろん千鳥もね」
環は何とか千鳥を励まそうとしていたが、環に守ってもらうのでなく肩を並べて戦いたいと思っていた千鳥は複雑そうな表情を浮かべていた。
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