第25話 サメサメパニック!






──拝啓 エライユのみなさまへ


ヤッホー!ボクだよ!


みなさまはお元気ですか?

ボクは元気です。


いつも可愛いラジオ放送ありがとう。

でもえっちな回の方が好きです。

もっと乱れてください。


さてご存じだと思いますが、そろそろ魔王の封印が解ける頃です。

なのにみなさまときたら、相変わらずよわよわでダメダメです。

ですので、ここらでちょっと修行すると良いと思って、サメを詰めて送ります。

全サメを倒して、鍵を手にした人が勝ちです。

頑張ってネ


P.S. 教育に悪いので、子供とうさぎは参加不可です

   サメのヒレは煮て食べると美味しいです

   ついでにそこのオルフェくんも鍛えてあげます








「えっちな回!?」

「ご存じだと思いますが!?」

「封印が解ける!?」

「サメって何!?」

「鍛えてあげますだァ!?」


混乱する面々を差し置いて世界が青く塗り変わり、足元がふわりと浮く。

さながらまるで海のようだ。


「サメだ……」


こぽり、と水中で空気がたちのぼるような音がして巨体が姿を表す。


「いや多い…多い…多いって………!」


その姿が十…二十と増えていくのを見て、皆悲鳴を上げて一目散に逃げ出した。








遡る事少し。


「うーん…この、わ、っと、」


リリーは縦積みされた本を取ろうとして上層を崩してしまう。

右手で押さえても左手を使っても崩れそうになり、


「呪文の短縮…無詠唱魔法に関する本が多いな」


後ろからヴィントが積まれた本をさっと直し、リリーを引き寄せて本から離した。

リリーは礼を言って体勢を直し考え込む。


「魔獣に関する資料は見つからないですね」

「そう簡単にはいかないか…」


エライユに連れ込まれた人工魔獣。

一体そんな巨体をどうやって連れ込んだのかと頭を悩ませたが、あの時投げつけられた本の中に仕込まれていたのではないかという話になり、今は中に仕込む仕組みについて調べている。


「何処かから転移で連れ込む召喚系か、休眠状態で小型化して運搬系か…」

「シスカが船に潜入した時に魔獣の形跡は見当たらなかったそうだから転移よりも運搬が濃厚だろう」


ううーん、とリリーは頭を抱えた。


「休眠させて小型化したとして、元の大きさに戻すにはそれなりの魔力がいると思うんです。あの場に魔法使いはいなかったし…」

「その辺はオルフェに聞いた方が早いな」

「あの人、本当に来るんですか?」

「負けず嫌いだからな…売られた恩は何が何でも返したいタイプだろう」


この間の風邪を治癒した件で恩を返しに来ると言うが。

仇で返しそうなのは気のせいか。

その時ドンドンと扉を叩く音がした。


「リリー!ヴィントさまぁー!いるー!?ねえねえ!船来てるよ!!お客さんだよ!!」


フラーの嬉しそうな声にリリーとヴィントは顔を見合わせた。








すでにエライユに降り立っている船に既視感。


仁王立ちで首を鳴らしながらラーニッシュが出迎える。


「一度ならず二度までも…歓迎すると思うなよ?」

「テメェに用はねぇ」


眼光鋭く威嚇し返すのはオルフェ。

と、後ろにちょこんと双子がついてきている。


「じゃあ誰に用があるってんだ?あ?」


凄みを効かせたシスカの後ろで部下二人がメイスを引きずってがりがり地面を掻いて威嚇している。

あれメイスってそうやって使うんだっけ?


「大変ヴィント様…治安が著しく低下してます!」


ヴィントの後ろで青ざめるリリー。


「なによぉ!やるっての!?」

「そっちがその気なら、こっちだって…アレよ!」

「上半身から下半身までおもてなししてやるわ!」

「ぐっしょぐしょよ!」


ラーニッシュの後ろでメイドたちが吠えた。


「大変ヴィント様…モラルも著しく低下してます!」


慄くリリーの横で内心頭を抱えたヴィントがオルフェに問う。


「何の用だ」

「この間の借りを返しにきた」


言うなり何か紙を差し出すオルフェ。


「……。」

「………………。」


ほらー、日頃の行いが悪いから誰も受け取ってくれないんだよ?人相も悪いしね?とオルフェの後ろの双子が煽った。


「誠意を見せなきゃ」

「大丈夫だよ、手紙手紙」


止めろ、と制止するもののされるがままにオルフェは双子に双剣を鞘ごと剥ぎ取られた。

敵意はないという意味だろうか。

ん、と今にも投げそうな紙をリリーが受け取ろうとしてヴィントが制止し、そのままヴィントが受け取った。


「これは……」


誰からだ?と覗き込むラーニッシュがあっ!と声を上げる。リリーもこの字には見覚えがある、独特の癖があるが妙に読みやすい字──!


