第19話 石とか土とかつい夢中になるあれの話
狙ってかどうかはさておき、場を盛り上げる事に関してはフラーはもはや天才的だ。
ラジオが壊れたと不穏な単語も聞こえたが…何もしてないのに壊れた、が常套句の者が大半のエライユの住人的には目を瞑るべき事なのかもしれない。
ネイルの乾燥の為に両手をクッションの上に広げたリリーはフラーの話に声を上げて笑っている。
化粧品屋を後にしてからというものの、徐々に元気を無くし、ぼんやりと黙ったまま下を向いて歩くリリーをどうしたものかとヴィントは手を引いたまま歩いた。
化粧品屋で何かあったのか、もしくは店の前で出会った女性とのやりとりかもしれない。
いずれにせよどこか尋問めいてしまう自分の話し方と、聞かれたことを素直に話してしまうリリーとは相性が悪い。
お前が目を離すと死んでしまうぞ、などとラーニッシュは冗談めかして言っていたが、もしかしたら、ひょっとすると、あるいはその可能性が無きにしもあらずかもしれないと最近は思い始める。
何を聞いてもはい、しか返事をしなくなってしまったリリーを人混みを避けてホテルまで連れ帰り、ソファーに座らせてもぼーっとしているし、何か色々と本当に危ない。
名残惜しげに繋いだ手が離された事は、誰も知らない。
「王様どこいっちゃったの?会いたいなー。でもヴィント様の綺麗なお顔見てたらいろいろ満たされたかも」
「王様が聞いたら泣いちゃうよ…」
「久々にヴィント様に冷たくされて幸せ。ぞくぞくしちゃうの」
「うーん!?」
「あっ!リリーったら嫉妬しないで!ぎゅーっとちゅーをしていいのはリリーだけだからね!?」
「通信機の調子が悪いのかな?」
「あーんそのいじり方興奮する!」
軽快な会話の応酬にリリーはふふっと笑みを浮かべる。
頭の先から足の先まで暖まって、気持ちの整理がついた気がするのは部屋の暖気のせいだけではなさそうだ。
帰ってきたらセッションしようねー、と言うフラーに私手拍子するー!とアン、ミラーボールも回そうね!というフラーの提案にリリーはついに声を上げて笑った。
「りんご飴…あんず飴…みかん飴…わた飴…何で飴ばっかりなんでしょう…」
銀の円テーブルに所狭しと置かれたお土産にリリーは首を傾げる。
アンとフラーと通信機越しに会話を続けていると、ラーニッシュとトルカが戻ってきてホテルを揺るがすような悲鳴に近い歓声でアンとフラーは出迎えた。
興奮しながら通信するアンとフラーに、他のメイドたちも集まってきて部屋は大賑わいだ。
ソファーの位置をラーニッシュに譲り、リリーはテーブルの上を見つめる。
「飴だけじゃないぞ。バターを油で揚げたやつも買ってきた」
「バターを油で揚げたやつ…」
「バターを油で揚げたやつ…」
リリーとヴィントはほぼ同時に呟いた。
売主は何故揚げる前に今から揚げるものも油脂であると思わなかったんだろうか?
「もっとまともなものは無かったのか?」
「なんだと、味覚音痴のくせに言うようになったな!」
ふんと鼻を鳴らすラーニッシュにリリーはまた首を傾げた。
ヴィントはそんなに味音痴だっただろうか?
何度も食事を共にしているがおかしな物は食べてない、気がする。
「リリーは知らないからな。よし儂がひとつ話してやろう。あれはヴィントがまだ石とか土を食べてた頃─…」
そんな、昔々あるところにみたいな感じで話出さないで欲しい、と突っ込む前にメイドたち八人がやいのやいのと矢継ぎ早に会話が入り収集がつかない。
がっ!とかなり切羽詰まった感じでヴィントに両肩を掴まれ、リリーはびゃ、と悲鳴をあげる。
「…話がある」
「え、あ、の…」
そのまま強引に立たされ広間の外に連行される。
「もー、その話本当好きですよね、今はヴィント様もう食べてないのにー」
というトルカの声だけはっきり聞こえた。
広間と寝室に繋がる廊下に連れ出され、広間と境の扉が閉められる。
扉を閉めただけでは会話を遮る事はできず、何か喋っている声は聞こえるが、何せ八人のメイドとラーニッシュとトルカ、総勢十人の声だ。
何を言っているかははっきりとは分からないが─…ぱし、とリリーはヴィントに両耳を塞がれた。
「あの…!」
聞かれたくないということは分かったが、分かったが…近い。せめてクッション一個分くらいは離れて欲しい。
両耳を塞ぐ手のひらや、こめかみや髪にかかる指先、触れている箇所全てに緊張する。
ヴィントは扉を睨んだまま小さい声で何かを言ったがまったく聞こえない。
というか、思い出した。
化粧品屋からホテルに帰る間ずっと手を繋いでいなかったか…それだけに飽き足らず、帰ってきてからも結構長い間繋いでいなかったか!?
