第2話 ウラの東京

虚木環うつろぎたまきは座敷わらしである。

伝承の通り、彼女の力は人間に幸運をもたらすことを可能にする。

しかし、それは彼女が『そう願う』からであり、彼女の力によって『願いが実現する』結果でしかなかった。


今、その彼女が敵の指揮官を見つけるべくスコープを覗き込んでいた。

その願いによって、スコープが一回り大きいロボットを捉えた。


「あ、あっちの方にいるよ! ちょっと他のより大きいから、たぶんアレだね!」


「お手柄です。そのまま狙撃できますか?」


「もちろん! 任せてよ!」


彼女は再びスコープを覗き込み、そのロボットの中心部に狙いを定める。

そして引き金を引くと、銃声と共に銃弾がロボットに向かって一直線に飛んで行く。


彼女のコアを破壊したいという『願い』によって、放たれた弾丸は、寸分も狂うことなくロボットのコアを破壊した。

そして、コアが失われたロボットは瞬く間に動きを停止する。


「やったっ!」


「お手柄です。あとは私たちの仕事ですね」


そう言って、晴明は大量の人形ひとがたをばらまいた。

彼が印を組んで呪文を唱えると、人形が鬼の姿に変わってロボットたちに襲い掛かる。

指揮官を失ったロボットたちは抵抗らしい抵抗をすることもなく、右往左往しているうちに、鬼たちによって全てスクラップにされてしまった。


「相変わらずえげつないわねぇ」


「同感だ。この男が仲間で本当に良かった」


「ふふふ、おだてても何も出ませんよ。まあ、この辺一帯は片付いたみたいですし。ホームに帰りましょうか」


「「はーい」」


「あ、ちょっと待って。さっきの子供たちを迎えに行かなきゃ!」


能天気な彼女の言葉に晴明はこめかみを押さえた。


「もしかして、また拾っていくつもりですか?」


「ええ? いいじゃん、もしかしたら『仲間』になってくれるかもしれないよ!」


「うーん、でも人間ですよね?」


「大丈夫大丈夫、私が見つけたんだから、ただの人間じゃないはずだよ!」


根拠のない発言に晴明はため息をついた。


「わかりました。彼らを拾ってから行きましょう。案内の方はお願いしますね」


晴明は疲れたように言うが、それを意に介せず彼女は胸をドンと叩いた。


「まかせてよ!」


そう言って、ズンズンと歩き出す。

他の四人は、しぶしぶと言った様子で彼女についていった。


========


たどり着いた先は家と言うよりは地下に掘られた洞窟の行き止まりのような場所であった。

唯一、申し訳程度に入口に布がかかっており、それだけが人が住んでいることを主張していた。


たまきは、その主張を気にすることなく布をくぐって中に入る。


「失礼しますわ」


「あ、アンタは!」


「先ほどはどうも、私は虚木環という者です」


驚きの表情を見せる少年に軽くお辞儀をする。


「私の種族は座敷わらし。裏東京、通称『ウラ』にあるチーム『解放者レジスタンス』のメンバーの一人です」


「え?! 『ウラ』? 座敷わらし??」


「いきなり、そんなことを言ってもわかりませんし、なんかいつもと口調が違って気持ち悪いです。」


気持ち悪いと言われた環は頬をふくらませて抗議する。


「もう、せっかく大人なお姉さんな感じを演出しているのに、気持ち悪いなんてひどいよ!」


「……その話はあとにしましょうね。私は彼女のチームのリーダーをしております安倍晴明と申します。ご存知かと思いますが正体は陰陽師です」


「安倍晴明?! それって、あの、伝説の?」


「ふふふ、そうです。歴史上の人物をモチーフにした妖怪というものです。座敷わらしと言った彼女も、そして私の後ろにいる三人も妖怪です」


「妖怪なんているはずが……」


「とりあえずは信じなくても構いません。まずは私たちの説明をさせていただきましょう。妹さんも連れてきていただけますか?」


晴明の言葉に少年は奥に行き妹を連れてきた。


「ふむふむ、なるほど……。まあ、こちらに関しては一旦置いておきましょう。まずは『ウラ』についてですが、明治時代の話はご存知ですか?」


二人は静かに頷いた。


「それなら話が早い。日本は当時、西洋文明を取り入れるために、私たち妖怪を隔離するために、『裏東京』という別の世界を作り、そこに避難させることにしたのです。もっとも、全員が移ったわけではありませんし、明治以降に新しくできた妖怪もいますから、完全にいなくなったわけではありませんけどね」


「そ、それじゃあ、『ウラ』っていうのは妖怪の住む世界ってことなのか?」


「はい。と言いたいところですが、こちらの世界――私たちは『オモテ』と言っていますが――の状況は理解されていますか?」


その言葉に少年は憎々しげに頷いて、吐き捨てるように言う。


「もちろんだ! あんなロボットに俺たちは、まるで家畜か何かのように扱われているんだぞ!」


晴明は少年に憐れむような表情でうなずいた。


「そうです。そして、それに耐えきれなくなった人たちを『ウラ』に避難させているのです。ですから、妖怪の世界だというのは昔の話、今は人間も多数住んでいますよ」


「そんな世界が?!」


「もちろん、AIもロボットもありません。多少の不便はありますが、生活する分には支障はないでしょう。それにそちらの妹さんは――」


「人間じゃない、って言いたいんだろ? わかってる。妹とは言っているが、血のつながりはないんだ」


「なるほど、道理で。では単刀直入に言いますと、妹さんは妖怪の血が混じっています。おそらくはそれがご両親や妹さんがAIに『処分』の対象だと判断された理由でしょう」


少年は大事な人を失った悲しみを思い出したのか、目に涙を浮かべながら叫ぶ。


「そうだ! でも、父さんも母さんも、そして雪乃も何も悪いことしちゃいないんだ! それなのに、それなのに……。何で殺されなきゃいけないんだ!」


環たちは、少年の慟哭を彼の気持ちが落ち着くまで静かに見守っていた。

ほどなくして、落ち着きを取り戻した少年は力強い瞳で晴明を見据える。


「わかりました。僕たちも『ウラ』に連れていってください」



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