第21話 エライユ・ラジオ恋愛相談室





──むかしむかし、森の奥の遺跡に、悪い魔女が住んでいました。


魔女は、ドラゴンを捉えて無理矢理従えたり、心優しいお姫様を捕まえてまるでしもべのように扱っていました。


心優しいお姫様は、それはそれは魔女の事を痛く心配して、丹精込めてお世話をしました。


優しいお姫様に心打たれた魔女は改心して、ドラゴンを解放し、お姫様と仲良くなり、幸せに暮らしました。






「─っていう話らしい」

「なああんでええええ!!!!」


リリーは頭を抱えて机に臥した。


「お、こっちは騎士様が魔女を倒して姫を救う英雄譚風」

「こっちは………」


あれから街は大騒ぎ。

面が割れているリリーたちは迎えにきたシスカたちの船にこそこそ乗り込み帰国の手筈となった。


あちこちで暴れる囚われのドラゴンを見たとか、女の子がお姫様になったとか、あながち嘘では無さそうな噂に尾ひれや背びれが付いて戯曲になり、崩れた遺跡はすでに行列が出来んばかりの観光スポットになっている。


更に老婆からお詫びに、と受け取ったのはドレスだけではなく、例のブイヤベースのレシピもあった。

魔法カメラで写しを撮ってから市長に献上したので、街の新名物となることだろう。


「もう恥ずかしくてあの街行けない…」


頬をべったり机につけたまま呟いたリリーは黙りこくって戯曲の紙を真剣に読んでいるラーニッシュを見た。

シスカやアレク、ブラウまでも覗き込んでいる。


「何をそんなに真剣に読んでるんですか?」


リリーの声にはっとしてアレクとブラウは身を離した。


「これは姫様がドラゴンからあんな目やこんな目にあったり騎士様とそんな風になるちょっとアレな…官能小説だな」

「んなー!?」


凄い勢いでリリーは紙に取り付き、勢いそのままびりびりにした。


「あっ!何をする!ちょっといい所だったのに!」

「だめ!不埒!風営法違反!」

「やめろこの暴れドラゴンめ!」


取っ組みあって言い合うラーニッシュとリリーをヴィントがばりっと引き剥がした。


「…ふんだ。そんな偉そうな口聞いてもいいんですか?ブイヤベースのレシピは私が持ってるんですからね!」


ヴィントに両脇を抱えられたリリーは椅子に降ろされ、作ってあげませんよ!とそっぽを向く。


「ぐっ…お前も言うようになったな…」

「あのブイヤベースが再現できるようになるのは嬉しいですね!」


にこにこ顔のトルカの横で、


「ホント、ソレソレ」

「タノシミダナァ〜!」



………。




「俺はずっと思ってたんですがヴィント様何なんですかこのうさぎ」


シスカが指をさす、その先にどこかで見たことがあるような二匹の喋るうさぎ。


「図々しいんですよ、勝手に乗り込んできて飯を食うわ風呂に入るわ終いにゃベッドも要求するわ…」

「うさぎ…」


ヴィントが半目で睨みつけるそのうさぎ、遺跡で出会ったうさぎに似ている…ような。

但しこちらはひよこのようなふわふわな黄色の毛並みである。遺跡で出会った灰色のうさぎとは色が違う。


「シバラク、ソトグラシガナガクテ、ハイイロニナッチャッタケド……」

「ボクタチ、ホントハ、キイロ!」


キレイ〜!カワイイ〜!ぷにっと両手?両脚?の手を合わせて二人?できゃっきゃしている。


「やっぱりお前らか!何勝手についてきてる!」


ラーニッシュの大声にも動じず、


「ボクタチモ、オシロニスミタァ〜イ!」

「タダメシ!タダフロ!タダオシロ!」


…欲望に満ち溢れたうさぎである。

まあまあ、とトルカ、


「住民が増えますよ!」


…良い事、なのか?

食料の間違いだろ、とラーニッシュの突っ込みに人権侵害…と思ったリリーだったが、何か腹ただしいうさぎなので庇わず黙っておいた。









「…それで、この楽器は何に使うの?」


男子とうさぎ!立ち入りを禁ず!の貼り紙をつけた扉の向こう、宵の女子会は突然始まった。


エライユに帰るなりおかえりなさーい!会いたかったよおちゃんといい子にしてたよねえこのうさぎなぁに?飼ってもいい?ラジオ壊れちゃった直してと熱烈トークでお迎えしてくれたメイドたち。

あっという間に日常が戻ってきてほっとする。


宴もたけなわ、夕飯後にリリーがあのー、あとで話聞いて欲しい…というか相談が、の、そ、くらいの言いかけのタイミングで何それ聞きたい女子会しよとギラついたメイドたちにかつがれ転がされ?瞬く間に密室にご案内されてしまった。


「ラジオって映像が無くて音声だけでしょ?だからね、歓声とか楽器使って盛り上げるの!」

「なるほど…」


どうやら直ったらしいラジオの収録をするらしい。

…女子会とは?


