第24話 所有権の主張(下)


「食べる?」

「あたしたち、施しは受けないの」

「毒とか傷んでたりしたら困るし」


双子たちのそっけない返事にポケットに入っていた飴を差し出したリリーは苦笑した。


「施しでも毒でも傷みもないよ。さっき応援してくれたから。お礼」


リリーは停止した船の上からエライユのメイドたちに連絡をとった。

元々何かあれば連絡する手筈になっていたのだ。

イヤリングが通信装置とは聞いていたが、位置発信もしてるとは驚いた。

すぐ、すぐだよ!迎えが来るから大丈夫だからね─!

と、メイドたちは力強い。


リリーは気合を入れて、魔法で船を操り近くの小島の砂浜に船を寄せた。双子たちのがんばれー!の声援付きで。


「…施設の人は、優しい?ごはんは美味しい?」


今度は飴を受け取った双子はリリーの問いに、優しいんだ?でもちょっとお節介だね。と言う。


「親のいない子供に老人は同情的。布教は順調」

「すると施設の人も優しい優しい」

「でも子供だけで行動するのはちょっとね」

「パパがいるとより円滑」


交互に説明する双子の言葉の端々から、自信と知性が感じられる。

…二人はとても賢くて、強いのだろう。


その時プレジャーボートに寝かせておいた…転がしたままにしておいたともいう、オルフェがぬらりと立ち上がった。


「な、何ですか…!」


リリーは反射的に双子を庇う。


「……………せ、」


プレジャーボートから飛び降りたものの、体勢を保てず船の縁に手をかけながら降りてくるオルフェは息も絶え絶え言った。


「治せ………!」

「そんな無茶な…!風邪は魔法じゃどうにかなりませんって!」


でも痛みを和らげたり体温を下げたりはできるよね、と魔法の知識があるらしい双子が言う。よ、余計なことを…!


「イヤですよ、治したら何されるか…ここで大人しく寝てれば…いつかは治りますよ」


目線を逸らしながらリリーは答える。

…迎えが来たら回復くらいはしてあげてもいいかもしれない。でもここで言うべき事じゃない。

ぐったりと頭を下に向けたまま、荒い息のオルフェがゆっくりと立ち上がった。


「治せ…!」


乱暴に何かを差し出されて、え、とリリーは固まる。

月明かりくらいしか見えないが、目を凝らすと。


「お、お金?」


札束である。

紙で束ねられた大量の金。

中々お目にかかれないものではあるが。


「あっそれ教団から貰える活動資金だよ」

「大丈夫、ばっちくない」


という双子だが、ばっちいかばっちくないの問題ではない。


「い、いらないです…!そ、そんなもの渡されたって…」

「治せ!」

「いやです!」

「渡し方がダメなんだよ」

「こういう時は、こうして」


双子は雑に何かにお金を挟むと、ほら袖の下、などと言いながらリリーのカーディガンの胸元に突っ込んだ。


「や、やめて…!そんな大きいの入らな」

「貴様今日という今日は」

「キャーッ!?」


オルフェと双子と押し問答に夢中になって気がつかなかったが、猛スピードでやってきたプレジャーボートがリリーたちの乗って来た船に激突し、激突音に驚いたリリーはいつもよりは綺麗めな悲鳴が出た。

激突してきたプレジャーボートからヴィントが飛び上がり今日という今日は、の後に激しめの罵り文句が出た気がしないでもないが、リリーの悲鳴にかき消えた。


「ヴィント様……おかね、おかねが………」


プレジャーボートの脇で涙目になってるリリーはちょっと涙目で…お金?

船の縁にもたれかかっていたオルフェは完全に吹っ飛び上半身は砂まみれだし、下半身はびしゃびしゃ波に揉まれている…事切れた?

子供たちはごろごろと砂浜で転げながらゲラゲラ笑っている…子供?


想像していたのと何か違うとヴィントは思ったが状況確認、と思い直しとりあえず抜き身の剣を仕舞った。


「…怪我は?」

「…ないです」


両肩に手を置かれたリリーは暗闇で見えづらいが、不安そうにしている顔以外は特に問題なさそうだ。

ヴィントはそのまま腕を背に回し、リリーを抱きしめる。


「い、いたい、あ、お金が…」


お金。

そういえばさっきも何か言っていた。


「あ、あのう、何か、いっぱい、お金、くれるんですけど、」


あの人が…と砂浜でのびているオルフェを遠慮がちに指差すリリー。

カーディガンの胸元から何故か本と本に挟まれた札束が出てきた。









「…みんなに沢山心配かけちゃいました」


リリーはがっくりと肩を落とした。

あれから双子たちに多少の食料や水、毛布などを渡し、ヴィントがオルフェをやや乱暴に船に戻し、回復魔法をかけ、薬なども置いてリリーとヴィントはヴィントが乗ってきた船で帰路についた。

