第27話 美しい夢だけが残る場所
人を助ける事は良い事だ。
助けた替わりに食べ物を貰ったり、寝床を与えられたり、そうやって生きてきた。
ただ、いつからか口では助けてと言いながら悪事に加担させようとする連中が増えてきて辟易した。
それならひとりでもいいか、と、もう何日食べていなかったからだろうか、彷徨っていると急に目の前が暗くなりぼとりと落下した。
「何か落ちてきたぞ」
「わあびっくりした。こりゃ珍しい。ドラグーンの子供ダヨ」
「ドラグーン?」
「地上で一番強い種族じゃないかな。ドラゴンの血を引いてるとか…石とか土とか食べても生きていけるし、体も頑丈なんだけどネェ。親が子育てしない種族だから今の時代はネ。死んじゃう子供が多いんだヨ」
戦争で悪いコト考えてる奴が多いからネ、と動かないヴィントの翼を摘み上げた。
ばし、とその手を払いのける。
「あれ生きてる」
のろのろと体を起こすとローブ姿の少年と大剣を背負った少年と目があった。
「お前らだって子供だろ」
睨みつけたが、少年たちは意に返さず泉に石を投げ入れていた。
「…何をしてるんだ…?」
怪訝なヴィントの問いに、何って、ローブ姿の少年は答える。
「泉の主に喧嘩売ってるのサ」
はぁ?と疑問の声を上げるとざばぁ、とその泉の主が姿を現す。
どうやって泉に体を納めていたのかと思うくらい巨大の水獣だ。
出たぁ!!と半ば二人に引きずられる形でその場から逃げ出す。
「あははは!見た!?歯!!三重ダヨ!!!」
「く、食われる!!!」
ぎゃははと笑いながら緊張感も無く。
「いくよ、ホラ武器モッテ!」
ぶわっと魔法の力で体が上に押し上げられる。
ローブの少年の魔法だろう。
「お前、強いんだってな。あのデカブツ、頭のてっぺんが弱点だからな」
一緒に押し上げられ大剣を構えた少年が言う。
「…バカじゃないのか」
心底呆れたように言い剣を構えるヴィントに、大剣の少年はニヤリと笑って言った、よく言われる、と。
…ラーニッシュとクルカンと出会ったばかりの事を思い出していた。
死ぬ間際の走馬灯としてはなかなか最悪だ。
どのくらい気を失っていたか分からないが、魔獣はまるで弱いものには興味がないとでも言うかのようにあたりを破壊し魔王の封印された雲を吸い取るばかりでこちらには一瞥もくれない。
軽く息を吐いて体に回復魔法をかける。
思い出すならもっと他の事が良かった。
春になったら少し困るなあ、とリリーは言った。
寒いからという理由で外を歩きながら二人で手を繋いでいた。
「…春は、まだ雪も残っていて足元が滑るだろう」
そう言うとリリーははにかんだ。
夏が来たら、とは聞かなかった。
春が来たらと言った事を待ってくれているのかもしれない。
抱きしめられるような立場でもなく、権利もなかった。
初めて雪が積もった日、早起きして一番乗り…!とこっそり呟いて足跡をつけて歩くリリーの後ろをついて歩いた。
好きなだけ歩いて回って、満足して振り返って笑う。
そっと両足を抱えて縦に抱き上げて、転ぶから、と来た道をゆっくり歩いて帰った。
「ヴィントサマー、ゴハンデキマシタヨ、アチャアチマミレ!」
…時間をかけて、ゆっくり。
たどり着くまでふたりきり。
抱き上げたまま、離さずに。
「ヴィントサマッテバ!シンジャッタ?」
………情緒がない。
「…死んでない」
うさぎは思い出に浸らせてくれないらしい。
現実に立ち返って体を起こす。
タマゴが持ってきた回復薬を煽って、そうだな、食事だな、とヴィントは返事をした。
人生振り返るにはまだ早い。
「あちゃあ〜…世紀末だよこれ」
フラーは額に手を当てて嘆く。
オンセンとタマゴの掘った穴から城の外に脱出し、全員宇宙船の前に集まった。
うさぎたちはどうやら船の動力を使って食事を作ったらしい。
つくづく器用で抜け目のないうさぎだ。
丘の先、遺跡も城も魔獣が暴れ回りめちゃくちゃに破壊されている。
あーあ!温泉が…スケート場も!リリーのくれたお土産もあるのに!、とメイドたちはそれぞれ憤慨する。
「またいくらでも作り直せばいいし、お土産だって買い直せる」
そうだろ?とラーニッシュはリリーに同意を求めるが、リリーは俯いて本と向き合ったまま返事をしない。
「さ、食べよ!」
メイドたちの掛け声でいただきます、と皆食べ始める。
「化け物眺めながら食事とは…」
「次は平和なピクニックがいいですね」
肩をすくめるアレクとブラウ。
「労働の味だあ…」
ぼろぼろ泣きながらサンドイッチを齧るジェーンの頭をすんっと鼻をすすったフラーが撫でた。
フラーとジェーンは非戦闘員で、悔しさもあるだろう。
「次こそは一撃必殺で、仕留めてきますから」
ふんと鼻を鳴らして次々と口に運ぶトルカは気合いを語る。
よしやれできるえらいよがんばれと皆から揉みくちゃに撫で回されて笑い声を上げた。
リリーは翻訳に集中しながら差し出されたサンドイッチを齧る。美味しい。