触れている手が、指が、いろんな事を思い出して頭の中をぐるぐると駆け巡り、リリーは顔を真っ赤にして涙目で懇願した。
「な、何でもするのでゆるしてください……」
「………………………何でもは…」
漸く離された。
扉の向こう、ぎゃー!っと興奮した話し声はほぼ絶叫と化していたが、そんなことにお構いなく二人はしばらく下を向いたまま石のように固まっていた。
「…思ったより静かだな」
「どう思ってたんですか?」
「こう、止むに止まれぬ会議がフィーバーしてる感じだ」
止むに止まれぬ会議とは。
おそらくリリーとヴィントが篭ってるであろう寝室の扉に耳をつけてラーニッシュとトルカは様子を伺った。
部屋の中は物音ひとつせずしんとしている。
寝てるのかと思うくらいだ。
「御用改めであーる!!」
「ゴヨウアラタメ?みたいです!!」
二人はばーんと勢いよく扉を開けて押し入ると、わあびっくりした、と緊張感の欠けるリリーの返事が返ってきた。が、リリーはすぐ視線を手元に戻し、何かに集中している。
リリーとヴィントは二人ともクッションを抱えるように体を崩し、かちゃかちゃと何かを動かしている。
「何やってるんだ?」
「何って……パズルです。サイドボードに入ってましたよ」
手のひらサイズの小さなパズルは、部品を全て取り出してから箱に戻すルールのパズルだが、パズルの形に法則性があるようで正しい形ではめ込まなければ全てのピースが箱に収まる事はない。
「何だパズルって。もっと他に…あるだろ、こう」
「他に…猫を教祖にする宗教の本が入ってましたよ」
「猫を?じゃなくて、大人のオモチャとか…」
集中して聞き逃したリリーはえ?今何か言いました?と聞くのと同時にヴィントからラーニッシュにクッションが飛んだ。
「あ、これ、ここに嵌めるんじゃないですか?」
トルカの指摘にあ、そっか、とリリーは手を動かす。
「どれ、貸してみろ」
「どうしても2ピースから1ピース余っちゃうんです…」
「…じゃないだろ!なんだこれ!めちゃくちゃハマるな!?」
「はっ!?」
ラーニッシュとメイドたちの通信が終わるまでの時間潰しのはずが、いつの間にか四人で没頭している。
あたりはすっかり夜だ。
途中暗くなって無意識に照明をつける魔法を使った気もする。
「このままやってたら夜が明けそうですねー」
トルカは無邪気に笑いながら言ったがあながち冗談ではない。
四人はパズルを引き出しにしまうと温泉に向かった。
「月が四つに割れても何ともないんでしょうか…」
潮汐とか…それ以外にもいろいろダメな気がする。
小さな月が四つも浮かぶ不思議な空を見つめてリリーは呟く。
「そういうのって魔法で何とかなるんじゃないのか?」
「うーん…」
その場合月に魔法をかけるのか惑星ゼノンにかけるのか。
ラーニッシュの問いにリリーは考え込む。
「何とか…なるような…ならないような…」
お湯で色が変わるネイルが気になるのかラーニッシュに腕を取られたまま手のひらがお湯に出たり入ったりばっしゃんばっしゃんされているし、反対の手は何故かヴィントにとられているし…自分で塗った手前仕上がりが気になるのだろう。多分。
身動きが取れないのでお湯に身を沈めたまま呟く。
「温泉は気持ちいいし、ご飯は美味しいし、帰りを待ってくれている友達はいるし、幸せってきっとこういう事をいうんですね〜」
「スープに落ちた時はこの世の終わりみたいな顔してた癖に調子のいい奴だな」
もーブイヤベースは忘れる事にしたんです!口を尖らせるリリーにトルカが小さな巾着袋を持ってきた。
「揉むと香りが出る入浴剤ありましたよー!」
「わぁ…素敵…入浴剤もお土産に買って帰って、エライユに立派な温泉作る…!」
「ちゃんと混浴で水着なしの温泉にするんだぞ」
「何ですかちゃんとって…プールの時は水着でも良かったのに、温泉になるとどうしてダメなんですか」
「それはそれこれはこれ…水着は水着で見たいがその温泉の時の変なタオルの水着はダメだ」
「風営法違反だ。却下」
風営法…エライユにまともな法律があるとは思えないが、そこはヴィントの言う通りがいいと思う。
「そんな、混浴で水着なしの温泉なんて作ったら入った人出てこなくなっちゃうんじゃないですかー?」
どこまで狙って言っているかはさておき、トルカの突っ込みは妙に鋭い。
儂が王だから儂が法律だ!などと独裁者っぽい言い方をし始めたラーニッシュとヴィントが揉め始め、正直私を間に挟まないでやって欲しいなあとリリーは思った。
手放して。
ふ、と。
頬に一瞬、鋭いもので切り付けられたような痛みを感じた。
はっとする。
これは魔力の揺らぎだ。
誰かがどこかで、大きすぎる魔法を操ったのだ。
「…遺跡の方角か?」
ラーニッシュは遺跡のあった方を見つめ立ち上がった。
「あのおばあさんかと思ったんですけど…何か違いますね」
こめかみを抑えてトルカも魔力の感覚を追っている。
上がるぞ、とヴィントの声で全員温泉から上がる。
リリーは一度だけ振り向き、月夜を見つめた。
先程まで何の感情も伴わなかった風がざらりとした不快感で肌を撫でた。
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