第15話 初手、秘湯
魔王との大戦が封印という何とも言いがたい形で決着がついてしまい、ヴィントはいよいよおかしくなってしまった。
元々ワーカーホリック的な所はあったものの、益々休まなくなってしまったのだ。
未討伐の鬱憤を晴らしたいのか、クルカンが抜けた穴を埋めたいのか、とにかく落ち着かない。
メイドたちの処分は表向きは投獄だが国際警察曰く、八万年も持たないとの事だった。宇宙の総人口の大半は短命種で占めており、裁判の結果などすぐに忘れてしまう。
彼女たちをエライユから出さない事を条件に莫大な支援金が渡されていた。
──早い話、金だけ貰って引きこもって生きる怠惰な生活、ができたはずだった。
リリーがエライユにやってきた時、本当に冗談ではなく裸にむいてヴィントの部屋に突っ込んでやろうかとラーニッシュは思っていた。
忙しないヴィントの抑止力になれば、と思ったが……思ったよりリリーも危うい娘だった。
本で見たことがあります、初めて聞きました、と繰り返すばかり、箱入り娘とは聞こえがいいが虐待を疑うほどものを知らない。
メイドたちと同等の世間知らずぶりで、仲良くなるのはまあ早かった。
ヴィントから見ても相当危ういところがあったのだろう、階段から落ちそう、欄干から落ちそう、庭いじりしたまま戻ってこない、メイドたちと揉めているなどと嘯けばすっ飛んでいってよく面倒を見るようになった。
こうしてヴィントは少しだけ落ち着きを取り戻し、リリーは少しだけ成長した。ような気もする。
「なるほど。分かった!遺跡の魔物を退治すればいいんだな!」
ラーニッシュは腕をぐるぐる回しながら立ち上がった。
リリーは首を傾げ、口元に手を当てて言う。
「遺跡の損害賠償ってどのくらいでしょう?王様のお小遣いでまかなえますかね…?」
「後で何か言われても面倒だからな…その辺は詰めてから出発した方がいいだろうな」
腕を組んで返事をするヴィントに、ラーニッシュも首を傾げた。
「何でお前らは崩落前提で話をしてるんだ?」
何ででしょうね〜とリリーは白々しく答えた。
前列のヴィントとラーニッシュが下草を掻き分け、後列のリリーとトルカが魔獣などの襲撃に備えながら遺跡までの道のりを進む。
幸か不幸か獣道歩きにも慣れてしまった。
「お前は残ってもよかったんだぞ。もう野宿は嫌だとか散々言ってただろ」
それはそうなんですけどね、とリリーはコートの裾を気にしながら歩く。
所々土が跳ねて付いている。無事宿に入れたら洗濯しようと考えながら、
「私だって、強くなりたいなーとか思ってたりはするんですよ」
と言う。
「あんなおかしな奴はな、八千年に一度くらいしか来ないからもう気にするな」
「八千年後また来て私がまだ弱かったら困るじゃないですか。あの、少なくともオルフェって人よりは強くなりたいです」
先を歩いていたヴィントとラーニッシュはぴたっと止まり振り返る…何か妙な顔をしている。えっ?
