第20話 エレクトリカル亡霊
メイド服はみんなお揃いだよ、でもねえちょっとずつ違うの、と言ったのはフラーだったが、八人のメイドたちのメイド服は実に個性的でちょっとというには度を越していた。
あえていうなら黒と白の色調はお揃いかもしれない。
リリーもエライユで働くにあたってメイド服をあつらえた。
白のカチューシャ型ブリムはみんなとお揃い…かどうかは判断が難しいが、みんな白いし、お揃いといえばお揃い。
お揃いを身に纏えば力強い。
リリーはいつものメイド服に着替えると広間に戻った。
戻るタイミングで慌ただしく来客がある。
市長からの伝令のようで、ヴィントが対応した。
「リリーちゃんのメイド服見ると安心しますね」
白のコートも可愛かったですけど、とトルカ。
うん、とリリーも頷いて返事をする。
「仕事服だからかなあ?この服を着ると気合いが入るの」
「気合い入れなくてもすぐ終わるから心配すんな」
ラーニッシュに背中を叩かれ勢いで二、三歩前に出る。
もう、荒いんだから…と口では言うが、こういう時は心強い。
ヴィントが部屋に顔を出したのを合図に全員で部屋から出た。
ホテルの廊下を歩きながら話す。
「何が出たんですか?」
「遺跡から出た…おそらく魔獣だろう。形状は炎を模しているらしく、見た街の者は花火だと思い込んでいるようだ」
「花火と見間違えたんじゃないのか?」
外に出ると街は祭りで賑わっていて緊張感がない。
ラーニッシュの問いにそうであれば、と全員が遺跡の方角を注目した。
森の奥、遺跡があった場所からわずかに光が見える。
それは花火のように色とりどりで細かな火花で構成されているが、ぎゅっと収縮して集まったり広がったりしながら形を変えている。
人間の腕のようにも、異形な触手のようにも、大玉が花開く花火のようにも様々に形を変える。
「生きてるみたい…」
思わず呟いたトルカに皆声もなく同意した。
森へ続く道が繋がる街の出入り口には兵士たちが集まっており、そこに合流する。
「すでに冒険者ギルドの人間は森に入っている。奴め、火花を散らしながら街に向かっていて防戦一方だ」
「…消火に手一杯で応戦できない?」
リリーの問いに兵士は苦い顔をした。
「…その通りだ。森に火がつけば火事は逃れられない…ましてや民家にまで火が届けば…」
「あれも花火?おっきいねぇ…」
いつの間にかぬいぐるみを持った小さな少女が近づいており、遺跡の炎を指差した。
少女の父親と思わしき男が慌てて近寄ってきてすみません、と抱き上げた。
その時ぱっと明るくなりその場の全員が空を見上げる。
炎の魔獣が振り上げた触手から火の粉が飛び、こちらに向かって火球が落ちてきた。
武器を構える者たちよりも、思わず少女の頭を庇った父親よりも早くリリーの指先がすっと伸びた。
瞬く間に炎は集められ、作り替えられ、うさぎ、犬、ねこ、熊などの動物を絵本のように二足歩行で可愛らしく描かれた炎の人形として地面に降り立たせる。
まるで花火のような小さな火花の集合体で作り上げられた人形はふりふり、と手を振った。
「パレードだよ!今から祭り一番の大きな花火を上げるから、みんな港に集合だよ。この子たちを追いかけて!」
ぴょんぴょんとジャンプしたり、口元に手を当てて笑顔のポーズをしたり生き物のように振る舞う炎の人形たちはてくてくと歩き始めた。
きゃはは!と笑い声をあげて無邪気な少女と手を引く父親が後を追う。
誘導します、と慌てて一部の兵士がパレードを追う。
メイドじゃなかったのか…と驚愕した兵士の呟きにリリーは苦笑した。
「港に誘導すれば…さすがに海で鎮火しますよね?」
「しかし奴は街に入る前に止めなければ…」
いくら海に誘導できたとしても、街の中には病気など様々な理由で家から出られない人が沢山いるはずだ。
「決まり!足止め!作戦!」
ラーニッシュが手短にトルカとラーニッシュは足止め係、リリーとヴィントは作戦を考えろと指差し指示をするとあっという間に走り出し森へ向かう。
後を追うトルカが一度振り返りぴょんぴょん跳ねながら手を振った。
兵士が持っていた通信機が鳴り、音声だけの通信が入る。
『─物理攻撃無効、魔法攻撃鎮火のみ微弱に効果あり、動きは非常に遅いが街に向かっている、止められない。市長に連絡頼む。最悪乗れるだけ住民を乗せて船を海に出すしかない』
「ま、街を捨てるって事ですか…」
横で聞いていた兵士が愕然と呟く。
まだ若い兵士のようだ。
おい、と語気を強く窘める年嵩の兵士を遮ってリリーは言った。
「しっかりして。この街はとても水源が多いわ」
至る所に噴水や川のように張り巡らされた用水路がある。
「火がついたら消すの。街の人はひとりでも多く港へ。そうでしょ?」