双子たちは施しは受けないなど憤慨していたが、何かヴィントと交渉した後素直に受け取っていた。

もちろん、札束も置いてきた。


「君が無事なら誰も文句は言わないだろう」


二人を乗せたプレジャーボートは音もなく進む。

聞けばリリーが落ちた後出発した遊覧船からヴィントはすぐに飛び降り、船着場から強引に拝借したプレジャーボートを魔法で操り追ってきてくれたらしい。

船着場ではシスカたちが船の所有者への対応に追われてきるだろう、との事。


前方を見つめるヴィントは心労か、それとも怒っているのだろうか。

沈黙したままプレジャーボートを進める。

リリーはその横顔をじっと見つめた。


「…ブレスレットを見せてもらってもいいだろうか?」


沈黙を破る意外な一言にリリーはえ?と目を丸くしてからどうぞ、と裾を捲り手を差し出す。


「トルカは怪我してなかったですか?」


思えば、このブレスレットのおかげでオルフェからの一撃を逃れられたのだろう。


「ああ。ただ君の事でとても落ち込んでいた」

「…早く戻って安心させてあげなきゃ…」


どこかうわの空で返事をする。

どうしても握られた手に意識が集中してしまう。


「…駄目だな。どうも上手い言い訳が思いつかない」

「言い訳?」


目線が繋がれた手元のまま、離せない。


「手を繋いだままでもいいのかどうか」


ぱっと視線を向けると、目が合った。

リリーは慌てて目線を下げるとしどろもどろになる。


「ブレスレット、壊れちゃったかも、暗くて、よく分からないし…効果なかったら、危ないし、」


船着場まで、あと少し。

あと少し、暗くてよく分からなくていい。













シスカたちと再会すると謝罪合戦になってしまった。

あんなに食べ回ってはしゃいでいたトルカがすっかり萎れてしまい、可哀想な事になっている。

エライユに戻る船の中、お菓子食べる?ご飯にしようか?と勧めても首を下げたまま、


「ぼく…ぼく……ごめんなさい、ごめんなさい…!」


ついにわんわん泣き出してしまった。

ぎょっとしてリリーが背を撫でるも、まったく泣き止まず寝室に連れて行った。







「妖精というのは存在があやふやで、感情もあまりない」


様子を見にお茶を持って来てくれたヴィントは語る。


トルカは妖精たちの中でも変わっていて、あれは何ですか?これは?と好奇心旺盛で、気に入ったラーニッシュが名前をつけてエライユの民みんなで可愛がっていた。

魔王との大戦時にエライユの妖精は死滅してしまい、トルカだけが残ったが、トルカはあまりよく分かっていなかったようだ。


「…亡くなる、別れる、というのが想像がつかなかったんだろう」


こんなに泣いている所は初めて見た、とヴィントは言う。

泣き疲れてすやすや眠るトルカの髪をリリーは撫でた。

人懐っこい丸い目から大粒の涙をこぼしたトルカ。

いつも笑っていて欲しい。

もう泣かせないようにしなければ。

リリーはトルカの隣で横になる。


「ヴィント様…私、もっと、強くなりたいです」


そっと右手を伸ばした。

その手をヴィントがとり、手を合わせる。


「程々にな。皆がいるから、安心していい」


初めてリリーの翼に触れた時、ヴィントは自分とは違うどこか瑞々しいそのやわらかさに驚いた。

翼だけではない、腰にも、髪にも、肩にも、手にもあちこち随分触った。

事態が事態とはいえ、ハラスメントで訴えられたら即負けるだろう。リリーの性格が若干流されやすくなければ危うい所だ。


どうしても、他人が触れる事には辛抱ならず、でも自分は触れたいと思う。

それは乱暴な言い方をすれば所有権の主張のようなもので、例え恋人や夫婦など特別な仲になったとしても全てに触れる事が赦されるわけではない。

ただ主張がしたいのだ。

どうしても。


ストレッチです、などと言い合わせた指を人差し指から順に押して遊んでいるリリーの手から指を絡めとって繋ぐ。

自分から触れてこないリリーから伸ばされた手は貴重だ。


「…あんまり繋いでると、仲良いって噂されちゃうかも」


言いながらリリーはきゅっと握り込んだ。


「もっと周知した方がいいんじゃないか?」


顔を赤くしてリリーは押し黙った。

…そこは流されてもいい所だ。

リリーは顔だけしゅっとタオルケットに突っ込んで、小声で…そうかも、と呟いた。


よし。







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