「クルカン…」


えっうそクルカン様!?読んで読んで!とメイドたちも湧き上がる。



冒頭に戻る。





突然辺りが海のような空間になり、まるで浮力が働いているかのように全員体が浮く。


「はああああああ!?」


思わず前のめり気味に叫ぶオルフェにリリーは同情気味に、ヴィントは呆れ気味にああ、と溢した。

きょとんとした双子が─空間の外にいる双子が、オルフェの双剣を握っている。

横で双子と同じく取り込まれ損ねたトルカが王様!みんな!と水のような膜をばんばん叩いている。

海のような空間は遮断されているようで、取り込まれていないところは浮力も働いておらずまた中に入る事もできないようだ。


「サメが…あんなにいっぱい」

「多勢に無勢すぎる…一旦引くぞ!」


全員で城内を目指す。

途中で、追ってきてる!の声ときゃああ!とメイドたちの悲鳴も上がった。

走ろうとするがどうにもふわふわと不安定で、泳ぐような動きの方が早い。本当に水の中にいるのではと錯覚する。

何とか広間まで逃げ込み、ドアを閉めると同時にドンドンドンッと激突音が聞こえる。


「わああ…追ってきてるよお…どうしよう…」


固まって震え上がるメイドたち。

リリーはきょろきょろと辺りを見回した。


「あれ?シスカさんたちは…」

「はぐれたか…」


言いながらヴィントは武器を構える。

ラーニッシュも、リリーも意を決して武器を構えた。


凄まじい破壊音の後木製の広間の扉はバラバラに砕け、歯がびっしりと生えた凶暴な大顎が姿を現す。


「きた!夕飯!!」


言うが早いかメイドたちが一斉に飛びかかった。

あるものは蹴り、あるものは鈍器…ではなくフライパン、あるものはナタ、あるものは素手。

エラからいって!口元に気をつけて!ヒレはダメ!美味しいとこ残して!目潰しいいよ!と号令をかけながら圧倒的連携プレーでボコボコにした。


「…は?」


理解できないものを見たと言う目で絶句するオルフェに、リリーは半目でじろっと見て言った。


「あれが素です。みんな言ってました。前は捕まってみたかっただけだって」


捕まってみたかっただけ……


動かなくなったサメの横でふーっと一息ついたメイドたちはラーニッシュに飛びついた。みてみて!頑張ったよお!とはしゃぐ。


「…何でサメなんですか?」

「……」


リリーの問いには答えずヴィントは目元に手を当てた。

お疲れである。

そっと窓から外の様子を伺うと、外の回廊も海?である。その先の中庭は空間外のようで、トルカと双子たちが雪遊びをしていた。子供は大変に順応性が高い。

きゃははと笑い声が響く。


「あいつら…ブッ殺してやる!!」

「あああ……穏便に」


子供たちが作った雪人形の腕替わりに双剣がブッ刺さっていた。ご丁寧に手袋までつけてある。

気持ちは分からないでもないが、日頃の行いが悪いのだろう。多分。

事切れたサメをつんつんしながらメイドたち、


「サメの性器ってさ、どこにあるのかな?」

「サメの卵ってすごく高級って聞いたんだけどメスはいないのかな?」

「わかんない…リリーに聞いてみよ?」


「リリー!サメの性器ってさー!」


リリーはがっくりと肩を落として言った。


「…卵の方聞いてよ……」


壊された扉から新たなサメが泳いでくる。


「よし、誰が一番サメを狩れるか勝負だ!」


袖を捲りながらラーニッシュ、言うなり大剣を一閃して広間の半分が吹っ飛んだ。

きゃっほう!とメイドたちの声援。


「…ここにいると一階が潰れるから出るか…」


ヴィントが真顔で言った。

なんかもう目が死んでいる。


「お前らと一緒にやれるか!俺は行く」

「あっ待ってダメ!そっちは─!」


回廊に出るなり潜んでいたサメがスピードを上げて襲いかかってきた。

サメはオルフェの左腕を引きちぎり、獲物を誇示するように首を振ってから上に放り投げ、口の中に入れようとする。

リリーは悲鳴を上げて翼で全速力、腕を取り返すとオルフェにくっつけた。


「大丈夫、いけるいける!」


回復魔法とほんの少し時間を巻き戻す魔法を使って血液を回収しオルフェの腕をくっつけた。


「は………はぁっ?お前本当どうってンだよその魔法!!普通くっつかねーだろ!!」

「くっついちゃった…」


自分の魔法はなかなかだと思っていたリリーだったが、本当にくっつくとは思わなかった。

ヴィントがサメのエラから長剣を差し込み、そのまま雷魔法で止めを刺す。


「助けてもらっておいて何だそのいい草は」


呆れたように言うヴィントの後ろでリリーは上下逆につければ良かった、とこっそり思った。






とにかく俺は行くからな、と別行動を宣言してオルフェはどこかに行ってしまった。


「もうこんなところにまでサメが…」


