あやかし×ディストピア

ケロ王

第1話 オモテの東京

「はぁはぁ、クソッ!」


裏路地を妹の手を握りながら駆けている少年は、最悪の状況に悪態をついていた。


「お兄ちゃん、もういいよ……。私だけが処分対象なんだから、私が『処分』されればいいの……。そうすれば、お兄ちゃんだけでも幸せに生きられるんだよ……」


彼女の必死で絞り出したような言葉に彼は大きく顔を歪ませた。


「父さんが殺されて、母さんも殺されて……。唯一残されたお前まで殺されて、どこが幸せだ?! ふざけるな!」


その剣幕に彼女は一瞬だけ気圧されるも、それはほんの一瞬のことであった。


「それに……、私はもう疲れたよ……。こうして『マザー』に狙われながら……。助けてくれる人も誰もいないし……」


マザーAI、通称『マザー』は世界で七つ存在するAIの親玉とも言うべき存在であった。

その決定は速やかに地域統括AI、通称『ブラザー』に伝達され、その指示をAIロボットが忠実に実行する。

一部の人間は地域統括AIの補佐である上級国民として優遇されていた。

しかし、大多数の人間はAIの下にあって、『教育』の名のもとに知識だけでなく嗜好や感情も植え付けられ、『幸福』な生活をする。

しかし、その『教育』を受け入れられない者が現れることがあり、それらの者たちはAIによって『処分』される。


AIに自ら忠誠を誓った上級国民はもとより、ほとんどの人間も『処分』は正しいことであると考えるようにAIに『教育』されている。

そのため、AIロボットだけではなく、人間にも注意しなければならなかった。

必然的に地下に網の目のように張り巡らされている旧時代の通路の中に隠れるようにして生活していた。


「大丈夫だ、雪乃。お前は俺が守る――守ってみせる! 父さんや母さんみたいにあいつらの思い通りに『処分』させはしない!」


そう意気込んでみたものの、助かる見込みは限りなく低かった。

油断もあったと思うが、あそこまであっさりとAIロボットに見つかると思っていなかった彼らは、逃げると言う判断が一瞬遅れてしまった。

その結果、こうしてAIロボットに追い詰められようとしてるのである。


突然、彼の手が思いっきり引っ張られる。

背後を見やると妹がつまずいて倒れていて、その背後からは三台のAIロボットが迫っていた。


「お兄ちゃん、逃げて……」


消え入りそうな声で懇願する彼女をかばうようにして、彼はAIロボットの前に立ちふさがった。


「どきなさい。十秒以内にどかない場合は排除します」


抑揚のない声で少年に告げるとロボットはカウントダウンを始めた。


十……九……八……。


「お兄ちゃん。どいて! お兄ちゃんが死んじゃう!」


「いやだ! 雪乃だけを死なせはしない! もう、これ以上大事な人が死ぬのを見たくないんだ!」


二人の叫びが響き渡る。

しかし、無情なカウントダウンが止まることはなかった。


七……六……五……。


「くそっ、お願いだ。誰でもいい、助けてくれ!」


「お兄ちゃん! やめて! 私が死ねばいいだけなんだから!」


四……三……二……。


「くそぉぉ、この世界じゃ、だれも俺たちを助けてくれないのかよぉぉぉッ!」


「お兄ちゃんッ! お願いッ!」


一……。


「私たちが助けてあげるわ!」


ダァン。


微かな声と共に響く一発の銃声。


だが、その音の元となった銃弾は一列に並んだAIロボットをまとめて貫いていた。


「ガー、ピー。別の敵性反応を発見。至急応援求む」


その声を最期に、三台のロボットは動かなくなった。


「君たち、大丈夫?」


死を覚悟した少年にかけられた救いの声。


彼がその声のする方を向くと、一人の少女が立っていた。

それは十歳くらいの着物を着た黒いおかっぱ頭の少女だった。


