最終話 はるかぜ
「すっかり木が無くなっちゃって。今年はお花見できないねえ」
小さな苗木をフラーはつん、とつついた。
「そんなに花見がしたかったのか?よし、そこらへんの山から引っこ抜いて植え替えてやる!」
と、ラーニッシュ。
やったあ!とメイドたちは歓声を上げた。
そこに、ありましたよ〜!と嬉しそうなトルカがやってくる。
「おお。これだこれ」
ラーニッシュがトルカから受け取った茶色の小さな遮光瓶。
「なぁにこれ?」
不思議そうにラーニッシュを見上げるメイドたち。
「これはな、その昔魔王との大戦の時用に使ったクルカンが作った回復薬だ!」
回復薬〜?と首を傾げるメイドたち、何故か誇らしげに胸を張って、切った腕も生えるやつだぞ!と自慢げにラーニッシュが説明する。
すごいすごい!と盛り上げるメイドたちとトルカに、
「これを…この桜の木にかけていっきに成長させる!」
と言ってみせるラーニッシュ。
わーい!と喜ぶメイドたちとトルカ。
瓶の蓋を開封するとじゃばっと中身をぶちまけた。
すると桜の苗木は一気に巨大に成長して満開に咲き誇った。
「やったー!!」
「城門の修復って言ったろ?まぁたおかしなことやりやがって…」
シスカが呆れながらやってくる。
いつまで経っても城門跡に来ないのでおかしいと思えば中庭のど真ん中に花を咲かせている。
なんだこりゃ?
花見、花見、とメイドたちはもうすっかり花見気分でうきうきしている。
「このままだとまた野宿だぞ?」
城門が壊れている為昨日の夜は魔物が入り込んで大騒ぎになった。
リリーはすっかり怯えてしまい、ヴィントのマントを掴んで歩いていたので主の機嫌はすこぶる良かった。
それはまあいいが…
「お花を見ながら眠るのもいいよねえ」
メイドたちはすっかり野宿の心積りだ。
酒だ酒だとラーニッシュは言い出し…言い出したら聞かないのでシスカはまあいいか、という気持ちになる。
きょろきょろと周りを見渡したフラーはアンに聞く。
「そういえばリリーとヴィント様どこいっちゃったの?」
「あぁ、それなら──…」
「…ここら辺は特に被害が無くて良かったですね」
リリーはヴィントとふたり、手を繋いで歩く。
水の神殿に被害が無いか見に行く所だ。
すっかり雪も溶け、土の窪みが小さな小川のようになり水が流れている。
「結局、クルカン様戻ってこなかったですね」
見上げるリリーにヴィントは鼻で軽くため息をついて憮然と言う。
「ひねた奴だからな。迎えに来いとでも言うつもりだろう」
「あー…推薦届け」
ロマネストへの推薦届けがあった。
ふんとヴィントは捨てていい、と一蹴した。
まだ何も、決めかねている。
でもいつかは、いつかは行って、強くなりたい気もする。
「あ、雨」
晴れているのにぽつぽつと小雨が降り出し、雨宿りのために木の下に移動した。
ヴィントはリリーが濡れないようにマントの下に庇った。
降り注ぐ雨はいつかの神殿を思い出す。
リリーの前髪にかかった雨粒を落としながらヴィントは言う。
「…君に、ずっと言おうと思っていた」
リリーはヴィントを見上げて言葉の続きを待つ。
「リリー、君が好きだ、愛してる。私と一緒に、ずっと生きて欲しい」
あの時のような精霊の歌はもう聞こえない。
「…私も、私も愛しています」
リリーはヴィントの首に両腕を回した。
祝福はもうとうの昔に受けている。
どちらからともなく唇を重ねる。
ふたりの足元を優しいはるかぜが撫でた。
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