「…お前、悪い事は言わないからあいつはやめとけ…」
と言うラーニッシュにヴィントもふるふると首を振った。
「………もしかしてあの人、めちゃくちゃ強いんですか?」
「勝てたのはビギナーズラックというやつだ」
「…戦うのは……骨が折れるだろうな…」
ラーニッシュにヴィントまで畳み掛けリリーはごくりと生唾を飲んだ。再び歩き始めながらヴィントが説明した。
「…奴が持っていた剣は一本だっただろう?まぁ、舐められていたんだろうな。元は双剣でかなり攻撃特化型の魔剣を所有している」
「ま、まけん」
「攻撃を避ける為に中距離から遠距離で反撃しようとするだろ?すると奴自身は魔法が効きにくいときたもんだ」
「ひ、ひぇ……」
ラーニッシュが補足する。
…出来ればもう二度と戦いたくない相手だ。
「ぼくは弓だし、リリーちゃんは魔法が得意だし、みんなで一斉攻撃すればいいんじゃないですか?」
トルカの疑問に希望が見えてくる。
「確かに!でもやっぱり足手まといにならないように鍛錬はしなきゃね」
トルカと盛り上がると、こいつら意外と言うんだよなぁ、とラーニッシュはヴィントに言った。
ヴィントは返事を返さず先を進んだ。
「えっじゃあ遺跡は壊れてもいいって事なんですか?」
ヴィントに依頼してきた男は街の市長で、遺跡も管理しているらしい。
何でも、遺跡の最深部に源泉があるが遺跡があるが故に立ち入りが難しく、都市開発を理由に遺跡は……その……ちょっと………何かホラ、原因不明のトラブルで遺跡がなくなってくれたらなあ、いやこんな事大きな声では言えませんがね、と闇を感じる回答を貰ったらしい。
さまざまな利権が絡んで市長の一存でどうこうできるものではないのだろう。
「良からぬことに巻き込まれかねない。出来れば現状保存が望ましいだろうな」
「現状保存……」
リリーはたどり着いた遺跡の入り口を見上げる。
鬱蒼とした森の中の遺跡はエライユの遺跡とは少し違う感じがする。
不揃いな石作りの門や石畳は年代を感じさせ、もう長い間人の手が加わっていないのだろう。
中は平坦な一本道で大きく開けており、歩きにくさを感じない。
「…観光資源になると思うんですが…どうして道を整備したりして人を呼び込まないんでしょう?」
「…何か理由があるのかもしれないな」
「あっ!見てください!」
トルカが呼びかけた。
松明で照らすと壁一面に壁画が描かれている。
「これは………」
リリーは周りを明るくする為光魔法を天井に向かって放つ。
小さな猿のような獣か魔物が小さな鳴き声をあげて光を嫌って逃げていった。
巨大な赤いドラゴン。人。ところどころ掠れてはいるが古代語の文字が壁に書かれている。
「炎の………ドラゴン……空から?埋める………うーん?前後の文で意味が変わったりするかもしれません」
読み上げるリリーの声にヴィントとトルカは感心して、ラーニッシュは興味なさそうに先進むぞーと声をかける。
「王様って本当こういうの興味ないですよね…」
リリーはメイドたちから借りてきた映像記録が出来る魔法カメラで壁画をひとつずつ撮影する。
思えばエライユに来たばかりの頃、王城内にある歴史資料室に心躍らせたものだ。
中に入ろうとしたら即座にヴィントに止められ、ここにはまともなものが無いから…と言われた。
曰く、誰かのイタズラで巧妙に模造品と入れ替えられているが王があまりに興味を示さない為適当に並べられ、今ではどれが史実か誰もさっぱり分からないのだそうだ。
入り口初っ端〝原始人のミイラ“がチラ見えする所から始まる資料室は偽物でもいいから見てみたかったが。
ラーニッシュに急かされてリリーは撮影をなるべく早く済ませると三人と広間を出た。
「あれ?何か………」
「変、ですね…?」
リリーとトルカは顔を見合わせる。
広間を出ると雰囲気ががらりと変わり、地面は板張り、壁は土壁になっている。
壁には等間隔に松明がかかげられていてしっかりとした明るさがあった。
「…整備されている感じはあるが……」
「オンセン、オンセンダヨ…コノサキ、オンセン、トッテモイイオユ!」
うわあとかぎゃあとかびゃあとリリーとラーニッシュとトルカが叫んだので遺跡内でぐわんと反響した。
いつの間にか気配なく現れたのは二羽の灰色のうさぎ。
…うさぎ?
