第18話 手を繋ぐということは
ネイルの話はいらなかったかもしれないな!?
目が覚めた瞬間リリーは思った。
昨晩花火の打ち上げが終わる頃手持ち無沙汰になり、遺跡に持っていた魔法カメラで撮影した映像をヴィントと二人で見た。
調子に乗って何でも話してしまい、出発前に恋占いのネイルを塗ったこと、お湯で色が変わるネイルだったこと、しかし入浴前に落ちたブイヤベースで全て流れてしまったこと…熱を入れて話してしまったが、よく考えたら男の人はネイルの話なんて楽しくなかったかもしれない。
「はぁ…この思いつきおしゃべりめ…」
よく分からない自分への文句を述べてクッションを抱きしめて寝返りをうつ。
カーテンの向こうはうっすらと明るく、朝が来た事を物語っている。
…今は何時だろうか?
枕元に置きっぱなしの魔法カメラに魔力を流し込み、ベッドの天井に映像を写し込む。
指で映像をスライドさせながら遺跡の記録を見る。
遺跡は崩壊してしまったのである意味貴重な記録だ。
「あれ?」
遡ると前に撮影されたらしい画像が表示される。
笑顔で写っているのはエライユのメイドたち。
よく知る顔が並ぶ。
花が咲き乱れているところを見るに春に撮影されたものだろう。撮影したのはリリーの記憶にはないので、エライユに来る前のことかもしれない。
最後は動画の様で、声が入っている。
あちこちから朗らかな笑い声。
時折り舞い散る花びら。
『ねぇみて、王様寝ちゃってるの、顔見て』
きゃはは、と甲高い笑い声。
今の声はフラーだ。
映像に映るのは木の根元に座る、見覚えのない人物。
フードを深く被り、顔はよく見えない。
『クルカン様も見てー!』
リリーは息を呑んだ。
フードを被ったローブ姿の人物がこちらを見る。
『…魔力の奔流…ドラゴンの力は強大だよ。死んだドラゴンの魔力はどこに行ったのカナ?』
しー、とローブの男が人差し指を口に当てたところで動画は途切れた。
「リリーちゃーん!起きてますかあ?」
「ぎゃあ!」
「あえっ!?」
悲鳴を上げて起こしに来たトルカを驚かせてしまった。
リリーは慌ててベッドから出ようとして振り返り、魔法カメラを見る。
…今のは、過去の動画?
本当に?
軽く頭を振ってカーテンを開け、ベッドから出た。
「今日の予定はどうするんですか?」
朝食を食べ終わったタイミングでトルカが声をかける。
「とにかく外で食べる!食べまくる!」
ラーニッシュの返答にわあー!とトルカが歓声をあげた。
「…今食べたばかりだろう」
「朝飯と出店は別腹だ!」
ヴィントの呆れた様な物言いにラーニッシュはむっとする。
…別腹?
リリーはどう頑張っても今は何も入りそうにないお腹をさする。
「昨日の夜見たときも出店がたくさんあって、回り甲斐がありそうでしたよ!」
にこにこと笑顔で言うトルカは足を伸ばしてくつろいでいる。
ラーニッシュは仰向けに寝っ転がった。
ヴィントもリリーも足を崩して座っている。
暫し、無言。
「…こ、これ、ちょっと…」
「まずいな…」
「あまりにも気持ちよくて…」
あまりの床暖房の暖かさに昨日のように寝落ちる所だった。
「ぐー」
「あっ王様寝てる」
「早すぎる…」
もぉ、出店行きましょうよー!とトルカにゆすられてラーニッシュは飛び起きる。
ばたばたと忙しなく準備を始めたのはここに居れば間違いなく眠ると言うことが全員分かりきっているからでもある。
買い物に行くか?とヴィントの誘いにリリーは二つ返事で返した。
今のところ食事はちょっと遠慮したい。
観光客か地元民か、通りに出ると行き交う人が多い。
きゃあきゃあと騒ぎながら駆けずり回る子供たちは親の同伴なしで遊んでいるようで、街中の治安の良さが伺える。
じゃあ後で、と浮き足立って別れたラーニッシュとトルカとは特に待ち合わせを決めなかったので一瞬それで良かったのか考えるリリーだったが、
「…どこにいてもすぐ分かる気もしますね」
呟くように言うと隣に立つヴィントも同意した。
ラーニッシュはとにかく長身なのだ。
まわりと頭2つ3つ分くらい高い上にトルカを肩車して歩く姿はとても目立つ。
どこからともなく地元の子供たちが寄ってきてじゃれつかれながら路地に消えていく。
…子供に好かれる体質なんだろうか?