一文でも間違えれば封印の魔法は失敗する。
でも不思議と、出来る気しかしなかった。
「失敗したら戻って来て下さいよ。船出しますから、そこから全速でロマネストに行ってクルカンの奴ぶん殴って手伝わせましょう」
シスカの言葉にリリーはようやく頭を上げた。
食べ終わり、ヴィントもラーニッシュもトルカも魔獣の所に戻るようだ。
皆何も言わずにに笑った。
魔王が復活すればその衝撃で惑星二、三個吹っ飛んでもおかしくないはずなので、例え外に出ているヴィント達を置いて逃げたとしても間に合わず皆死ぬだろう。
誰もが分かって、でも笑った。
本を膝に乗せて座り込んでいるリリーのそばでヴィントは膝をついた。
「行ってくる」
両肩を抱かれたまま、リリーはヴィントの胸に頭を預けた。
大きく息を吸い込む。頑張れそうな気がした。
そのまま抱きしめられたのでリリーも腕を伸ばし、ヴィントの背中の翼に触れた。
ドラゴンのような翼は皮膜の部分はあたたかくて、体毛があって柔らかい。
骨格の部分は硬くて、自分の翼とは全然違う。
「やる気出ました。頑張れます」
ん、と体を離してヴィントは立ち上がった。
後ろでアンとフラーが抱き合ってうそでしょ今ちゅってする雰囲気だったじゃん!?いや今のはリリーが悪いでしょ頭突っ込むからなどと言っているが、気にしない。
今はとにかく、やるしかない。
ヴィント達が魔獣の元に戻ってしばらく、リリーは、
「できた…」
と呟いた。
おおと沸く面々に、
「魔獣を倒してから魔法をかけないと…またやり直しになっちゃう…一回しかかけられないよ、すごい魔力を消費する魔法だから…」
と言う。
そのタイミングでず、と魔法が勝手に発動し、え、と思う間も無くものすごい魔力消費で頭が真っ白になり──……
「ヤァ」
また会ったね、と花びら舞う外の木々が映る窓際で目を細めて笑うローブ姿の男を見てああこれは夢だ、と思った。
リリーは男の向かいの席に座り、男と同じように窓の外の景色を見つめた。
「魔法って、夢のような力だろ?持ってない物をある場所から一瞬で取り出し、料理を作り、傷を治し、敵を倒す力になる。魔法って何からできてるか、知ってるカイ?」
「魔素…」
小さな声で返答するリリーにそう!とクルカンは熱弁する。
「小さな小さな魔力の源…魔法の元素…つまり魔素はね、いろんな星から負担にならないように少しずつ拝借して人々の力になる。ここエライユからも、」
窓の外の景色が急に宇宙になり、惑星が映る。
「300光年離れた君の生まれ故郷ティースからも、ひいては銀河全体…」
窓の外には小さな星々、やがて銀河全体が映り、その銀河も小さくなり銀河が沢山映り込み、銀河の集団が海のように広がる宇宙として映り込む。
「そして君たちが選ばなかった未来…つまり並行世界からも、少しずつ少しずつ集めて無限の力…魔法を作る。完璧で不足無い、生物全ての夢…だけど愚かな一人の魔術師がタブーを犯し…そのまま死んじゃっタ」
ぱっと宇宙は消え、元の木々が映る景色に戻る。
「並行世界から、死んだはずの人間を連れてくる。それは世界における禁忌で、いないはずの人間をありとする行為で世界のバランスが崩れ、歪みが産まれてしまった…」
「禁忌…歪み……」
窓際に北の塔と桃色の雲が映る。
「魔獣を産み出す魔王…本来そんなものは存在しなかった。歪みが人々の妄想を産み、妄想が想像上の魔王を現実のものと作り上げる。消すことが出来ない、歪みなんだヨ」
リリーは窓の外を見つめ、クルカンの横顔を見つめた。
「ボクは偉大な魔術師だ。世界が失敗したなら何度だって作り直せばいい。この世界は失敗したんだよ…」
再び木々が映る窓際に、大剣を背負ったひとりの少年が駆けていくのが見える。
どこか見覚えがあるその少年はぎゃははと笑いながら駆け抜けていった。
後ろからあはははと笑いながら走ってきたローブ姿の少年にも、面影があった。
反対方向から、二人を抱えて飛んでくる姿がある。
やっぱり見覚えがある、その姿は…
金輪際!助けないからな!おい!聞いてるのか!!と怒る、少年の背中にはドラゴンのような翼。
抱えられながら大笑いする二人に怒る少年は、困ったように、でも、笑った。
「でもどうしても、作り直せなくなっちゃっタ」
三人の少年が消えた窓際から目を離し、目の前の魔術師を見つめる。
思っていたより、ずっと子供のような目をしている気がする。
「君に、この歪みが正せる?」
「…それは、分からないわ…」
だけど、とリリーは続ける。
「私でも魔王が封印し直せたら、エライユに帰ってきてくれる?」
どうしようかなあ、と笑うクルカンが何と返事をしたのか、覚えていない。
そう、これは夢だもの……
はっとリリーは目を覚ます。
「ど、どのくらい気を失ってた!?」
「ええっ!?気を失ってたの!?」
アンとフラーが慌てて近寄ってくる。
「まばたきくらいだと思うけど…大丈夫?」
魔法はまだ発動していない。
夢………本当に、夢?