動揺が広がりかけた兵士たちは押し黙る。
「一度全容が見たい。展望台の上まで上がるか」
ヴィントの言葉に兵士たちと別れ、リリーはヴィントと展望台に向かった。
「遺跡に長くドラゴンが居たのなら魔物たちは怯えて街には近づかなかっただろう。この国は戦争とも縁遠い。街全体が戦闘経験に乏しいんだろう」
「なら尚更早く食い止めなきゃですね」
二人で展望台の最上階から作業用の非常階段に上がり、そこから自身の翼で展望台の頂点まで飛び上がった。
「これは…」
高台から見下ろすと、森から下ってくる魔獣が見えた。
四つ足の獣が首を振るかと思えばドラゴンのように、植物のように、人のように様々に形を変えながら明滅する。
形を変える度に飛び散る火の粉が上がり、森へ燃え移るが魔法だろう、すぐに消し止められる。
今までにない喧騒で元から森に住まう魔物や動物が逃げ場を求めて暴れ、冒険者ギルドの者だろうか突き飛ばし街道に躍り出る。
街道には沢山の照明魔法が設けられ、兵士たちが応戦する姿が見えた。
高所由来の強風が展望台に吹き付け、わずかに熱と焦げた匂いを孕んでいる。
法則性のない乱れた風にバランスを崩しかけるがヴィントに抱き止められ支えられる。
「上から雨のように水魔法…より、網のようにした水魔法を纏わせる方がいいと思うんです」
リリーは魔獣を見つめながら考察する。
「延焼防止か…理論上は可能だが…」
そんな魔法は知らないので、一から自分で考えるしかない。
「ちょっとだけ時間を貰えればいけると思います。今頭の中で考えるので」
新たに魔法を生み出す時は、複雑な魔法ほど紙とペンで構成を考えながら生成する。
しかし紙とペンがなくても一緒だ。
いつもやってきた通り、頭の中で想像すればいい。
「あそこだ」
ヴィントの示す先にラーニッシュが見えた。
「飛んでる!?」
「いや、トルカの放った矢だろう」
「乗ってるって事ですか!?」
ラーニッシュは階段を駆け上がるように軽快に空に舞っている。
トルカが放っている矢の上に乗っているのだという。
もはや戦闘経験云々より、身体能力の違いな気がする。
炎の魔獣より高く飛び上がったラーニッシュは大剣を振り下ろす。
ドン、という音と振動はまるで花火のようだ。
衝撃が伝わり、リリーはヴィントにしがみつく。
真っ二つに裂けた魔獣は双方膨れ上がり、火花が混ざり合うように元に戻った。
「効いてない…?」
「やはり水魔法がいるか…接近する為に飛ぶが、その間魔法を考えられそうか?」
ヴィントがリリーに手を差し出した。
「お任せください!」
エライユの城門前で魔獣を前にした時も、そう言ってリリーは笑っていた。
今度は握り拳を作るのではなく、差し出された手を握る。
「…あの時もそう言っていたな。頼もしい」
繋いだ手を離さないように強く握り合って、遺跡の方面に向かった。
「頑丈な奴だな。ちっとも削れん」
乱雑に自身の頬を手の甲で拭ったラーニッシュが言った。
「めちゃくちゃ吹っ飛ばされましたよお」
そう言ったトルカも泥や落ち葉にまみれている。
昼かと思うくらい明るく多く設置された照明があたりを白く照らす。
街道には冒険者ギルドの人間も兵士もいたが、火傷や傷を受けて座り込んでいる。
倒れて動けない者もいるが、肩で息をしておりかろうじて生きてはいるようだ。
「あ、あ、あんなものは化け物だ。力はドラゴンそのものだがまるでドラゴンの形を成していない。亡霊だ。倒しようがない…」
まるで怒っているかのように声を荒げたのはギルド所属の魔法使いだろうか。
ローブを纏った男が言う。
「お前なあ…」
呆れたように言いかけるラーニッシュをヴィントが肩を掴んで止め、首を横に振った。
ローブの男は傷が深そうな者から順に回復魔法をかけているが、手ががたがたと震えている。
「皆戦いに慣れていない」
ヴィントの言葉にラーニッシュは眉根を下げた。
「亡霊………」
リリーは呟いて顔を上げた。
どうした?と顔を覗き込むラーニッシュに慌てて説明する。
「で、できました、魔法、かけます!水の網でぐるっと!」
ヴィントから手を離し、リリーは身振り手振りで説明して気を引いてください!と言い放つと翼で飛び上がり、炎の魔獣の前に出た。
しゅるしゅると蔦のように放たれた水は規則的に縦と横に張り巡らされ、網を作る。
攻撃の的をリリーに絞ったのか、火球が飛ぶが多数の他の者の攻撃に阻まれる。
ば、馬鹿な…ずるっと落ちた眼鏡をローブの男は掛け直しながら言う。
「彼女は国から派遣された魔術師か何かなのか!?」
その問いにヴィントは答えず、飛び上がってリリーの邪魔にならないように後ろについた。