「リリーはどれがいい?」

「これは?」


謎の棒を持ち上げる。


「すっごい光る棒」

「剣みたいな…勇者になれそう…どうやって使うの?」

「振ると気分が上がるの」


気分が上がる棒。

ラジオとは一体。

私はこれにしようかな、とリリーはマラカスを選んだ。


「クルカン様がね、『ボクはどこにいても聞いててあげるからネ』って言ってたから、これ聞いたら楽しそうでエライユに帰ってきたくなったりするかもってね」

「定期的に宇宙に向けてラジオ放送してるの」

「もしかしたら他の人も聞いててくれて、エライユに住みたいなーって思ってくれるかもしれないしね」


でもまだ誰からも反応ないんだよねー!と元気よく言う彼女達。あまり気にしてないらしい。


「さー!収録始めるよー!さん!に!いち………」



「えー…始まりました。今夜も眠れない!エライユ・ラジオ恋愛相談室のお時間です」


いえーい!どんどんパフパフ。

リリーも慌ててマラカスを振った。シャカシャカ。


「MCはセクシー担当わたくしアンと、」

「ライラでお送りしまぁす」


どんどんパフパフシャカシャカ。


「今回は第六百十二回…」


盛ってない?そんなにやったっけ?盛ってるよ、とすぐオーディエンスからツッコミが入る。

積極的にガヤを入れてくスタイルらしい。


「…多少ね、多少。静かに。今回は清純回です!エロいのとエグいの禁止!」


おー!大丈夫喋れる?MCが一番発言危なさそうな人たちだよ?


「お黙りなさって。今回はね…少女小説のような…切なく…甘酸っぱい…初夏の香りの様な…」


初夏の香りって何?カレーじゃない?カレー!?

照明を暗くして。びかびかに光る謎の棒の明かりだけが眩しい室内で全員でくすくす笑いながら談笑する。

あんまりいつもと変わらない気がする。

でもそれが楽しい。


「今日はね、相談がもうすでにきてるの。相談者さん発言をどうぞ!」


はい、とアンからマイクが回ってきてリリーはえ?え?と混乱する。


「恥ずかしかったら小さい声で!」


通訳するからぁ、と横のフラーに唆され…小声で耳打ちする。


「ふむふむ………………あー………うんうん。なるほど」


質問代理で!とフラーが手を挙げる。


「はいどうぞ、発言してください!」

「えっとお……気になる人がいるんだけど、その人とどういう関係になりたいか自分でもよく分からないときは、どうしたらいいか?だって!」


ちらっとフラーがリリーを見る。

リリーはこくこくと同意の意味で頷いた。

なるほどぉ〜と上段に椅子を設けているアンとライラが腕組みして考え込む。

ちょっと待った!とMC側から静止が入り、相談タイムに入るようだ。

とりあえず脱ぐのは?ダメダメダメ、とマイクを切った小声が漏れ聞こえる。


「はい!はい!はい!纏まりました!」

「まず、前提、好きな人とは、一緒に過ごしたいよね?」


すごしたーい!うんうん。


「リリー、じゃなかった、相談者さんの話によると、結構一緒にいる感じじゃない?って事は次のステップ!ふたりきりの時間を増やす!!」


脱ぎますかー!?脱ぎません!!

オーディエンスの野次は即切られる。


「そもそも、相手側にも好意がなかったらふたりきりはちょっと…ってアレコレ理由をつけられて避けられちゃうよね?」

「ふたりきりで過ごすなかで、相手の良い所も悪い所も、またどうなりたいか、ってとこまで自然と答えが出てくるはずよ〜!」


おおー!

どんどんパフパフ。

ウインクで決めたMCたち二人に声援と拍手が投げかけられる。


「えっちょっと待ってどういうこと!?」

「何でこんな顔真っ赤なの!?」


ええっ!?と全員がリリーに注目する。


「だ、だって…だって………」


真っ赤な顔を隠すように両手で覆いながら思い出す。

ホテルの一室でパズルで時間を潰していた時。





「…あの、ヴィント様は、買い物とか……今日は私に付き合って貰っちゃったので、明日は私が付き合います」


そう言ってからリリーは気がついた。

買い物について行ってどうするのだ。

まるで役に立つ気がしない。

ここは留守番するから買い物に行ってきてはどうかと提案するところではないか。

やらかして、パズルから目が離せなくなる。顔が上げられない。


「…いや、買い物は特に……」


ちら、とヴィントを伺うとパズルに没頭しており、特に気にした様子がない。

ほっと胸を撫で下ろし、同じようにパズルに目を落とす。


「…そうだな…」


買い物とは別だが、とヴィントは続ける。


「エライユに帰ったら、西の別棟にあるクルカンの自室を片付けたいから手伝ってくれるか?」

「あの、大量に本があるっていう?」

「やろうとは思っていたが…本の数が多くてな…」


それなら役に立てそうだ。

他にも、とヴィントは付け足す。


「王城内の歴史資料室も片付けないとな」

「今回撮ってきた遺跡の写真もそこに置けそうですね」

「後は一階は床暖房にする」


ふふふ、と笑ってみんないつでも寝ちゃうかも、とリリーは言う。


「中庭にスケートコートを作るのもやらないと」


沢山やる事がある。


「やるか。二人で」


そう言われて、はい、と返事をしてからクッションに顔をうずめる。

どうか顔が見えませんように。

にやけている顔はなかなか戻せそうにない。


ふたりで。

頼りにされている、そう思ったら、ただただそれがとても嬉しかった。




『─そもそも、相手側にも好意がなかったらふたりきりはちょっと…ってアレコレ理由をつけられて避けられちゃうよね?』






「大変!これ収録どこじゃないよおラジオ切って!」


ということでさよならぁ〜またいつか〜とかなり雑にラジオ収録は切り上げられる。


「ヘイマスター!お酒持ってきて!」


フラーの謎振りを皮切りにマスター誰!?ミルクしかないよおーミルクでいいよ!がっちゃんがっちゃん大騒ぎだ。

真っ赤な頬から手を離したリリーはいっぱいいっぱいの胸の内を絞り出すようにぐっとためてから小声で言った。


「ま、また……相談乗って………」


「いいともー!」


八人の頼もしい仲間達は声を揃えて元気よく返事をした。







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