そして、その肩には彼女の背丈よりも長い狙撃銃スナイパーライフルが掛けられていた。


彼女は、しばらく彼らの様子をうかがうと、再び微笑みながら問いかける。


「君たち、大丈夫?」


その無垢な笑顔に少年は思わず惹かれそうになる。


「何でっ! 何で助けたんだよ! そういうのやめてくれよ! あいつらに目を付けられたら、誰も助からないんだぞ!」


しかし、AIロボットが破壊されたことにより、自分たちが報復対象とならないようにするため、彼女に食って掛かった。

しかし、少年の剣幕に対して微笑みを崩さぬまま、彼女は静かに答えた。


「大丈夫よ。とりあえず、今のところは妹さんと家に帰った方が良いわ。こっちが片付いたら、家に迎えに行くから。ね?」


「わ、わかったよ! でも勘違いするなよ! 俺は助けを求めていないからな! アンタが勝手にそいつらを壊したんだからな!」


少年はバツの悪そうな顔でぶっきらぼうに言い放って、彼女の脇を通り抜ける。


「……ありがとうな」


そう、通り抜ける瞬間、小声で言って立ち去って行った。


「ふふふ、不器用な子ね。まあ、こんな世界じゃ仕方ない、か」


ピンチの時に駆け付けるカッコいいお姉さん的な感じで振舞えたことに、環は満足そうな表情を浮かべていた。


しかし、まだ安心できる状況ではなかった。

いつの間にか、彼女を囲むようにして二十台を超えるAIロボットが展開されていた。

それは、彼女に銃口を向けたまま、少しずつ包囲網を縮めてきていた。


「敵性対象確認。速やかに排除します」


その言葉と同時に銃口から彼女に向けられて放たれる無数の弾丸。

しかし、その銃弾の嵐が収まった後には、無傷の彼女と一人の大男が立っていた。


「ありがとう、つよし


「うむ」


四方八方から襲い掛かる銃弾を一人で受け止めたのは、彼女の仲間である真壁剛まかべつよしであった。

いくら大男とはいえ、本来なら四方八方から放たれる弾丸を全て防ぐことは不可能である。

それを可能にするのが彼――『ぬりかべ』の能力の一つ『完全防御』である。

あらゆる攻撃対象を自身に向け、さらに全ての攻撃を防ぐ彼の力である。


そして、その直後、彼女を取り囲む一角に嵐が、また別の一角に炎が巻き起こった。

その炎と嵐は、AIロボットの集団を完膚なきまでに破壊した。


そして、その元となった二人も彼女の傍に降り立つ。


「えへへ、相変わらず強いね! 九郎くろう玉藻たまも


その二人、影崎九郎かげさきくろう烏天狗、清水玉藻しみずたまもは九尾の狐であり、二人とも彼女の仲間である。


「よぉ、遅くなったな!」

「もう、心配したんだからね!」


「えへへ、ごめんなさい。助けを求める声が聞こえたんで、思わず飛び出しちゃった」


頭をかきながら苦笑いを浮かべる彼女に、二人とも毒気を抜かれてしまうのがいつもの流れであった。


「やれやれ、あまり心配をさせないでくださいよ。貴女も私たちの大切な仲間なんですからね。たまきよ」


「あ、晴明せいめい! ほんと、ごめんなさい!」


狙撃中を肩にかけた少女、虚木環うつろぎたまきは思いっきり頭を下げる。

それを見て、「相変わらずですね」と言いたげに苦笑いを浮かべるのが安倍晴明あべのせいめいであった。


安倍晴明は歴史上の人物――ではなくて、それの想いが生み出した妖怪、陰陽師おんみょうじという存在であり、彼女たちのリーダーでもあった。


「これは……多勢に無勢というヤツですね。うーん、恐らくどこかに指揮官となるロボットがいるはずです。たまき、やれますか?」


「うん、やってみるよ!」


たまきは狙撃中の準備をして、スコープを覗き込んだ。

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