第3話 住民登録

「ねね、『ウラ』に行く前に名前教えてよ!」


「おや、もう猫を被るのはやめたんですか?」


「ふんだ! もう被っていた猫はどこかいっちゃったよ!」


素がバレてしまった環は猫を被るつもりはないようで、くだけた口調になっていた。

こちらの方が接しやすいと感じたが、とりあえず自己紹介として名前だけでも教えておくことにした。


「俺は、綾樫千鳥あやかしちどりだ」

「私は、綾樫雪乃あやかしゆきのです」


「ありがとう。改めまして、私は虚木環よ。よろしくね」


そう言って、環は二人の手を取った。


「「こちらこそ、よろしく」お願いします」


「あ、それと、こっちにいるのが……」


安倍晴明あべのせいめいです。私についての説明は――不要ですね」


「それから、こっちが真壁剛まかべつよしね」

「うむ」


寡黙な彼に代わって、環が彼を紹介する。


影崎九郎かげさきくろうだ」


清水玉藻しみずたまもよ」


「「は、はい、よろしくお願いします」」


環の時と比べて、だいぶ緊張しているように見えた。


「さて、自己紹介も終わったことですし、戻りましょうか」


「「「はーい」」」


晴明の掛け声で、全員が近くの公園へと向かう。

その池の畔に立ち、呪文を唱えると、別の世界の光景が映し出された。


その直後、千鳥と雪乃、そして環を除く全員が、池に飛び込んだ。


「え?!」


「さあさあ、そこに飛び込んで! 大丈夫だから!」


環は千鳥の背中を軽く叩きながら、入るように促す。

二人とも少しの時間ためらっていたものの、覚悟を決めると池の中に飛び込んだ。


「おっけー。私もすぐに行くね!」


二人が飛び込んだのを見届けて、環も池の中に飛び込んだ。


========


池の中の世界は、見た目こそ自分の知っている東京と同じだが、街の中を行き交う人たちの作る活気が、そこにはあった。


「ふふっ、ここが『ウラ』よ。この街は二〇二〇年くらいの東京をイメージして作られたんだよ!」


「えっ?! これが東京ですか?」

「私の知っている東京と違う……」


環の言葉に、二人とも信じられないと言いたそうな表情を浮かべていた。


「今の東京しか知らないんじゃ、仕方ないかもね。まあ、最初は慣れないかもしれないけど、これが普通になるよ」


「そうだと良いんだけどなぁ」


千鳥はまだ実感がわかないという様子だったが、わずかに期待感をにじませていた。


「時間はたっぷりあるんだし、焦らなくてもいいよ。ま、まずは住民登録をしに行こうか!」


環は二人を市役所へと案内した。

途中で雪乃のお腹が鳴ったので、市役所の近くにある喫茶店で軽食を食べてから、市役所の二階にある市民課の窓口に向かった。


「こんにちは、住民登録ですね。こちらの用紙にご記入の上、こちらまでお持ちください」


二人は用紙を手渡されると、さっそく記入台に行き、用紙の空欄を埋めていく。


「住所は当面は『解放者レジスタンス』の住所になるから、空欄にしておいて大丈夫。とりあえずは名前と生年月日――はだいたいでいいよ、それと性別を書いておけばいいかな」


記入し終わった二人の用紙に、住所と所属を書き加えて窓口へと提出する。


「あ、所属を『解放者』にしちゃったけど大丈夫? 他のチームを希望するなら、紹介はできるけど……」


「大丈夫です。いや、むしろ環さんと同じチームが良いです!」

「私も……お兄ちゃんと一緒にお姉さんのところに行きたいです……」


雪乃の言葉に、環はカッと目を見開いた。


「お、お、お姉さん?! えへへ、そうかぁ、お姉さんかぁ……。あ、それじゃあ二人とも所属は私のところにしておくね!」


「「よろしくお願いします!」」


照れながらも上機嫌な環に二人は頭を下げた。

そして、ちょうど記入内容の確認が終わったようで、受付のお姉さんが声をかけてきた。


「はい、書類は問題ありません。こちら住民になられた方にお渡ししてるガイドブックとなります。それでは『ウラ』へようこそ!」


彼女が二人を笑顔で歓迎してくれたおかげで、二人の緊張は少しだけ解けたようだ。


「それじゃあ、次は学校の編入手続きだね」


「え?! 学校に行くんですか? でも勉強は必要ないかと思うんですけど……」

「そうです。私たち、必要な知識はAIから与えられてますので……」


二人は物心つく前に、AIによって必要な知識は全て脳に直接インストールされていた。

そのため学校と言われても、いまさら知識を学ぶために通う必要性など無いと考えていたようだった。


「ちっちっち、学校は勉強するだけのところじゃないんだよ! 友達と友情を深めたり、好きな人と恋愛したりするところでもあるんだ!」


「友情……恋愛……。よくわからないです……」

「私も……」


友情や恋愛についても、必要に応じてAIが相手に対して友愛や恋愛の感情を抱くようにインストールされるので、学校に通って自発的に行う意味が分かっていないようだった。


「難しく考えなくてもいいよ。学校に行って、一緒に勉強したり遊んだりしているうちに、友達や恋人になりたい、って思える人が自然と見つかるからね!」


環にそう言われても、二人には自分がそうなった未来を想像することができず、学校生活に不安や戸惑いを感じているようだった。


「ま、こっちも手続きだけしちゃおうか。大丈夫、別に無理して作らなくてもいいんだよ。こっちの世界は自由だからね。責任は伴うけど、二人の好きなようにすればいいのさ」


そうして、市役所と同じように学校の教務課に行き手続きを完了させた。

そこまで厳格ではないらしく、明日から通うことができるようだ。

初日は顔合わせを兼ねたオリエンテーションとなるため、授業自体は明後日からになるらしい。


しかし、いくら環に励まされても、学校と言う未知の世界に対する不安が消えることは無かった。

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