「じゃあ行ってきますね」
最初はヴィントに付き添う形でエライユの皆に買うお土産を見ていたが、要領を覚えてきたので次は実践だ。
ヴィントに入り口で待っててもらい、メイドたちに頼まれたネイルを買いに化粧品屋に入った。
「うわぁ…」
化粧品屋の店内は照明が特に明るく設置されていて、磨き上げられた床と色とりどりの化粧品で輝いてみえる。
いらっしゃいませ、と出迎える女性店員に緊張しながら話しかけた。
「恋ネイル!今は流行りも落ち着いてますから在庫沢山ありますよ。今の時期はボディパウダーが売れてますよ」
にこやかな店員は歓迎モードで次々と商品を並べる。
「細かなラメと偏光粉が入っていて、肌を綺麗に見せてくれますよ。祭りの時期は皆夜出歩くでしょ?夜の街灯に照らされると一段と綺麗に見えますよ。彼氏もきっと、」
喜びますよ、とウィンクした店員は外で待つヴィントを示す。
「えっ!あっ…えっと…」
彼氏じゃないですというのも何だか場の空気を乱すようで口にできず、どうしよう、と焦っていると勝手に店員が解釈してああ、と
「これから告白なら尚更おすすめしますよ!」
力説する。
店員の気を逸らす為でもあるが、元々気になっていた香水を持ち歩く用の小瓶を指してください、とリリーは言った。
香水は持っていないが、細かな銀細工の施された色ガラスの小瓶は飾っておくのに良さそうだ。
自分のとメイドたちの為に選ぶ。
会計時に店員に子犬のような潤んだ瞳でボディパウダーを掲げられてしまい…押し負けて買ってしまった。
「すごくかっこいいし、敵は多そうよね。さ、急いで!」
「ちょ、ちょっと…」
目にも止まらぬ鮮やかな手捌きで丁寧かつ素早く商品を包むと店員はリリーの背を押してさっさと店の出口に向かう。
窓からヴィントが女性二人に声をかけられているところが見えた。
「あのー、すみません、道を聞きたくて…」
道を聞きたくて、というのは大概道を聞きたいわけではない場合が多い。
本当に道を知りたければ店員や地元民を捕まえて聞いた方が早いからだ。
地元の人間ではないので、とそっけなく言うヴィントに距離を詰めて女性は言う。
「そうなんですね?私達も初めてなんですけど…」
にこやかな女性二人組は顔を見合わせてから良かったら一緒に回りませんか?と声をかける。
ヴィントが軽く息を吐くと同時に店のドアが開き、取り付けられたベルがカランと軽やかな音を立てた。
店から出てきたリリーの夜闇色の瞳と目が合った。
エライユに来たばかりの頃は物憂げで伏目がちだった事を思うと、よく目が合うようになったと思う。
ヴィントはあの、遅くなっちゃって…と言うリリーの手をとる。
「冷たい!…ごめんなさい、外で待たせちゃって…」
握り返すリリーの手を引き、女性たちに別れを告げるとその場を後にした。
「やっぱ、一人ってことはないかー…」
「すっごいイケメンだったね!」
盛り上がる女性たちはそう落ち込むこともなく、さっ、次行こ!と立ち去った。
冷たい、と思っていたより大きな声が出てリリーは自分で驚いた。
そっと手を握られた時、そんなつもりではなかったのだ。
行きましょうか、と、ただそれだけ促せばいい。
街中の喧騒がまるで目に入らず、ひたすら早まる鼓動を抑えられず無言で歩く。
そんなつもりではなかったのだ。
心とは裏腹に、待たせてごめんなさい、と。
咄嗟に、自分にはその人を待たせる権利があるのだと。
思わせぶりに見ず知らずの女性に見せつけてしまった。
いつだったか、メイドたちにヴィントの事は好きではないのかと聞かれた事があった。
あの時、仲良くなりたいなどと。
綺麗事を言っていた気がする。
結局のところ、本心は特別でありたいと思っていて…そんなに綺麗ではなかったのだ。
いや、違う。
きっと、同じ惑星に、同じ城に住んでいるから、その時点で特別だと思い込んでいて、他所の人間とは違うと。
店先であったばかりの人間とは違うのだと。
違う。違う。本当に、そんなんじゃない。
何度も違うと考えながら、もう何がどう違うのか、よく分からなくなった。
はっと気がつくとどこをどう歩いてきたのか、ホテルまで帰ってきていた。