「大丈夫。私、行くね」
リリーは本を抱えて立ち上がる。
「行くって…塔か?」
困惑するヴィントの部下達にひとりで大丈夫だから、と伝える。
「待ってて。終わったら、お城直さなきゃ。皆体力温存しておいてね」
リリー、と心配そうなアンとフラーの手をそれぞれ握って。
任せてね、と声をかけるとうさぎたちが掘った穴から北の塔に向かった。
塔の外側に沿うようについている外の螺旋階段を駆け上がる。
攻撃を受けて崩れている所は翼で飛んで越え、時々飛んでくる魔獣からの攻撃も飛行して避ける。
上に向かうにつれ、空の色が鮮やかな紫から青のグラデーションに変わり、桃色の雲が映える一段と可愛らしい夢のような空間になっていく。
どうしてだろう、何も怖くない。
もっと、故郷にいた頃、大きな罵る声、害するために振り上げられる腕、さざめく嘲る声と後指の方が怖かった。
沢山ヴィントと修行もした、そのせいかもしれない、何も怖くない。
塔の最上階で翼を使って飛び上がる。
桃色の雲に向かって話しかける。
「私はあなたが、怖くないよ。これは柔らかな可愛い夢だもの。あなたにはここがお似合い。ずっと、これからも、ここで眠っていて」
桃色の雲を吸い上げる魔獣のぎょろりとした目と目が合った。
衝撃波が繰り出される前にヴィントの一閃が決まり、雷撃で魔獣の攻撃が妨げられる。
リリーは本を開いて魔法を展開する。
吸われて雲が薄くなった部分から、男の革靴が見えた。
可愛いらしい魔法に包まれた効果で、魔王も普通の人間に見えるのかもしれない。
バタバタと本が捲れ、自身の魔力が大量に吸い取られ貧血のようなくらくらとした気持ちになる。
凄まじい魔法の圧がまるで風圧のように襲いかかり呼吸ができず、酸欠のようになる。
このまま死ぬかもしれない、と思ったけどそれすら怖くない。
冬の間、走って鍛えられなかったので、訓練場でひたすら縄跳びを跳んでいた。
ずっと跳び続ける方が呼吸が辛かった。
こんなの、何も辛くない。
バリバリと白い稲妻が走る、本から出たのか、ヴィントが戦っている剣からか、もうよく分からない。
がっと後ろから急に抱きしめられる。
ヴィントが後ろから片手でリリーを抱き支え、もう一方の手で本の上に懐中時計を置いた。
──クルカンの懐中時計…!
時計は魔力に耐えきれずバラバラに壊れ、中に残ったクルカンの魔力が放出される。
ヴィントが魔力を注いだのも相まって、吸い取られるのがリリーの魔力だけでは無くなった為、呼吸が楽になった。
横目でヴィントに倒された魔獣が崩れていくのが見える。
「あっ………!」
魔法の展開が終わり、封印が開始される。
本からばらばらばらと沢山の星々がこぼれ落ちた。
白、黄色、赤、桃色、青、水色、黄色、橙色……
色とりどりの星はまるでお菓子の金平糖のような形をして愛らしい。
そのまま空に登り紫と青の鮮やかな空を輝かす。
「ど、どうしよう、もっとゆめかわになっちゃった……!」
「ああ………」
どこか上の空のヴィントも空を見上げながら返事をする。
あっという間に桃色の雲も修復され、封印の魔法は完了した。
空に上がった星たちは時々瞬き、流れ星を形成しながらまばゆい空間を作り出す。
ヴィントは腕を解いてリリーと向き直ると、
「これでいい…これでいいんだ」
と言ってリリーを正面から抱きしめた。
リリーの肩に埋められた顔の前髪が首をくすぐる。
うん、と、手を回して抱きしめ返した。
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