しかも二足歩行で立っており、いきなり人語で話しかけてきた。
「ボクタチ、アヤシクナイ!ゲンチミン!ゲンチミン!コノサキ、オンセン、キモチイイヨ〜」
「げ、現地民…?」
「あ。本当だ、温泉の看板出てますよ」
困惑するリリーの傍でトルカはうさぎ?の後ろを指差した。
板張りの床の先は洞窟になっていて、洞窟の上部には大きく温泉、と書かれた看板が下げられている。
洞窟の入り口は紙貼りの灯籠が置かれ、洞窟の中もしっかりした照明があるのか明るく輝いている。
温泉だけひときわ明るい。明るいが、かえって怪しい。
じゃあ入るか、と特に疑いもせず歩みを進めるラーニッシュにいやいやと三人は引き止めた。
「こんな、普通遺跡の中に温泉あります!?」
「見るからに怪しいですよお!」
「市長からも聞いてないぞ。迂闊に入ろうとするな」
市長から特に何も報告がなかったのも最もだが、ここに来るまでの間道なき道を進み、それなりに獣や魔物が出た。
温泉を作ったところで入りに来れる人間はかなり限られる。
「アヤシクナイヨ!」
「サイキン、デキタ、ココ、ヒトウ!」
「秘湯…?」
ラーニッシュの目がきらきらしている。
「だ、ダメです簡単に信じちゃ!」
「そうですよ!」
リリーとトルカは左右からラーニッシュのコートを引っ張り引き止める。
リリーは小声でヴィントに喋る魔物っていますかね?と聞いた。
ヴィントは更に声を落としてリリーの耳元に二足歩行の時点で…と囁いた。
あー、とリリーは返答する。
それはかなり厄介だ。
広い銀河の中、種族は星の数ほどいる。
なので、二足歩行で喋る生き物は人類と定義されると国際法で決まっているのだ。
…やはりうさぎ?は人類にカウントされるのだろうか…
「アヤシイ、キガスル?チョット、ノゾイテミテ!」
「ハイルカドウカ、ソレカラキメタラ?」
四人で顔を見合わせる。
「覗くくらいならいいだろ」
臆せず進むラーニッシュに、まあそれなら?と懐疑的なトルカと困惑するリリーと怪訝なヴィントも続く。
リリーは後を振り向くと可愛らしい二足歩行のうさぎ?が手を振っている。
…怪しく、は、ない?
本当に優しい現地民…?
「トッテモ、キモチイイヨ」
「トッテモ、ネ」
二羽のうさぎは四人を見えなくなるまで見送った。
洞窟の中に入ると更に入り口があり、布製の扉で間仕切りがある。
男と女で分けられているようだ。
よかった混浴じゃなくて。
リリーは密かに思った。
「じゃあとりあえず一度中を調べてみるか」
ラーニッシュの一声でトルカとヴィントは男湯に、リリーとラーニッシュは女湯に向かった。
「ちょっと!」
「待て!」
「王様!」
三方向から突っ込まれラーニッシュは引き戻された。
「つい…」
「どうついなんですか!怒りますよ!」
「まあ普通に考えてこうだろう」
ヴィントにラーニッシュは連れられ、代わりにトルカが送られた。
「ぼくは妖精なので性別ないのです!」
「…そういえば前にそんな事言ってたね」
「ついてないので、女湯にも入れます」
何が、とは聞かない事にした。
壁の向こうからくそ、トルカのやつずるいぞとか聞こえてくる。
何を言っているのやら、大体先客がいれば事案になってしまう。ダメなものはダメだ。
とはいえ声が聞こえるほど近くにいると分かれば二手に分かれても安心だ。
脱衣所は広々として清潔だ。
天井は白とオレンジ色の魔法照明を交互に使い、明るくも柔らかく部屋を照らしている。
どこかに燃料装置でもあるのかぶーんと低い駆動音が聞こえる。
室内は無人で、服を置く棚や大きな鏡まである。
「誰もいませんね…本当にぼくたちだけなんでしょうか…?」
大きな鍵付きロッカーもあり、〝貴重品入れに使ってください”と書いてある。
「奥の引き戸が温泉かな…?」
リリーとトルカはガラス製の引き戸に向かった。
「あれ?照明が消えてる」
「本当ね、真っ暗…」
引き戸を開けて照明のスイッチがないか探そうと中に足を踏み入れた。
「おーいそっちどうなってる!?」
ラーニッシュの声だ。
「えーっと、引き戸の先が真っ暗で…」
「リリーちゃん!」
ぎ、と床が鳴ったかと思うとずるりと足が滑る。
足を滑らせた訳ではなく、床自体が斜めに傾いている─!
リリーに手を差し伸べたトルカ自身も滑り始めており、声を上げる間も無く二人とも下に落下した。
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