第23話 所有権の主張(上)


ごゆっくり、と興味なさげに一瞬だけ目を上げた店主はまた手元の新聞に目線を戻す。

はー、と感嘆のため息をあげたリリーは本で埋め尽くされた店内を見回した。


「本が、こんなにたくさん…!」


と、少女小説、雑誌…と頼まれた本から探し始めるのはリリーらしい、とも言える。

こいつ適当に食わしときますから、と本には興味ないのかシスカたちと食べ物にるんるんなトルカは本屋を離れ、リリーとヴィントだけ店内に残った。


本の表紙だけでも種類が豊富で目の保養だ。


一緒に本を選んでいるはずのヴィントに声をかけようと本棚から顔を覗かせると、脚立に浅く腰掛けて本を物色する姿が目に入った。

か、顔が良すぎる……

いつだったか、メイドたちが国宝なのよ、あの顔!!と力説していたがまさに。

…やめよう、心臓に悪すぎる。

顔を引っ込ませると本選びに戻った。

ここで二人ともミスをした。

せっかくゆっくり本を選んでいるのだから、と声をかけずに時々様子を伺いながら自分の本選びに夢中になる、というのをお互い繰り返したせいですっかり日が暮れている。


「…はっ!」


最低限の採光窓しかない店内では時間の感覚が分かりにくいが、あたりが暗くなっている事ははっきりと分かる。

連れてきてもらっている手前長々と過ごすには罪悪感がある…もうかなりだいぶものすごく時間を浪費してしまったが。


「あ、あの、すみません長々と…!」

「…つい長居してしまったな」


買った本をエライユに送って反省会モードで店の前に佇んでいると、トルカたちが戻ってきた。


「ごめんなさい、すっかり待たせちゃって…」

「気にすんな。経済回しといたから」


トルカが、とシスカ。

当のトルカはあそこのイカ焼き食べてもいいですか?とまだ食べる気のようだ。

港に面した屋台まで駆けていくトルカに遅れて皆でついていく。


日が暮れた港は等間隔の街灯が当たりを照らしていて露店も立ち並び、雰囲気が明るい。

船着場には大きな旅客船が止まっている。


「遊覧船でしょうか?」


屋台から戻ってきたトルカが横に並ぶ。


「時刻表…あっ!最終便がまだありますよ!」


出発時刻が記載されている立て看板を見ていたトルカが乗りたいです!とヴィント達を期待を込めた目で振り返る。同時にリリーも振り向いた。もちろん期待を込めて。









「あそこ、煙突が燃えてますね」

「フレアスタックって言うんだって」


デッキから海辺の工場地帯を眺めるトルカにリリーは確かいらないガスを燃やしてるとかそういうの…と説明する。

寒いから出発したら中入れよ、とシスカと部下たちは早々に船内に入っていった。

ヴィントは何か飲み物を買ってくると売店に向かっている。

遊覧船はやはり昼の観光が人気のようで、最終便にはリリーたち以外は誰も乗っていない。

運転も売店も自動と本当に貸切だ。


「冷え込んで来たな…中の方がいいだろうに」


呟くシスカにまあまあ、と部下たち。


「船内からだとあまり外が見えませんね」

「寒いしすぐ来ると思いますよ。あ、動いた」


ゆっくりと動き出した遊覧船は館内放送がかかる。

船は自動運転であること、館内の安全上の注意など機械音声で告げている。

船内のテーブルに肘をついて何となく放送に耳を傾けていたシスカはふと顎から手を離す。


「今何か聞こえなかったか?」

「え?何も…」

「…!誰か魔法使ってます!」


がたっと椅子から立ち上がり、気配に集中したのは部下の一人のブラウだ。


「デッキか?くそっ…しくったな…」


船室とデッキは隣同士だが入り口が片方にしか付いておらず、戸を出て通路を回り込んでからでないと立ち入ることができない。

三人は慌ただしく船室を飛び出した。




今か今かと出発を待ちわびるリリーとトルカが振り向いたのと、ドンとデッキの床を踏み締める音が聞こえたのは同時だった。

売店に続く扉が開いた音はしなかった。

船の明かりに照らされず扉の影になった部分から出てきた人物を見て二人は息を呑んだ。


「あ、あな、た、一体……」


もう夜かよ、と気怠げに歩いてきた男。

エライユで暴れた挙句国際警察に連行されていった─…

逮捕されたのではなかったのか。

リリーはトルカと身を寄せ合って警戒する。


「珍しい所で会うもんだな。まぁいい」


わ、ひ、と二人短い悲鳴を上げたのは武器を構えていなかったからではない。

あれこれ反省を生かして武器はいつでも取り出せるように魔法で収納している。

男──オルフェが剣の柄に手をかけたのを見たからだ。

およそ弓の射程範囲ほどの効果範囲といわれているオルフェの魔剣…遊覧船の十倍だ──!

船が真っ二つになってしまう…!


「待っ、ちょ、いひゃ!?」


トルカが吹き飛び、リリーの髪が風圧で舞う。

…抜剣、全く見えなかった…!