リリーはぎゅ、と目を鋭く細め作り上げた魔法により魔力を注ぎ込む。
水の網は加速してついに炎の魔獣を取り囲んだ。
魔獣の振り上げた触手のような部分が網に触れ、じゅうと音がする。
触れた部分は炎が消えているが、中心部分が盛り上がって新たに炎が燃え盛る。
炎の勢いが強すぎて部分的に消えた網を即座に修正して作り直す。
網を食い破るように力強い動きで蠢く炎に押されて網がたわむ。
慎重に、網が破られないように力が加えられたところを強化したり網が消えたところを修正するが……ずり、ずり、と少しずつ押されている。
「は…こ、れ、じかん…かかる…ゆうどう…うみ…」
小声で絞り出したリリーの声にヴィントははっとして声を上げる。
「抑え込むのに時間がかかる、このまま海に誘導しろ!」
座り込んでいた兵士たちもギルドの人間も立ち上がって導く。
照明を増やし、なるべく広い道を通りゆっくりと進む。
後ろを向いたまま飛行するリリーがぶつからない様にヴィントが支えながら街に入った。
網を抜け出した火柱が勢い余って民家に進むが集中して網を伸ばし、捉える。
二階の窓からぼんやりと見つめる少年と目が合った。
少年の後ろに立つのは母親だろうか、驚いて恐怖に目を見開いている。
リリーはにこりと笑うと手を振った。
大丈夫、と。
花火だよ、パレードだから。
そう伝わればいいと思った。
立て続けに蒸発音が続き、わずかに抵抗する力が弱まる。
「縮んできてるぞ!」
「頑張れ!」
先導の者たちに声をかけられて気合いを入れる。
魔力の奔流。
きっとここにはもうドラゴンはいない。
亡霊なんかではないのだ。
ドラゴンは無知に振舞ったりしない。
ここに残るのは純粋な力だけなのだろう。
何あれ、ドラゴン?パレードじゃない?さっきも見た、と港に近づくにつれ人通りが増える。
兵士たちに道を開けてもらい、あともう少しで海。
そのタイミングで急に魔獣が暴走し、膨れ上がり縦横無尽に網を破ろうと形を変える。
「こ、このタイミングで…!」
あとはもう純粋に力比べだ。
伸び上がる火花より早く、群衆には届かぬよう、火花が縮むよう網を必死に巡らせる。
わぁ、きゃあ、と観衆から上がるのは歓声だ。
悲鳴に変えるわけにはいかない。
高く飛び上がって全体を見渡せるように、あちこちで水蒸気を撒き散らしながら火花は浮かび上がっては消えていく。
パン、と破裂音の後水の網が飛び散って、ぼたぼたと雨のように辺りを濡らす。
一瞬、失敗したのかと思ったがどこにも炎が見当たらない。
「どうなったの…!?」
遅れてついてきたヴィントが両肩を抱いて後ろからリリーを支える。
そういえばものすごい疲労感がある。
漂う水蒸気の中をふわり、と小さな白い光が形を作った。
「…すまなかったねぇ」
光は老婆へと形を変え喋る。
「あの日、ドラゴンの死体を見て、長年の魔術師としての好奇心が抑えきれなくなった」
血など体の一部を取り入れる事によって絶大な力と知識を得るという伝説。
血肉を体に入れ、強すぎる力と知識を手に入れたのはほんの僅かな時間で、抑えきれなくなり、暴走した。
「迷惑をかけたねぇ…解放してくれてありがとう」
糸のように目を細めて笑う老婆の目元には笑い皺があり、優しげな顔立ちだ。
もとはこういう顔だったのだろう。
つばが広く、先の尖った真っ黒の帽子は物語に出てくる魔女のようでもある。
「ほら、お礼に…」
向こう側が透けるほど薄くなっている老婆は杖を持って何か魔法をかけた。
白く淡くきらきらとした光る粒子はリリーの周りをくるくると周り、
「へ?あ、わ………」
光が消えると同時に老婆の姿も完全に無くなった。
リリーは自分の体を見、ヴィントの顔を見て
「え、えーっ!?」
叫んだ。
何故か薄い水色の、舞踏会にでも行くようなドレスを着ている。
なんだか訳がわからない。これがお礼?
地面に降り立つと、騒然と人々がひしめき合っている。
ぼと、と手にしたぬいぐるみを落とした少女が言った。
「おひめさま…おひめさまだ…!」
「えっ?ちが、」
何を勘違いしたのか、群衆の中の一人が叫んだ。
「俺たちの勝ちだー!」
わぁーっ!!上がる歓声にリリーのえーっ!?という絶叫はかき消された。
「ヴィント様……どうしましょう……」
「……………何もかも分かってる、みたいな顔しておいた方がいいな、今は」
何もかも分かってる顔ってどんな顔だろう。
困惑した顔に頑張って笑みを貼り付けた。
周りをぴょんぴょんと無垢な少女が駆け回っていて、肩を組み合って喜び合う大人たちを見て、丸く収まって良かったな、と思う事にした。
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