こんなところもどんなところも本来ならば居たらおかしいのだが。

先程の雷撃を警戒してかサメたちは上空を旋回するように泳ぎ降りてこない。


「これではオルフェから聞き出すどころではないな…」

「何が聞きたかったのー?」


中庭から水膜に貼り付いて双子が寄ってきた。

オルフェと近しい双子。

何か知っているのだろうか。

リリーはヴィントを見る。

ヴィントは双子に目線を合わせると聞いた。


「人工魔獣を、誰が作り出したのか知っているか?」


双子たちは顔を見合わせた。


「知らないよー?」

「あの手紙はどこで預かった?」

「ナルフだよ?」


意外と近い…!


「あいつ俺らがナルフに居た時近くに居たんじゃないのか?」


いつの間にか双子の隣にシスカが来て言った。


「あれ!?」

「どうやって出た!?」


「いやーそれが…頭からばっくり喰われてな…」

「食べ………えっ?」

「気がついたらここに」


何が何やら…と頭を掻くシスカに我々も…と部下二人もやってきた。

魔法でできている生物なので道理が違うのだろうか…?

激しい爆発音がして上を見るとラーニッシュが上空で一対多数でサメと交戦していた。

行かなきゃ、と駆け出すリリーとヴィントに双子たちが言った。


「人工魔獣は虚無だよ」

「─虚無っていうのはね、何も無いって意味だよ」


何も無い……


返答に困り考えあぐねているとまた爆発音がして、慌てて上空に向かう。

双子たちはそれ以上何も言わなかった。


「サメばっかりもだんだん飽きるな」

「散々暴れ回っておいてよく言う」


やる気が削がれてきたらしいラーニッシュの横に並んでヴィントが言う。


「クソが!やってやる!鍵とやらを!探して!クソ魔術師の頭に突き立ててやるまでなァ!」


武器を双子が持っている為、徒手空拳でサメと渡り合うオルフェを見てリリーは引いた。

鍵を頭に?雪人形に双剣を立てられたせいで変なインスピレーションまで沸いている。

頑張れー!!とメイドたちの声援は空間の外から。

いつの間にかリタイアしていたらしい。


「サメが泳いでたんじゃ、城がいくつあっても足りない、よ!」


リリーもヴィントのようにエラから剣を刺し雷撃を送って葬る。

早く仕留めなければラーニッシュがエライユを更地にしかねない。


「ぎゃっ!」


後ろから気配を感じ、咄嗟に翼を収納する。

ばくんと口が空を切ったサメはヴィントに屠られた。


ぎゃあぎゃあと何か言い争っているオルフェとラーニッシュ、どうしても勝負がしたいらしく大剣はフェアじゃないからこっちも拳だとか何とかラーニッシュが言っている。


その隙を死角から忍び寄ったサメが二人を狩ろうとスピードを上げる─!


「しつこい!!」


二人同時に叫び、飛び蹴りも同時に決まった。

小型のサメは堪らず口を開いて悶絶し…何かを吐き出した。

キラリと光る黄金色……


「あっ」

「鍵!?」


なりゆきで鍵が飛んできた方向に居たリリーがぱしりと掴む。

それと同時に弾けるように海のような空間もサメも消えた。

消えたということは海のような浮力も消滅したという事で…


「ひ、落ち、」


きゃああと悲鳴を上げてリリーは落下した。

翼があるのにまた落ちた、と思う前に地面すれすれでヴィントがリリーを抱き止める。


「ご、ごめんなさ………うわ!?」


持っていた鍵が突然、ぴかぴかと七色に光るとコングラッチュレーショォン!と機械音で告げた後ぽん!と軽快な音と共に弾け消えた。


「………なにこれ………疲れる………」


渋い顔でリリーは鍵が消えた手のひらを見つめた。



─虚無っていうのはね、何も無いって意味だよ



急に双子の言葉を思い出す。


「…何も、無い?」

「………リリー、君に言いたいことがある」


はっと気がつく。

そういえば仰向けで倒れているヴィントの上に思いっきり乗っている。


「あ、あああごめんなさいごめんなさい」


慌てて退こうとすると腕を引かれ、そのまま抱きしめられた。


「は、ひぇ、何なりとお申し付け下さいませ!?」


一体全体どういうことかと混乱を極め早口でよく分からない思いの丈を口走る。


「……いや、今言うことではないな…」


…ということは。


……どういうことだ?



クソッ!イチャつきやがって!!と同じく落下したらしいオルフェが悪態をついているのが聞こえる。

リリーはヴィントの胸に顔をうずめたまま、嗚呼願わくばだれかこのまま担架でベッドまで運んで、と思った。


…こんな赤面、誰にも見せられない。


どうしようもなく、心が重傷だ。












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