おそらくトルカの身体は無事だろう。

常人より頑丈なのだ。

トルカに回復魔法をかけながらリリーは何とか話をつけようとする。


「お、落ち着いてください、こんな所で暴れたら沈没しますよ!?」


オルフェの双剣が鞘に仕舞われているのを見て安心…はできないが、欄干を背に距離を取ろうとする。


「お前は本当にそういうところバカだよな」

「はっ」


背中にしぶきを感じ、気づく。

すでに床から離れている両足、きらめく船明かりから凄い速さで一転して星空…


「トルカ…」


落ちている。

欄干から投げ落とされたのは自分なのに、リリーはトルカの心配をした。


「リリー!」


最後の叫び声は、ヴィントの声だった気がする。






すでに遊覧船は動き出しており、リリーは夜の海面に叩き落とされるかと思ったが背中に何かが当たり、バキンと音と衝撃が加わった。


「………だーっ!信じられない!」


続いて肩にオルフェが落ちてきて思い切り踏まれた。


「…相変わらずクソみてぇな魔法だな…」


どうなってんだよその回復スピード、などと言いながら遠慮なくリリーの腹を踏みつけて信じられないと憤慨するリリーを無視して前の席に座った。

…前の席?


「…船?」


小型のプレジャーボートのようで、後方の幌を突き破って落ちたのだろう。

エンジン音とガクンと僅かな揺れの後発進する。

遊覧船とは反対方向に進路を取りプレジャーボートはスピードを上げて進んでいく。

…もしかしなくても、だいぶマズイのでは…と思考し始めたところでひょいと四つのつぶらな瞳がリリーの顔を覗き込んだ。


「おねえさん、大丈夫?」

「女の子なのに、扱いひどぉい」


くすくすと笑いながら話す少年と少女。

あどけない顔立ちはトルカに近い年頃を感じさせ、まだ幼い。

そっくりな顔つきと背丈…双子かもしれない。

リリーはぱっと身を起こすとそっと双子の肩に手を触れ、恐る恐るオルフェに進言する。


「あの、その…誘拐…は犯罪…」

「誘拐してねぇ」


きゃはは!と双子は同時に無邪気な笑い声を上げる。


「あの人はねぇ」

「あたしたちのパパなの」


「ぱ、ぱ、パパ…そ、そう……」


髪色は…似てるかもしれない。人相は似ても似つかないが。


「パパじゃねえよ。次言ったら殺すぞ」


振り向きもせず答えたオルフェにきゃはははは!とより一層笑い声を響かせる双子。

プレジャーボートは海の波を受け、時々跳ね船内にしぶきが入るが双子はものともしない。中々度胸がある。


「私…は誘拐されてますよね?」

「誘拐だねぇ」

「殺されちゃうかも」


何とも愉快そうに相槌をうつ双子。

リリーは眉間にも顎にも皺を作った。

…なんか、なんというか、双子の性格は予想以上に辛辣だ。


「そんな……大層な身代金出してもらえないと思いますよ…」

「…お前がいれば…あいつらは…攻撃できないだろうな」


ぐっと息を呑む。

最低だねぇ、くそやろうだよ、と双子のやじが飛ぶ。


「ぼくたち、宗教施設で働いてるの」

「今からそこに帰るところなの」


宗教施設…そういえば前にヴィントが言っていた、オルフェがどこかの組織に所属している可能性…

宗教施設なら釈放や資金繰りなど可能かもしれない。


「まあ今通り過ぎちゃったんだけどね」

「すぎちゃったー」

「はい?」


双子が魔法で開いた位置情報を示す魔力パネル。


「この点が施設に帰るための宇宙船を隠してる島ね」

「こっちの点が今乗ってるボートの位置。ほら、凄い勢いで離れていくでしょ?」


確かに点はあっという間に離れて目的地の島の位置は見えなくなってしまった。


「あの…これからどこに…」


オルフェに話しかけるが、オルフェは舵に頭を預けるように伏している。


「え、あれどういう感情です?」

「今日ちょっと変なんだよねぇ、ずっと寝てるし」

「女の子誘拐してくるし」


ね、と顔を見合わせる双子にリリーは困惑する。

ずるっとオルフェの体が滑り、船室に横たわった。


「えぇ!?ちょっと!!」

「まずいかも」

「この辺りは無人島も多いし…岩も多いし…」


このスピードで乗り上げたら船がばーん!ってさあ!

身振り手振りで説明する双子にリリーは青くなり前席に移動した。


「どうしよう…これどうやって止めるの?」


しらなぁい!と双子。

舵で方向を取るのは何となく分かるが、どこを押せばいいのかてんで分からない。

レバーもたくさん付いている。


「クラッチ………」


床に倒れ込んだままのオルフェは顔だけ持ち上げてそういうとバタッとまた倒れ込んでしまう。


「クラッチって…何!?」

「クラッチ………」

「クラッチってどこ!?」

「クラッチ!!!」


オルフェは叫ぶとがばっと体を動かして船のレバーを引いた。

船は停止したが、オルフェは再び倒れ込んで動かない。

リリーはおそるおそる、首元に触れる。

ばしりと跳ね除けられたが、


「…熱!?」


思い起こせば気怠げに歩いて来た遊覧船上、プレジャーボートでの会話も息が上がっていた。

風邪なのー?だらしないねえ、と双子が囃し立てる中、


「どうしよう……」


リリーは困惑した。

ちゃぷんちゃぷんとボートに当たる波音がやけに耳についた。








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