部屋の中で数少ないソファーにぼんやり座っている。
「外は寒かっただろう」
マグカップに入った温かいココアをヴィントに渡されてリリーは受け取る。
「あ…ありがとうございます…ごめんなさい、私、ぼーっとしてて…」
それに対しての返答はなく、テーブルがいるな、とソファーの脇を通りすぎる際にぽんと頭を指先で軽く撫でられた。
気を使わせてしまった、まだぼんやりする頭で考えながら移動してきたサイドテーブルを設置するヴィントの後ろ姿を見る。
リリーはマグカップのふちに口をつけて、ふーっと吐いた息が跳ね返る湯気の温度で熱さを計りながら飲むタイミングを見計らう。まだ熱い。
テーブルに置いた通信機がぱっと光って映像と音声が入った。
「ねーリリー!これ凄いよお〜いっぱいキラキラのやつ、あのね昨日ラジオの調子が悪くてー、それとは関係ないんだけど飲みすぎちゃってまだみんな寝てるのえー!?どうしたのその顔!ホームシックで寂しいーって顔!」
通信が入った瞬間わーっとフラーは話だし、目をまん丸にしてリリーを見た。
呆気にとられたままフラーを見つめ返す。
ホームシック。
言われてみればそうなのかもしれない。
「…そうかも。なんか、早くみんなに会いたい」
へにゃっと笑うとフラーは顔をぐしゃぐしゃにして泣き出した。
「そんな、リリー!そんなに、あ゛た゛し゛た゛ち゛の゛こ゛と゛す゛き゛ー!?」
「そ、そんなに泣かないで…」
「リリー寂しそう。ヴィント様ったらおやすみのぎゅっとちゅー、おはようのぎゅっとちゅーちゃんとしてる?」
クッションを挟んで隣に座るヴィントは表情を変えずにすっと通信機に手を伸ばした。
「通信の調子が悪いようだな。切るか」
「あーっ!待って待ってごめんなさい嘘です切らないでぇ!!」
すっかり寝ちゃったあーと画面の外からやってきたアンも椅子に座り、机に広げられたお土産を見る。
いつ帰れるか怪しくなってきたので、買ったお土産だけ先にエライユに送ったのだ。
「わーネイル。うれしい。この飾り瓶も?」
アンはまだ眠そうな目でうっとりとお土産を眺める。
ラジオラジオ!ラジオ壊れちゃったの!ヴィント様直してー!とにぎやかなフラーとネイル塗っちゃお、とマイペースなアンで画面がとても明るい。
「塗ってる間暇だからー、フラー歌ってー」
「いまマリンバしかないけどいい?」
マリンバしかないけどいい!?
どうして突然マリンバが出てきたのか、演奏しながら歌うのだろうか。
謎な状況に突っ込む前にフラーが画面から消え、ガラガラとマリンバを持ち出してきた。
「塗るか」
「えっ!?わ、えーっ!?」
アンはすでに自分の爪しか見ていないし、フラーはマリンバを奏でるマレットを構えているし、困惑している間にヴィントがネイルの容器を開けてリリーの手をとっている。
塗るって、私に!?
歌います!じゃっと格好よくマレットを構えたフラーが歌い出した。
「あるー晴れたー庭にー!」
なかなか演奏が様になっている。
「一匹のマンボウがー!」
「ぐっ…!くそっ…」
「んっ、んふ、」
なかなかの歌詞にたまらず吹き出したヴィントが手元を狂わせたのか筆先が爪じゃない指に付いてちょっと冷たい。
アンも肩を震わせて手を止めている。
笑ったら塗ってるヴィントにも、一生懸命歌うフラーにも迷惑が、と考えるとリリーは腹筋に力を入れて笑いを堪える。
「川にー!いましたー!」
川はダメだろ…という小声のヴィントの突っ込みが余計に腹筋を刺激する。
六本のマレットを器用に操って奏でられる旋律と独創的な歌詞は集中すれば集中するほど笑いが込み上げる。
片手分が終わり、反対の手を差し出したがリリーは震えながらもうダメです…とヴィントに囁いた。
もう少し…と返したヴィントは苦悩の顔だ。
ひぐっ!と笑いすぎて引き笑いになっているアンはもうネイルが塗れない。
「あーあ!そのボブキャット!耳がふわふわ〜」
じゃじゃじゃーん!!と余韻を残して歌と演奏は終わった。
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